SUBJECT

そういうの気持ち悪い


 真田サンが記憶喪失になりました。

 口で言うのは簡単過ぎる。だけど当たり前に事態は複雑で。

 タルタロスに行って、珍しく真田サンがモロに敵の攻撃喰らって、ばったりと倒れて。

 いつも通りキラキラ〜って治癒して起き上がったんだけど、その次に発した台詞が、

「ここは何処だ。俺は誰だ」

 なんて古典的な。




 とりあえず出来る限り説明した。医者にも見せた。脳には損傷がなかったらしく、一時的なもので暫くしたら治るって言われた。

 …暫くっていつだよ。

 とりあえずタルタロスはお休み。いくらなんでも異常事態過ぎる。

 記憶が無い真田サンにとってオレはただの後輩だった。やかましいと言いたげな扱いか、空気かっていう酷い二択なんですけど。

 仲間内で桐条先輩が一番頼れると見極めたのか、やたらめったら話しかけ、質問し、談笑し、爽やかさを振り撒いていた。…いや、分かるよそりゃ。目が覚めたら記憶が無いとはいえ美少女ばっかの寮だもんな。オレだって何このハーレムとか思っちゃうよ。記憶無いんですぅ〜っとか言ってここぞとばかりに女連中に甘えるよ。

 けどさ。

 仮にもアンタが興味持って拾って、その上抱いた奴なんだから、もっとオレに興味持てっつー話ですよ。

 いつもはちょっと鬱陶しいとか思ったりしちゃってたけど、こうも邪険にされたり空気にされっと普通にムカつくな。




「真田サン。調子どっスか?」
「ああ別に…記憶以外は特に問題はない」

 こちらを一瞥すらせず、トレーニングに精を出していたんだなぁ…とか言いながら自分の部屋を探っている。

 何で興味ねぇんだよクソ。その野菜のヘタみてぇな髪の頭を掴んでガンガン振れば戻んのか。それともそのデコに貼られ続けてるテープ剥がしゃ記憶戻るボタンが現れんのかコノヤロウ。

 オレは真田サンを愛してるとは言わねぇけど、愛されんのは好きなんだよ。

 特別。そう特別扱い。

 特別なのは嫌いじゃねぇ。オレは特別ってのがいいの。好かれねぇのは嫌なんだよ。

 つかシカトしてんじゃねーよ。オレを、オレだけ見てりゃいいんだよ。

 部屋の内鍵を閉め、ズカズカと中に入りタックルの要領で思い切り飛びついて頭突きをかます。不意な攻撃に避けることが出来なかった真田サンが派手に転がる。

 「どースか?」と聞いても「何するんだ」としか言わない。目には目を衝撃には衝撃を作戦失敗か。同じショックを与えると戻るってのがこういうものの定番だと思ったんだけどなぁ。

 次の作戦、と額を押さえてる真田サンの上に堂々と馬乗りになって凶器の腕を押さえ込む。真田サンは、何だ何だと驚くだけ。

 これでも思いださねぇか。ああ、いつもはマウントポジションは真田サンがとってっから当たり前か。

「ッ…な、何だ?何してる、退け」
「ねぇ真田サン、これってベタにキスなんかで戻ったりしないんスかねー?」
「バカな。お前いくつだ」
「オレは真田サンが戻るように協力しようと      
「とにかく退けッ」
「っいいからオレのことちゃんと見ろってッ」

 拒絶されることが嫌で、髪を掴んで無理矢理目を合わせたら、自由になった腕で簡単に投げ飛ばされて今度はオレが転がった。

 まぁ、オレがいくら力をかけたところで真田サンが本気出せば最初から簡単に跳ね飛ばされてたんだろうけど。記憶が無くたって、体はそのままだ、筋肉量の違いはどうにもならない。

 起き上がった真田サンに汚物を見るような目で見下ろされる。…アンタその目はねぇだろ。いつも自分がどんだけなことしてると思ってんだ。

「いきなり何なんだ伊織…訳が分からん。ふざけた真似をするな、気持ち悪い」

 伊織だってさ。オレちゃんと説明するときに順平って呼んで下さいって、あの時みてぇに言ったのに。

「ハハ…そーですよね。そういうの気持ち悪いっスよねー」

 この空気が居たたまれなくて、冗談ですよーみたいな感じで笑いながら頭を掻く。真田サンは深い溜息を吐いて更に距離をとられた。

 あーあ嫌われちったよ、好かれるどころか。あんな見たことも無い目で見られたよ。オレってホント空回りするタイプだよなぁ。

 真田サンって興味無いことにはホント無関心だし、もし片想いしてたら確実にオレの想いは届くことはなかったんだろう。こんな風に。いや、片想いなんてオレはしてねぇけど。

 真田サンがオレに興味持たなかったらオレだって真田サンなんかどーとも思ってなんかなかったし。

 そういうの気持ち悪い、し      

「…っな!…急にどうした」

 突然に。ぐうっと目頭が熱くなる。どんどんと視界が塞がれていって、情けなくもボロボロと大きな粒を零した。必死に堪えようとしても溢れてきて、シャツの袖で拭っても拭っても切りが無い。

「何なんだお前は…泣きたいのはこっちだ」

 真田サンはオレの帽子を叩きながら、また溜息。


 突拍子もない行動をしたり、ズズっと鼻を啜って泣いたり怒鳴ったり、挙動不審なオレを胡散臭そうに見られる。

 …仕方ねぇだろ。

 真田サンはオレの特別で、オレは真田サンの特別。

 オレにはそれしか胸張って言えることねぇんだから、アンタはオレのモンなんだから。

 ちゃんとオレを映せよ。じゃなきゃあの真っ暗なコンビニに居たときみてぇになっちまう。普通で何もねぇその辺の高校生に戻っちまう。

「お前は…どこか病気なのか」

 アンタが病気なんだろ畜生。

 くそったれ。記憶戻ったら指一本触れさせてやんねぇ。…いや、それはオレが無理か。




fin.

2007/11/26

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