PERSONA3 TEXT

クッキング


「よし…っと、っんんー」

 風花は一つ伸びをしてからノートパソコンを閉じた。早朝から始めたというのに時間はもう昼過ぎになっている。せっかくの休日を無駄にしていると言われそうだがせっかくの休日だからこその時間の使い方だ。ここ最近忙しくて簡単にまとめていた程度だった戦闘記録やシャドウの生態、メンバーの体調管理、ペルソナの分析等々時間を使って詳細に記録したのである。

 風花にとって皆の役に立つことに時間をかけることは全く苦ではない。それどころか何か役に立っているという確証がないと不安であることも事実である。疲労感は比例して達成感と満足感を与えてくれる。

       ぐう…

 一息ついて気を抜いたからだろうか、突然お腹が鳴った。そういえば飲み物以外朝から口にしていない。

「あ…お腹空いたなあ…」

 薄くなったお腹をさすって何か食べるものあったかなぁと考える。先日買ってきた食料は料理の勉強をしていたら何時の間にやら全部無くなってしまったし、あれから買い置きもしていない。

 今から出掛けて買い出しに行くのは少し面倒だったが、急かすようにまたぐう、と鳴るので風花は財布と携帯だけを入れたバッグを掴んだ。




「あれ…良い匂い」

 階段を下りてきた風花はわずかに匂いが立ち込めているのに気付いた。

 その匂いを辿っていくと、台所に繋がる扉の前にコロマルがいた。コロマルはドアの前で鼻をヒクヒクと動かし、前足でドアを探るように引っ掻いたり、鼻を開閉口に押し付けたりとどこか落ち着きがない。

 風花はコロマルに声をかけようとして、そういえば以前にもこんなことがあったことを思い出す。

 あの時は確か荒垣先輩が料理をしてて…、あ!ならまた料理を教えてもらえるかも。

 そう思い至って、バッグをテーブルに置いてからコロマルと同じようにドアに近付いた。

「コロちゃん、ごめんね」

 以前は一緒に入ってしまい荒垣に注意されたので、一度コロマルを引き離し、ガードしつつ台所の中に体を滑り込ませた。良い匂いがより一層ふわりと漂う。その奥には予想通り荒垣がいた。が、料理をしていたのは荒垣ではなく意外にも順平だった。

 順平は黒のロープエプロンをしており、後ろから腕を組んだ荒垣に厳しい目で見られて肩を竦めている。

「荒垣先輩?順平君?」

 声をかけると順平がパッと顔を上げて縋るような顔をしたが、荒垣に一喝されるとまたしぶしぶ作業に戻ったようだった。手元を見ると野菜をたどたどしく切っている。

「えっと…一緒にお料理してるんですか?」

 風花は何だか少し重い雰囲気から小声で荒垣に尋ねてみる。荒垣は順平の様子を監視しながら低く答えた。

「この馬鹿に自炊ってもんを教えてやってる」
「オレがしなくたって上手いんだから荒垣サンが作ってくれれば…」

 言いかけたところを睨まれて口を噤んだ。確かにほんの数回しか口にしたことがないが荒垣の料理は絶品だったと風花は記憶している。あの名実共にお嬢様で舌が肥えているであろう美鶴でこそシェフ以上の味だと褒め称えたものだ。

 ちらりと風花が横を見ると、洗った野菜を入れているボウル以外にも段ボール箱に色鮮やかな野菜が詰められていた。

「お野菜こんなにいっぱい…どうしたんですか?」
「…朝、黒沢さんが持ってきてくれたんだよ」
「何か田舎から送られてきたからお裾分けってさーいや、オレ寝てたから知らねぇけど」

 ね?と首を傾げる順平に荒垣は小さく頷いた。事情は先に荒垣から聞いたのだろう。

 …荒垣先輩と黒沢巡査…お互い必要最低限しか話さなかったんだろうなぁ…

 仏頂面で、と風花は密かに思った。それでもわざわざ寮までこの量をお裾分けとして運んで来てくれたり、ちゃんとそれを調理するあたり二人とも良い人なんだけれど。

「でもいくら野菜が手に入ったからってオレに作らせなくても…」
「カップ麺ばっか食ってたら必ず身体壊す。食費もかかるだろーが」
「貰いものならともかく、自炊って何だかんだで買った方が高くなる気が…」
「馬鹿野郎、数回に使い分けりゃ安く済む」
「つーか自分で作っても美味くねぇし…面倒くせぇしぃ…料理本も道具も無ぇしぃ…これだって荒垣サンのマイエプロンだしぃ…」

 順平は相変わらず作ることに渋っている。確かに料理は誰かの為に作るのならやる気が出るが、自分の為に作り洗うというのは習慣になっていないと中々面倒くさいものだ。その点には風花は納得する。自分もメンバーの役に立ちたくて料理を始めたようなものだ。

 だが、荒垣は「煩い」と黙らせて作業の続きを促した。

「何を作っているんですか?」
「豚と野菜の味噌炒め」

 風花は目を輝かせた。自分のレパートリーにない料理名だ、覚えるのに丁度良い。

「あの、この間みたいに見ていてもいいですか?お料理勉強したいんです」
「豚とあり合わせの野菜を適当に炒めるだけだぞ?」
「っはい!」

 炒めるだけでも硬いままだったり消し炭のようになったりといった風花にとっては、十分勉強になる。身を少し乗り出すと、気を利かせてくれたのか荒垣が一歩後ろへ下がった。

 順平がせっせと材料を切っている横の棚には混ぜられた調味料、鍋には味噌の残りを使ったのか味噌汁が湯気を立てており、もう完成しているようだった。良い匂いはきっとこれだ。

「ほら、切ったら炒める」
「へーい」
「油敷け、ごま油。あー馬鹿肉が先だろ」

 順平も料理はほとんどしないのか、荒垣の指示でやっと動いている。それでもちゃんとこなしている様に風花は少し羨ましいと思う。自分なら指示されたことを理解出来ても上手く行動に移せない。きっと"経験がなくても器用"と"経験があっても不器用"の差なのだろう。

「次野菜、硬いやつからな」

「肉に焼き色がついたら野菜、な」

 ボソッとだが、囁かれた言葉に風花は大きく頷いた。荒垣は順平の手を進めつつ、風花への助言も忘れない。

「ほら、調味料入れる」
「うーっす」
「えっと、あの調味料って…」
「味噌に砂糖、みりん、醤油、豆板醤…あと、あるならニンニク入れればアクセントになるな」
「アクセント…、あ!ならお酢とかは      
「入れねぇよ…、お前は勝手にアレンジしようとするな…」

 相変わらずの風花の突拍子もない思いつきに溜息を吐く。そのまま後ろに下がってしまったので、風花が呆れられたのかと心配して荒垣の様子を見ていると、どうやら後ろの冷蔵庫の中の様子を探っているようだった。

「まだ何か入れるんですか?」
「いや…こっちは気にしなくていい」

 そう言ってすぐ冷蔵庫の扉を閉めてしまったのでそれ以上風花は追求しなかった。


「風花ー」
「なに      っ!」

 呼ばれて振り返ったのと同時に口に何か押し込まれて驚く、だがすぐに舌の上で味噌の香ばしい味が広がる。その先では順平が首を傾げながらこちらの様子を窺っていた。

「どーだ?」
「美味しい!順平君味も焼き加減も、丁度いいよ」
「うし!じゃ、完成だな」

 にっこり笑う順平につられて風花もふわりと笑う。

「凄いね順平君、お料理の才能あるんじゃないかな」
「荒垣サンに全部教えてもらっただけだしなぁ」
「でも普通教えてもらっても手際良く出来ないよ」
「そうかぁ?大体料理なんてレシピ見ながらなら大抵失敗しねぇだろ?よっぽどじゃあ      痛ッ!?」

 そこまで言って順平は荒垣に後頭部を叩かれる。文句を言いかけて目の前の風花が落ち込んでいることに気付く。え?と順平が荒垣を見返すと眉を寄せながら首を横に振られる。

「あ、あー…やっぱ教える人の問題かなぁ!うん!」

 慌てて取り繕うが、自分に料理の才能が皆無だと自覚している風花の笑顔は引き攣っていた。あたふたとする順平にやれやれといった風の荒垣が場の空気を変えるよう話題を切り替えた。

「とにかく      やれば出来んだから、今回だけじゃなく自分で作れよ」
「えぇー…オレより真田サンに言って下さいよーあの人牛丼ばっかじゃないっスか!」
「あいつァ…もういい」

 口を尖らせる順平に荒垣が溜息を吐いた。その音には疲労と苛立ちすら感じられた。

「でも確かに真田先輩って体調管理大事なのにお肉ばっかりで大丈夫なのかなぁ?」
「…注意は何回もした。無理に教えようともしたが、アホみてぇにプロテインをかけやがる。文句言やァ殴り合いになった」

 その荒垣の言葉で二人は、あー…と何とも言えない表情をした。映像が目に浮かぶ。せっかくの料理にプロテインをふりかけられ、さらにその注意で殴り合いに発展すれば教える気も無くすわな、と同じ結論に至る。しかも二人の殴り合いは割と洒落にならないぐらい危険じゃないだろうか。

 同情とも引きとも言えない顔をされた荒垣は「さっさとよそえ!」と少し乱暴目に順平に指示した。




「ご飯に、味噌汁に、炒め物…おー!並べっと、こう、昼飯!って感じになるなー」
「うん、定食みたいだね」

 順平と風花はラウンジのテーブルに料理を運び、向かい合わせになって昼食をとる。コロマルもおこぼれを貰おうと椅子の足元でウロウロとしていたが、荒垣お手製の犬用お菓子を用意してもらい、ようやく少し離れた犬用食器の前で落ち着いた。

「荒垣サン食べないんすかあ?」

 順平の誘いに荒垣は手を振って台所に戻った。相変わらず群れない人だなぁと二人で顔を見合わせたが、目の前の食欲を誘う香りを優先した。

 普段は昼食など軽く済ませてしまう二人も、誰かと一緒にとる出来あがったばかりの温かい料理はお腹も心も満たすものだった。不思議と頬も緩む。

「そういえば…」

 風花はゴクンと飲み込んでから、順平に尋ねた。

「何で急に料理を教えてもらうことになったの?」
「あー…起きて腹へって、いつも通りカップ麺食おうと思って…湯を注ぎに台所に行ったら      捕まった」

 順平にとっては寝起きに面倒くさいことを強要されたわけで、出来た料理は美味しいけれど、それでも三分で出来るカップ麺と比べれば至極大変な作業である。この味噌汁もいい出汁が出て美味しいけれども。何とか言い逃れしようとするものの凄まれて、その次にはもうエプロンを身につけさせられ、野菜を洗えと掴まされたのである。そうされれば、もう次にしなければならない行動は一つになるわけだ。この味噌炒めの味付けも絶妙の加減で美味しいけれども。

「…、…面倒だけど、たまには良いかもな。美味ェし」
「ふふ…うん」

 順平くんのエプロン姿も似合ってたしね、と風花が付け加えると、順平は少し照れたように笑った。




「食い終わったか」

 二人が食べ終わり、満足して一息ついたとき、荒垣が二つ皿を抱えて台所から出てきた。

「ほら」

 皿には綺麗な狐色に焼きあげられ、カットされたケーキが乗せられていた。皿を覗きこんだ二人が歓声を上げて身を寄せる。

「何スかこれ!?チーズケーキ!?」
「…パンプキンケーキ」
「綺麗…!お店で売ってるやつみたい…こんなの作れるんだ…」
「すぐ出来る。冷やすのに時間くっただけだ」
「すっげぇ!!何時の間に作ってたんスか?」
「テメェが文句垂れてる間だ」

 二人のキラキラとした羨望と食欲の眼差しに荒垣は眼を逸らしながら皿を置いた。

「え!食べてもいいんスか!?」
「…目の前に出してんだから好きに食え」
「わぁ…っ、いただきますっ」

 素直じゃない言葉にも二人には荒垣の照れ隠しなのだと分かっているので気分を害することも無く有り難く頂戴する。素材を活かした優しい甘さと、冷やされてしっとりと滑らかな舌触りのケーキは本当にパティシエが作ったように美味だった。

「先輩、シェフになれますね」
「…別にこんなん趣味だ。なりたかねぇよ」
「あーじゃあ、立派な主夫になれるっスよ!」

 満面の笑みで言う順平の頭に荒垣の拳が飛ぶ。叩かれた頭を帽子の上からさすりながら恨みがましい眼で見上げたが、荒垣の睨みで肩を竦めた。

 やっぱり荒垣は一緒に食べようとはしなかったが、二人が食べ終えた昼食の皿をテキパキとお盆に乗せるとまた台所へ行ってしまった。

 …いい主夫だぁ。と二人が後ろ姿を見送りながら思ったのは勿論秘密である。




「えっケーキ!?」

 帰ってきたゆかり達は冷蔵庫の中のケーキを見て騒いだ。何で何でと聞く仲間たちに順平と風花が説明し、隅にいた荒垣は顔を逸らしながら呟いた。

「…わざわざ小さく作るよりホールで作った方が楽だからっつーだけだ」

 相変わらず素直ではないが、食べてもいいかという問いにはやっぱり相変わらず、余りものだから勝手にしろ、と返した。

 カロリーを少し気にするゆかりにも南瓜を使った低カロリーデザートであるし、天田でも食べやすくかつ栄養が摂れるよう出来ている。寮の仲間のことを考えて作っていることを誰もが気付いていた。

 皆が居て、美味しくて、幸せ。風花はこの心地良い空間に浸った。

 ケーキを食べる皆の表情は柔らかく、やはり先程の昼食の時のように温かな気持ちになる。性格も好みも違う個性的な面々もこの時ばかりは一つになる。料理は素敵、料理は凄い、だから上手くなって皆に作ってあげたいのだ。荒垣のようには作れないかもしれないが、こんな風に心が温かくなる、誰かの為の料理を。

 風花は改めて思った。そして料理への意欲に燃えたのだった。




「風花…、これ…え?イカ墨?」
「い、入れてないよ!ちょっと火力が強かったかもしれないけど…」
「…ひ、火加減…の問題…?」

 次の休みに風花は早速勉強した味噌炒めを作って順平の前に皿を差し出した。

 まず、エプロン姿の風花に順平は歓喜したが、出された皿を見て気分が急降下した。味噌の色ではない黒々とした出来にさすがの順平も絶句し、その様子に風花は慌てて付け加えた。

「でっでもね、隠し味にチョコレートを入れてみたの。ほらカレーに入れるとコクが出るとかまろやかになるとかって…」
「え!?…へ、へぇ…斬新だなあ…で、えっと、味見は?」

 味見?と首を傾げる風花に順平は顔を引き攣らせて笑うしかなかった。可愛い顔とグロテスクな物体の差が物凄い。ついでにニオイも凄い、異臭と言ってもいいぐらいのニオイが熱と共に立ちこめていて鼻を刺激する。

 荒垣に叩かれた意味が理解出来た。というか何で味見をしないのか、自分が最初に口にしないのか。それでも純粋な瞳で「順平くん、食べてくれるかな?」と上目遣いでお願いされて、反射的に頷いてしまった。

 手料理…これは手料理…風花がオレの為に一生懸命に作ってくれた手料理…!そう自分に洗脳するように唱えながら野菜炒めらしきものと格闘する様子を見て、荒垣は被害を被らないようコロマルと一緒に三階へと逃げた。その後ろから呻く様な音が聞こえたような気もした。ああこれで変にトラウマになって自炊しなくなったりしねぇだろうか、そんな一抹の不安を残しながらも惨状を目にすることはしなかった。

 特別な日でもない、ただの休日の話である。




fin.

このお話の絵
2011/09/04

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