ノーマルの男心
青い空、白い雲、青い頭。
カス校の屋上に三科を呼び出して、五分。煙草を吸う暇も無く青い頭を揺らしてやって来た。いや、正確には禁句の「パンツ」発言を吐いて、全速力でここまで逃げてきたから呼び出したというよりは、誘き出したという方が正しいか。
当然のように凶悪そうな顔を更に凶悪にさせている。あの事件から、ここ最近は下手に出ておらず、あからさまに攻撃性のオーラを出している自分に大分嫌気がさしているのもあるんだろう。
最近俺は可笑しい。
可笑しくなったのは…アレだ、JOKER様とかいう巷で噂の殺人代行人に、心の底からこの世で一番憎んでいる三科栄吉を呪い殺してもらおうとしたら、しっぺ返しかなのか代償を支払うはめになった。更によく分からないうちに変な奴らに攫われて…信じ難いが、化け物にされた。
その時のことは記憶が曖昧だが、何故かこれだけはしっかり覚えている。その、三科が助けに来やがった。
殺そうとした相手をだぜ?ワケ分かんねぇよ。お人よしもここまできたら有り難迷惑だっつーの。もう病気だ、ビョーキ。
助けられたことには感謝するべき立場ということぐらい俺だって分かる。あのまま放っておかれたら一生怪物のままで良い実験材料にでもされていた。だけど、自分が向けていた感情がそのまま変換されて返されたような気分で、理解出来ない行動は感謝なんてものを踏み潰して混乱を引き起こした。
多分そこから、なのだと思う。というかそれしか思い当たらないから、そうなんだろう。…三科を見ると何かムズムズするような妙な感覚になるのは。
あんなに、殺したいほど憎かったのによぉ…可笑しいだろ。どう考えても。
これも、何もかも三科のせいだ。この俺の気持ちどうしてくれんだよ!?何で俺が三科なんかの為にモヤモヤしなきゃなんねーんだよ!あぁぁぁ面倒くせぇぇぇーーッ!!
頭を掻き毟って、一人で散々悶え悩んだ末、とうとう考えるのさえ面倒くさくなっちまった。大体考えるってこと自体慣れてねぇからそれだけで疲れる。気持ち悪い。
そもそも自分は頭で行動するように出来てないんだから、さっさと身体を動かした方が早い。ウジウジしているのは性に合わない。下手に出ている時は出来なかったが、あの一件からよく三科に喧嘩を売るようになった。そうしている間は余計なことは考えないで済む。
そこまで蜘蛛の巣が張った脳で短絡的に考えて、実行したわけだ。
そして、今に至る。
「おぉ、三科よく来たなァ」
「…何がよく来ただ、テメェ。いい加減にしろよ、杉本ぉ…最近よく絡んできやがって…」
「うるせーッ今日という今日はテメェのパンツを脱がしてやるッ」
「…へぇ、そうかよ…」
「ンだその薄い反応はッ!ブッ飛ばしてやる…ッ」
うおぉぉ、とか妙な奇声を上げながら、長身痩躯に向けて拳を突き出す。が、三科は面倒臭そうに溜息を吐いて緩く腕を引いた。
「……ハァ、…がら空きじゃねぇか…脇」
ひょい、と俺の鉄拳を避けると、脇腹に重い一撃が打ち込まれる。そのまま横方向からの力で不自然な体勢のまま派手に地面に倒れた。
……痛い。
一発で地面に這いつくばる。どう考えても正々堂々のタイマン勝負じゃ勝てない。それはここ数日の戦闘記録で明快だった。腐ってもこのカス高で番はってるだけはありやがる。/p>
こうなったらアレを使うしかない。
少々気が退けるが負けっぱなしでは四の五の言っていられない。そう思い、三科には絶対出来ない、俺の必殺技を繰り出すことにした。
「…い、いだ…いだだだだ…っ、痛ぇよぉ…!!」
「…?おいおい、ンな強く殴ってねぇだろが…オーバー過ぎだ、おい…?」
「っ腹がぁ…ッ、アバラがぁ…ッ、痛ぇよぉ…う゛ぅ゛…っ」
「杉本…?おい何だよ、大丈夫かよ…」
「……、っうらぁぁ!!」
「ッ!?… !」
俺様の演技力も中々真に迫っていたと思う。怪訝そうにしながら、心配して近寄ってきた三科の腕を掴んで引き寄せ、引き倒したところで馬乗りになった。頭をもたげられないように三科の変な輪っかがついた首に体重をかける。
「お情けに弱いなぁ?さすが番長さんってか?」
「…て、めぇ…っ」
「お、なんだぁ?いくら強ぇたって、体格負けしてんだよ。こーんなガリガリでよぉ…馬乗りになられりゃさすがに身動きできねぇだろ」
「っ…テメェ、しつこいってんだッ、何考えてやがんだよ…ッこの間も散々俺のこと怨んだせいで酷ぇ目に遭ったばっかだろ!」
「 …」
せっかく、忘れていたのに。喧嘩している間だけは余計なことを考えずに済んでいたのに、悩みの種を掘り返される。俺の人生二度も狂わせやがって。こんな野郎一人に、三科なんかにこれ以上掻き回されて堪るか。
「…テメェが、」
「あ?」
大体元は"それ"なんだよ。そのことで俺はこんなことしてんだろーが!!ああもう、つーか俺のこんなくだらない作戦に引っ掛かってる時点でありえねぇだろ。
「…テメェの、テメェのせいだろうがッ!!」
「俺のせいって…だから、助けに行ったじゃねぇかッ」
「っそのことじゃねぇよッッ!!」
「あ゛ァ゛!?」
自分でも言ってて頭がこんがらがってきた。とにかくこいつの存在が悪い。全て悪い。こいつがいる、それだけで頭も人生も滅茶苦茶だ。
三科の顔も、俺の混乱した叫びに疑問だらけになって歪んできている。
「俺は…俺はテメェを殺そうとしたんだぜ!?何助けてんだよッ意味分かんねーよ!!」
「?…や、俺番長だし…俺絡みだったわけだし…」
「っ…」
純粋、というより単純過ぎねぇか、おい。いや、つうか馬鹿だこいつ、超がつく。…コイツは馬鹿だからただ番長っつー理由で特に何も考えずに来たんだよ。それだけの…それだけの理由じゃねぇか。
俺が呪って俺が連れて行かれたから。他の奴が同じ目に遭ってもこいつは深く考えもせずに助けに行きやがるんだ。ああ、俺じゃなくてもな。
マジ、ムカつくわ。
「そのことがどーしたんだよ?つか、いい加減退けよテメェ」
「俺は…っ」
怨んで怨んで、固執して、執着した。
必死になって、気になって…これじゃあ、小坊の裏返しの恋と同レベルじゃねぇか。アホくせぇ。
、……あ?恋?
誰が?…え、俺が?三科に?
「 っふざけんなぁッ!俺はっホモじゃねぇ!ノーマルなんだよッッ!!」
「……は?いきなり何だよ…」
「こんなガリガリで女みてぇに化粧してる奴によぉっ!その上スカートまで穿いてやがる変態野郎じゃねぇか!!」
「なっ…ンだとぉ!?つか、これはチュニックだっつの!オシャレだ!」
「ありえねぇっつーんだよ!その真ぁっ白な肌に煙草の吸殻でも押し付けてやりてぇぐらいだ!」
「…っ」
「そうだ…そうだよ、こんな変態野郎と一緒?ンなわけあるはずねぇよ!こんな野郎に、ありえねぇ」
「……杉本」
あぁ、とにかくパニくんな俺。落ち着け俺。三科を過剰に意識し過ぎなんだよ!
自分の考えで、ありえない答えに行き着いてしまったことで軽くパニックに陥った俺は、思ったことを片っ端から吐き出して自分で自分を納得させることに必死だった。
「あー…、俺が言いてぇのはつまりだなぁ…その、俺は…」
だから、三科が青筋を立てて憤慨していたことにも気付く余裕は欠片も無かった。
「…許さねぇ…」
「!ッ …っぶぼあぁぁっ!?」
挙動不審で、体重をかけていた手を離したのが間違いだった。制服を掴まれたと思ったら引き寄せられて、思いっきり頭突きをされた。鼻を強打して目から火花を飛ばして呻いてると、今度は頬を殴られた。
あ…三科、マジで切れてる…
時既に遅し、とはこのことだ。気付いたときには、殴られるわ蹴られるわでボコボコ状態。
「いたっいだだだだ…!!痛ぇっマジで死ぬぅ!!」
「一回怪物になってんだッ!こんぐれぇで死ぬかッ」
「死にかけてるっつの!」
「ちまちま悪口吐くぐれぇなら殴りやがれッ小せぇ野郎だなッ」
「ちがっ…違ぇんだよ、三科!俺は…!!」
「あァ?何が違ぇんだよ」
殴る手を止め、軽く殺気を帯びさせて顔を歪めながら、聞かれる。俺はといえば、混乱している頭を殴られて、シェイクされて余計に混乱して、挙句思考回路に繋がってしまった口が暴走した。
「俺は…テメェが気になって…それが気持ち悪くて…俺…!!俺の男心返してくれよぉ!」
「…は?おい…言ってるテメェが気持ち悪ぃぞ…」
「何とかしてくれよぉッ!俺そっちの道に行くの嫌なんだよぉッ」
「そっちの道って…、は!?馬鹿ッ知らねぇよッ!戻ってくりゃいいだろッ、…ッおい、引っ付くんじゃねぇッ!!」
結局自分でも訳が分からない爆弾発言と同時に、咄嗟に縋り寄ると、化け物になった時なんかより数百倍俺を気味悪がって、引き離すのに拳を繰り出してきた。
本能が訴えたのかもしれない、急に暴走し始めたこの物体からとにかく逃げろと。三科は信じられない程の高速で屋上から姿を消した。
「痛…、待っ…待てって!三科ァァ!!俺は… 」
呼び止める声も、屋上で虚しく響くだけだった。制止の手が哀しく宙に浮いた。
…何やってんだ俺。モヤモヤを晴らすどころか、完璧に俺がホモとかゲイだと思われただけに終わったんじゃないか。
自分の妙な気持ちに薄々だが気付いてしまった上に、あの三科にあんなに強く拒絶されたことがただショックだった。
俺は初めて屋外で男泣きというものをした。
次の日、学校で会った三科は怯えた顔をして俺のことをあからさまに避けやがる。何とか釈明をしようと追いかけたら、いつも奴に纏わりついている子分共が変質者から守るかのように立ちはだかって接触すら出来なくなった。
教室の机にはこれを見て治療しろということなのか、グラビア写真集が数冊置かれていた。とりあえず複雑な心中だったが有り難く頂いた が、それをオカズにしようとふけったものの何故か最中に三科の忌々しい顔がちらついて抜けないどころか勃ちもせず、それにまた嗚咽を漏らした。
男心って何だ。
fin. ミス…罰だと栄吉のパンツ設定なかったの忘れていました。
詳細アップ日時失念 2008/02/29以前
2008/05/07 文章修正