SUBJECT

その顔、嫌い


「その顔、嫌い」

 言われたときは普段気にもしていない睫毛がパシパシと音をたてた。

「順平君さ、たまには違う顔見せてみたら?所詮僕もその他大勢の一人なのかな」

 言われる度に、瞬く睫毛がパシパシと音をたてる。

 責めるかのように見つめる綾時の青い瞳は冷えきっていた。

 嫌いと言われても生まれつきこういう顔なんだけど、それは間接的にオレの存在が嫌いと言われているのだろうか。オレはただいつものように声をかけて、いつものように会話したつもりだったんだけど。結構親友とか思ってんだけど酷ぇな。

 それともオレが気に障ること言ったのか。いやでも顔って言われたし。

 放課後、部活動をしている奴らの声が響く。なのにオレ達がいる階段下の廊下には誰も通らない。二人だけの空間なんて、この時ばかりは勘弁してほしかった。

 綾時はまた同じ台詞を繰り返した。オレはまた睫毛をパシパシとさせた。

「知ってる?君っていつも皆に同じ顔してるんだよ。笑顔、笑顔、笑顔。飽きちゃったな」
「は…?」
「僕達かなり親密な関係になったと思ったんだけど、君にとっては周りと同じ扱いみたいだね」
「え、ちょ、何言ってっか分かんねぇよ。オレ別に      

 トンっと胸を押された。軽くだったけど予想しなかった身体はそのまま後ろに倒れて壁に背が当たる。綾時が迫る。

 唇が、触れる。

 息さえも吸い込まれそうで、羞恥と驚愕と気分悪さに身体を強く押し返した。

 綾時は目を細めて満足そうな顔をする。

「いーぃ顔」
「あ?…おま…」

 言い終わらないうちに、また視界が綾時でいっぱいになる。

 咄嗟に胸倉を掴み上げて睨みつける。微かに唇が戦慄いた。掴み上げられている綾時は一層嬉しそうに笑う。その笑いは綻ぶようなのにどこか毒々しい。

「その顔も初めて見る」
「ふざけんな」
「もっと見せてよ」
「ふざけんなっつってんだよ」
「ふざけてるのは僕の方じゃない」

 笑顔が引けば、ただ毒々しさが残るだけだった。青い眼差しは何だか痛過ぎて。

 別に自分は何も隠してなんていない。嫌われるのが怖い。誰からも好かれたい。だから極力嫌な事は外に出さない、限界がきて爆発するまで基本は暴かない。それだけだ。

 じゃあ、出さないものは何だ?汚くてドロドロしたモンだけだ。それを見たいのかよ、その青で。

「オレの中身なんてクソつまんねぇんだよ」
「それも君だ」
「見んな」
「見るよ。全部。他の誰もが知らないところまで」
「…やめろよ」

 まるで自分が影のある、重いものを背負っているかのような口ぶりに項垂れる。そして無意識に、自虐的に口に笑みが浮かんでしまう。笑える。自分の薄っぺらさに。

 見たって何もない。あるのはその辺に転がってそうな中途半端な汚さだけだ。

 綾時の胸倉を掴んだ手を一度強く握り締めてから、ゆるゆると離した。

 綾時はシワシワになった服を直そうともせず見つめてくる。気付かないうちに頬に手が添えられていた。

 わからない。コイツの見たいものが、わからない。

「お前だって全部見せて無ぇだろ」
「見たいのなら見せてあげるよ。僕は君には隠してるつもりはないけどね」
「オレだって隠してるつもりなんてねぇよ」
「じゃあ知らないだけなのかな」

 項垂れた頭に責めるような、甘くて痛い声が降ってきた。

 足元を見れば、綾時の影がよりオレの影に重なるように近付いた。

 また戦慄きだした唇が止まらなくて、それが無性に苛ついた。




fin.

2007/12/13

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