PERSONA3 TEXT

近くて遠い


「仲間でいいの?」

 そう訊いたら、いつもより幼い顔でキョトンとされた。

 一月の屋上は風がとても冷たかった。それでもこうして向き合っていると肌の奥がチリチリと熱かった。

 何だかいつもと違う雰囲気の順平に、真面目に話したいと言われて屋上へと誘われた。何だ何だと思っていたら、今までの自分への想いと信頼、そして改めて平和と戦いへの決意を珍しく真剣な顔をした順平に話された。

 そして一呼吸した後、いつもより少し凛とした風貌のまま順平が言う。

「戦いが終わっても、オレらって、ずっと"仲間"だよな?」

 そんなことを言うものだから。純粋な、私を誰よりも何よりも信頼しきった眼で真っ直ぐにそう言うものだから。つい、口から零れてしまった。仲間でいいの?と。ただの、仲間なんかで      それは私の真実の胸の内だった。




 順平が好き。仲間として好き。他のメンバーと同じく、大切な人。出会ってすぐにはもう、ああこいついい奴だ、好きだなぁと感じたように思う。

 お調子者で博愛主義で、けれど誰より実は繊細で。知れば知るほど側にいたくなったし、絆は強まった。一緒にいるのは心地良かったし、他の男性メンバーとはまた違う、気負わなくていい緩くて温かい時間が好きだった。

 たまには馬鹿騒ぎにも付き合ったし、悩んでいたら一緒に悩んだ。珍しく弱気になっていたら一生懸命励ました。悲しむ姿なんて見たくなかった。大事な大事な仲間だった。


 順平がチドリという少女と知り合ってからも、順平に対する想いは変わらなかった。

 二人の関係は自分から見ても初々しかったし、純粋な二人を応援したくなった。幸せ一杯に舞い上がって頬を緩ませていれば呆れることもあったし、茶化したりもした。

 彼女を見る順平の眼は、空気は、優しくて優しくて、気遣う姿にいつもは気にしない"男"を感じたし、素直に素敵だと思った。


 彼女が亡くなった時は、私自身ショックだったし悲しかった。何より彼女を失った順平の気持ちを考えると胸が押し潰されそうだった。

 今まで見たことがないくらい憔悴しきった姿は見るに耐えないものだった。常に太陽のように明るくメンバーの中心にいた順平が、人目を避けて、ひっそりと泣いている。それが自分のことのように辛かった。何とかしたくても、何も出来ない歯痒さが更に辛かった。

 だから順平が立ち直ったときは、心のそこから安心というか、ほっとしたし、改めて決意と共に差し出された手はとても頼りがいがあった。暗かった寮内をまた光が射したようだった。


 そして漸く順平が参戦したタルタロスでの討伐中のことだった。

 順平が怪我をしてしまった。順平のペルソナには治癒能力がない。だからいつものように、私が治癒しようと順平の側に駆け寄った。

       その時だった。

 順平自身が何かキラキラと発光していると思ったら、傷口が勝手に塞がったのだ。温かな光はまるで守るように順平を包み込んでいた。

 それを見て分かった。彼女が、守っているのだと。最期に約束した言葉は、彼女は、生き続けていた。

「チドリ…」

 治癒を終えた光が美しく散って消えると、順平は悟ったように自分の体を強く抱いて、静かに泣いていた。

 すぐに涙を拭って、照れたように私達に笑みを見せたけれど、それを見て理解した。

 順平はもう彼女のものだった。記憶だけでなく、体までも全て彼女のものだった。

 ペルソナが融合したように、心身共に一緒になった。これからも、ずっとずっと、永遠に…一緒。

 そのときに、気付いたのだ。

 羨ましい、と。順平にじゃない。二人の絆にじゃない。…彼女にだ。順平を本当の意味で独占した彼女にだ。

 堪らなくなった。悲しいと思ってしまった。自分の中の大切な何かが抜け落ちた、失ってしまったように感じた。

 そう、気付いたのだ。

 順平が好き。男性として好き。他のメンバーとはまた違う、特別な人。心が切なく締めつけられるようなこの感覚、間違いなくそれは恋だった。

「…ハハ、あーあ…」

 乾いた笑いが漏れた。あーそうか、"この"好きだ。好きだったんだなぁ。それなのに二人が上手くいくよう応援なんかしちゃってたなんて。気付いたと同時に失恋決定だなんて。

 もっと早く気付いていたら…いや、それでも、気付いていても順平が悩んでいたら応援していたんだと思う。心の中では憎々しく思いながら、笑顔を作って、病室に行くよう促していたんだと思う。

 だって順平の悲しむ姿は見たくないから。あの特別な優しげな眼差しが好きだったから。今の順平が一番素敵だと思うから。

 ああ、順平のくせに…罪な奴。




 話は冒頭に戻る。キョトンと首を傾げる順平が、「あ、そか」と思いついたように笑った。

「"戦いが終わったら何仲間?"みたいな?そりゃアレだろ、"寮仲間"」

 「ちっと軽そうだな」と言いながら一人で頷いている順平は、私が何か言いたそうにしているなんて気付いてもいない。

「もっとこう、親友!って感じがいいよな!」

 順平は屈託無く笑っている。ああもう、何でこういうところだけ鈍いんだか。その純粋さが憎らくて憎らしくて、愛おしい。

 いっそ、腹立たしくさえ感じてきてしまうから、だから、真剣な顔でじっと見つめて言ってやった。

「恋人にはなれないの?」
「えっ…」

 再度キョトンとして黙りこんだ順平は、暫くして言葉の意味を理解したのか煩いぐらいに驚いた。そして誤魔化すように無理やり口角を引き上げた。

「や、やだな、んなジョーダン…」

 声を裏返しながら、どこか困ったような雰囲気で笑われる。

       本気だよ。

 そう言いたかった。言ってやりたかった。順平に篤く信頼されている。仲間として、親友として、見つめられるその眼は温かで真剣な気持ちが伝わってくる。その親愛が、辛かった。彼女に向けられる眼とは近いようで、違うものだから。

 ああ、好き。大好き。思わず昂る気持ちをそのまま自分より少し背の高い順平にぶつけるように抱きつきたくなるぐらい。

 でも、その体は彼女のもの。想いももう彼女のもの。

 それに、順平はきっと、困る。勢いで今告白したら、きっと困る。受けるわけがない。順平が彼女を裏切るわけがない。それでも私を傷つけたくないとも思うだろう。だから困る。そしてだからこそ、そんな順平が好きなのだ。

 だから、私が出来ることは何もしないことだった。自分も順平を裏切らないことだけだった。密かにスカートのポケットに潜ませていた、順平にもらったブタのキーホルダーを強く握りしめた。

「…っ、はは、本気にした?」

 悪戯な笑みを浮かべて順平を見上げた。順平は、一瞬目を丸くした後、オマエなぁ!と呆れたように少し怒ったけど、顔はやはりというか、心なしか安堵したようだった。

「順平が珍しく、あんまり真面目に話すから、つい」
「つい、って…オマエみたいなカワイイ子に言われたら心臓に悪ィっつーの」
      、…っほんと、順平って…」

 …馬鹿。大馬鹿。どうして、わざわざ胸がざわつくようなことをさらっと言うのか。悪意がない分、性質が悪い。こんなにも自分の方が翻弄されるなんて、実のところ順平ぐらいだ。ああもう、泣きそう。

 目頭が熱い。込み上げるものをぐっと我慢して、顔を崩して笑顔を作って手を差し出した。

「とりあえず      改めて、よろしくってことで」
「…おう。オレの命、オマエに預けたぜ、リーダー」

 ニッと笑って、けれど真剣な眼で、順平は差し出した私の手をしっかりと握った。自分よりも一回り大きくて骨張った、友と思うよりも前に男の手だった。

 仲間として固い握手を交わした。想いを断ち切るように。最後の順平の熱を感じた。

 こんなにも遠い。こんなに距離が近いのに。こんなにも順平の心を知っているのに。誰よりも近いはずなのに…誰よりも遠い。

 この握手を解いた瞬間      想いは永遠に自分だけのものとなった。




fin.

2014/01/30

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