PERSONA3 TEXT

寮への帰り道。いつも通りの会話


「なぁ…太るんじゃね?」
「煩い。順平だって同じように食べてるくせに」
「いや女の子なのにオレと同じ量食べれてるってだけで凄くね?」
「あー煩い」

 リーダーは少し拗ねたようにオレを睨んで白身魚を小さな口で頬張った。

 寮への帰り道。「わかつ」へ寄り道。いつも通りの会話。

 実際リーダーはスレンダーで、腰まわりなんて思わず抱き締めたくなるほど細い。タルタロスでの討伐や部活で動き回って消費カロリーが凄いんだろう。だから太らないんだろうし、むしろ消費し過ぎてるカロリーを補給してるって方が合ってる。

 でも補うとかいうレベルを超えて食べる。凄ェ食べる。

 もうあの清楚系の可愛らしい顔に似合わず結構な勢いでもりもり食う。まぁ、最初は驚いたけどそれが無邪気で可愛らしいし、美味しそうに元気一杯食べる女の子ってのは個人的に好感が持てる。

「ほらぁ、そういう反応は気にしてる証拠なんだってー」
「ニヤニヤ笑うなっ」

 特に指摘したときの剥れ具合なんかはもう、ね。

 でも、マジであの華奢な身体の中に入ってる胃袋がどうなってんのか知りたい。オレも結構食べる方だし、どっちかというと太り難い体質だけど、何たってリーダーは女の子だ。消費カロリーが違うだろう。なのに、放課後にはオレと同じように特盛りラーメンを注文し、寮に帰れば夕食として定食をしっかりと平らげる。天田と一緒に食べに行く場合も残さずもりもりと結構な量を食すらしい。2、3時間程度しか経っていない…どころかその間にも菓子とか食っちゃってる。

 まさに痩せの大食いって感じ。まぁ、たまにそれを売りにしてるタレントとかいるし、さすがにあそこまでとは言わねぇけどさ。

 …あ、でもカロリー摂取ってことはそれだけ消費してて動き回ってるってことだよなぁ。タルタロスにしたってリーダーなわけだから一番大変なわけで。ゆかりっチだってこんな食わねぇし、…頑張りすぎなんじゃねぇの。

「…やっぱ大変なんじゃねぇ?」
「何がやっぱりで、何が大変なわけ?」
「んー…色々。タルタルはもちろんだけど部活とか、あとお前生徒会とか委員会とかバイトとか…とにかく駆け回ってんだろ」
「だから何でやっぱりになるの」
「いやその食いっぷりから何となく」
「関係ないよ」

 リーダーはそっけなく言うとお茶を啜った。視線を落とすとふわふわした柔らかな長い睫毛が重なって、西洋の人形みたいだ。仕草一つ一つが、ああ女の子だなぁと思わせる。湯のみを持つ指も、その腕を支える華奢な肩も。

 こんな可愛い女の子がリーダーなんだよなぁと実感すると、いつも複雑な気持ちになる。綺麗な気持ちと汚い気持ち両方に。気遣いと劣等感、友達と性の対象。

「やりたいことはやりゃあいいし凄ェって思うけど、抱え過ぎたりしてねぇかなって」
「何?急に真面目になっちゃって。キモイよ」
「…オレだってたまにはさ…、っつかお前は基本オレにだけ何か厳しくね!?辛辣じゃね!?」
「順平が変なこという頻度が多いからじゃない?」
「いやお前…今オレ真面目なこと言ってキモイって言われたんだよ?」
「だってこういうやりとり出来る男の子って順平だけだし」

 何この小悪魔な感じ。オレだけとか妙に男のツボを突いてくるあたりが狡ィし、その小首を傾げる様が腹立つぐらい可愛いだろ畜生。あとそのカールした髪の毛!天然なのか巻いたのか知らねぇけど、頭動かす度にフワフワフワフワさせやがって。あーくそ触りてぇ。

「じゃあ他の男にはちゃんと女の子してんだ?」
「普通だよ」

 普通ねぇ。真田サンとか荒垣サンにはもうちょっと大人しかったり甘えたりすんのかなぁ、と思ったりしてみる。先輩なんだし対応が違うのは当然かもしれないけど、自分とは違う一面っていうのは気になってしまうもので。そんな風に考えこむ顔を気にしたのか、リーダーが言葉を付け足した。

「順平といると気が楽っていうか楽しいし。いい奴って分かってるよ」

 今さりげなく線引きされた、オレ?友達と男の線引きされた?いやもう慣れてるけど。オレ初恋の女の子にも恋愛相談とかされちゃったことあるからね。ああどうせオレはいい奴止まりですよー。

「オレは色々複雑だわ…」
「何が複雑なの?」

 何がって。女友達っていうだけでも結構葛藤あるってのに、戦闘に関しても男としての劣等感とか、そのせいで僻みとか少なからずあって。そういう自分に酷く嫌気がさす。だから凄ェ複雑。分かんねぇかなぁ、分かんねぇんだろうなぁ。

「なんつーか…あー…お前はオレらのリーダーじゃん?で、友達じゃん?だけど結構可愛いし…」
「…話、滅茶苦茶」
「だってよー、お前オレのこと男として見てねぇもん」

 思わず呟いた言葉に、リーダーは眼を丸くして、そして次に溜息と共にオレを流し目で軽く睨んだ。

      、…何でそういうこと言うかなぁ…」
「えっ…あ、違うって!普通に友達でいいんだよ、いいんだけど…」
「だけど?」
「ほら、お前の見方だとさぁ、なんかこう…魅力ないみてぇじゃん?…あ、いや元々そんなん無いか…」
「あるよ」
「…何でも完璧なお前に言われてもな…」

 そう口にしてから言わなければよかったと後悔した。この複雑な心境もリーダーが悪いわけじゃない、ただのオレの憧れと焦燥と妬みだ。思わず零してしまうのは自分の小さな器のせいだ。

 今のオレには友達で十分過ぎる相手には変わりない。変な見方を強制してしまったんじゃないか、関係を崩してしまわないか、そう思うとまた自己嫌悪に陥った。狭量のくせに嫌われたくない、ああ小せぇ男だよなぁ。

 頼られたい、認められたい。でもそんな劣等感が自分を苛立たせる。友達で、リーダーで、女の子で、好きで、苦くて、憎いやつ。

「…悪ィ、聞かなかったことに      
「順平もでしょ」
「は…?」

 発せられた言葉に逸らせた目を元に戻すと、リーダーにじっと見据えられていた。いつも通りの柔らかな表情と澄んだ赤い眼、なのに少しその眼が心なしかきつく見えた。

「線を引いてるのはどっち?」
「え…」
「順平は私のこと女として意識してくれてるっていうの?」

 いつも通りの顔、可愛い顔。なのに少し怖かった。この綺麗な赤い眼に責められているようで、今度は視線を逸らせなくなって、つい姿勢を正してしまった。

「そ、そりゃあ…してるって。すっげぇ意識してるって!」
「でも順平はその先を絶対求めない。絶対に」

 はっきりと言われて言葉に詰まる。

 確かにその先は      リーダーをどうこうしたいとかは無い。恋人だとか冗談で口にするけど本気かと言われれば何とも言えない。高嶺の花とか劣等感もあるかもしれないけど、大切にしなくちゃいけないって強く思うのは、少なくとも下心じゃあない。

 そもそも寮の女性陣に対して、自分のものにしたいといった類の衝動は起こったことがない。女の子として意識するし、凄ぇ魅力も感じる。それなのに恋愛感情に直結しないのは仲間っていう意識の方が強いからなんだろうか。しかもこの不思議はリーダーに対してだともっと複雑になる。

 何と返せばいいのか困って「あー…」とか「まぁ…」とか言いながら指で箸を弄るしかなく。

「順平はね…結構狡いよ」

 そう微笑んですら見える表情でリーダーは言った。

 ずるい、そんなことを言われるとは予想外だった。意識するのに先を求めないことが?口でなら何とでも言うことが?よく、分からなかった。

 何だか胸がムズムズとしたが狡いなんて言われているんだし、怒られているのだろうか。でもそんな顔はしていないし…これが乙女心ってやつなのか?とにかく一応謝っておくことにした。

「えー…と、あー…何か、ごめん」
「でも、順平はそれでいいと思う」

 にっこり、という効果音が聞こえそうなほど肩を少し上げて笑った。

 …可愛い。花が咲くような笑顔ってのはこういう顔のことをいうのか。そう思うほどの笑顔を見せられた。で、そんな笑顔を見せられたら何も言い返せないわけで。

「ね、デザート一口ちょうだい」
「…お、おう」

 相変わらず食欲旺盛なリーダーはオレの定食の付け合せだったシャーベットを幸せそうに一口、二口…      あれ、一口どころかスゲェ食われてる…まぁいいけどさ      、小さな口で頬張った。

 この話はこれで終わりと言われたようで、仕方なく黙ってリーダーの幸せそうな食いっぷりを眺めることにした。オレが複雑な想いをリーダーに抱くように、リーダーもオレに対して何か想ってくれているんだろうか。笑顔で狡いと言わせてしまう何かを。まぁオレが乙女心を理解することなんて到底無理そうだけど。




「ふー…お腹いっぱい」
「主婦になったらブクブクだな」
「煩い」

 わかつから出て、リーダーは満足そうに腹を軽く撫でた。質量を入れてもその腹はやっぱり薄かったけど、お約束通りに茶々を入れると、またお約束通りに一蹴された。

 並んで歩くと、周りの奴らの羨望の視線に気付く。そうするとやっぱり優越感を少なからず抱いてしまう。で、同時に自分じゃなくリーダーが魅力あるってことを思い知らされる。よく考えれば特別課外活動部のメンバーは皆自分より容姿も能力も優れてるわけで…ってあー…、だからこんなこと考えたら落ち込むだけだから、やめやめ。

「ね、順平」

 リーダーが見上げてくる。くりくりした眼は自分だけを見ていて、リーダー相手だと劣等感しか抱かないはずなのに、その視界に映っていると自分にも価値があるんじゃないかと思えてくる。…ああ不思議。

「今日タルタロス行こっか」
「いいんじゃね。オレ大活躍すっからさ」
「はいはい」
「つか、朝から夜まで一緒だなぁ。もう恋人だなぁ」
「あははっウザイ」
「冗談だって!冷めた顔で乾いた笑いしないで!」

 寮への帰り道、いつも通りの会話。

 心境がどうであっても、リーダーは相変わらず可愛く、見上げた空は彼女の眼のように赤かった。




fin.

複雑な男心。でも恋人にならない順平の思わせぶりも大概って話。
おまけ

2010/03/07

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