PERSONA3 TEXT

花とやさしい嘘


「なぁチドリン」

「…その呼び方、やめてって言ってるでしょ…」

「イイじゃん。可愛いじゃんチドリン。オレしか呼んでないっつー新鮮さ?…とか、いらねぇか、ハハ」
「……」

 また順平が病室に来る。毎日毎日…頼んでなんてないのに。いつも騒がしく、飽きもせず、にこにこと。


 病院は嫌い。でも、ここに居れば順平が来る。毎日…会える。だから嫌いな病院に今は居るのだけれど。

 最近は朝起きると、ただ順平が来ることばかり考えている。他にすることが絵を描くことぐらいしかないからかもしれない。その絵も最近は専ら順平がモデルだけれど。

 今"生きること"は…順平と一緒に、いること。それが今の生活。

 私、変なのかもしれない。ううん、変なのはきっと順平の方。だからこっちまで狂ってくる…そう、だと思う。きっとそう。


「……」
「?…何、見てるの…」
「あっいや、その…髪、すげぇ綺麗だなぁって」
「…!」
「綺麗な赤。ツヤツヤしてんのなー」
「っ…、見ないで」
「えーなんで?イイじゃん。あ、でも長いし手入れとか大変なんじゃねぇ?」
「別に、そうでもない、順平は楽でいいね…髪、無いから」
「ちょっと語弊あるような…いや、髪無いんじゃねぇよ?!剃ってっから、坊主な坊主!」
「…ふぅん」

 野球してたから…かな?メジャーリーガーになるのが夢だったっていってたし、そのせいで剃ったのだろうか。ああでも、髪が長い順平っていうのも想像出来ないな。

「…順平は、それが似合ってる」
「え…、そ、そーか?」
「うん。順平らしくて…嫌いじゃない」
「あ…そかっ」

 途端に照れたような…嬉しそうな顔で笑う。私の発する言葉ひとつひとつに耳を傾けて、ひとつひとつに大きな反応をする。

 この笑顔が…順平が笑うこの瞬間が…私、一番好き。




「そーだチドリン。チドリン、花好き?」
「花…?別に嫌いじゃ、ないけど…」
「じゃあ、コレ。チドリンにプレゼント!ほいっ」

 透明な小さな袋に細いリボンが結ばれている。透けて見える中身は何か黒い粒々が詰められている。

「…何、これ…」
「種!」
「タネ…」
「そ、花の種。コレがチューリップの種。あ、コレが赤色で、こっちが紫色な。ンで、この種が胡蝶蘭。こっちの種はぁ…ツツジだっけかな。あ、コレが…アン…アン…ちょっち待って、…紙…ああ!アンチューサだ。ンでコレがマーガレット。コレがライラック。あーこっちがキキョウでーコレがゴンフレナぁ…だな、ンで      
「ま、待って…、もう、いい…順平」
「ん?まだあるけどなぁ」

 袋に入った花の種を大量にベッドに並べられる。数が多過ぎて、もうどの種がなんの花なのか分からない。

 それ以前に、私は研究所に居たから、あまり俗世間のことを知らない。花の名前を聞いても、どんな花か分からないんだけれど。

「…こんなにたくさん…、それにどうして種なの…?」
「花だとすぐ枯れちゃうだろ?種からなら咲くまでずっと楽しめるじゃん。…退院したらさ、一緒に蒔こうぜ」
「…、順平…」
「あの…なんだ…そのー…一応、オレからのメッセージも込めてたりなんかしちゃったり…オレって意外とロマンチストだったりするんだなぁーコレが〜」
「何?メッセージって」
「あ、いや、花言葉…なんだけど…」
「花、言葉…?」
「…あ…分かんなきゃいいや…うん…」

 首を傾げると順平は少し悲しそうに笑った。だって、知らなかったんだから、しょうがないじゃない。絵に描くことがあっても、それ自体に何か意味を持たそうとしたんじゃない。ただ、その一瞬をおさめていたかった、それだけだったから。

 でも…       一緒に。       一緒に…蒔く。       一緒…に…花を…

「二人で育てような?枯れても…また種が落ちて…増えて咲くからさ、何年もしたらきっとすぇ綺麗だろーなぁ」
「…何年も…」

       二年後って…順平、何してる?

 何年も…、私…私…何時まで順平の隣にいられるんだろう。何時まで、その笑顔を見られるんだろう。私…何時まで      

「な?チドリ」
「……」
「チドリ?」
「…、…うん…そうだね…順平、一緒に…」

 私は初めて嘘、というものをついた。

 でもその、誰かの為に初めてついた嘘は、温かくなるような…とても優しい気持ちになった。

「順平が種、持ってて…」
「え、オレが?」
「順平に持ってて欲しい…その方が…綺麗な花が咲くと思う」

 そう言うと、順平の頬が少し赤くなって…私の好きなキラキラと眩しい笑顔を見せてくれた。

 ああ、やっぱり、気持ちいい。順平の隣は、笑顔は、空気は、とても気持ちいい。この時が何時までも何時までも、永遠に続けばいいのに      




「チドリ、蒔くぜー?」

 ポートアイランドの隅の方にこっそり、花の種をちょっとずつ蒔く。勝手に蒔いちゃって悪いとは思うけど、どうしてもここに蒔きたかった。この特別な場所に。

 チドリは嘘をついた。優しい嘘を。

 オレの隣には…チドリはいない。

 だけど、チドリは守ったのかもしれない。だって…"一緒に蒔く"ってことは果たしてくれたから。オレの隣にはチドリはいないけど、オレの中にはいるから。

「ごっちゃごちゃに蒔いちまったけど…ま、いっか。ダイジョブ、ダイジョブ。頑張って咲けよー」

 ペットボトルの水をかけてやると、なんだか心の中まで沁みていくような、温かくなった気がした。


fin.

順平があげた花の花言葉は全部『愛』が含まれています。
詳細アップ日時失念。2007/08/07以前

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