頭ん中見せたい
「順平さんってホント子供ですね」
馬鹿にしたように言ったのに、当の本人は相変わらずヘラヘラとした緩い顔のままだ。
テスト前だと騒いでいたくせに、今はラウンジのソファを独り占めするかのように寝そべってゲームをしている。
皆はちゃんと部屋に行ってるっていうのに。せめてフリだけでもしておけば煩く言われないのに。というかゲームをするならするで、何で部屋でやらないのか。
「順平さんみたいな人が、ニートってやつになるんでしょうね」
「ンだとーオレは影時間にタルタルでヒーローしてんの。世界の為に働いてんの」
「だからってテストで酷い点取ったときの言い訳にはなりませんよ」
ゲームしてる暇が十分にあるんですからね、とインスタントだけど自分で淹れたコーヒーをすする。目の前にいるのは順平さんだから、隠さずに砂糖もミルクも入れた。案の定、順平さんはゲームに夢中で見ていない。
…見ていない。
つい口を出してしまいたくなるのは見て欲しいからだろうか。
僕は自分の部屋に篭るのはあまり好きではない。余計なことばかり考えてしまうし、正直…独りは寂しい。だから何かあるわけではないけど、皆が集まるラウンジにいるのが好きだ。
本当は順平さんの今やっているゲームだって僕もやってみたい。
そんなこと言えるはずもないから、小言を挟んでいる。
「あのなーその場限りの無駄な知識を詰め込んだ時間と、楽しく充実して過ごした時間、どっちが貴重よー?」
「無駄なゲームよりも将来に役立つ勉強に当てた時間の方が貴重だと思いますけど」
そもそも楽しんでというより適当にやっているように見える。きっと何回もやり込んでいるゲームなんだろう、指が勝手に動いてるみたいだ。
この人の人生の7割は無駄に過ごしてきたんじゃないだろうか。
「オマエ小姑みたいなこと言うなって。可愛くねぇなぁ」
「だったら自分の部屋でやればいいじゃないですか」
「そしたらオマエ、独りになんだろー?」
ボーっと画面を眺めながら言われたその台詞に目を大きく開いた。
ああ、だから。
だから無駄なゲームをし続けて、僕といる理由をつくってたんですか。それを、楽しくて充実した時間と言ってくれるんですか。
なんだよそれ。
一緒にいて欲しいなんて一言も言ってないのに。
ムカつく。
こういう時だけ妙に大人びて、年の差を感じさせられる。いつもいつもふざけたことしか言わないのに、こういう時だけ。
「…っ」
「んー?何、膨れっ面してんだよーンと可愛くねぇなぁ。どーせそんなのいらねぇとか思ってんだろ、オマエ」
首だけ僕の方に向けて苦笑いをすると、またゲームの画面に顔を戻した。
顔に血が昇る感じがする。赤くはなってないだろうか。
言えるわけないじゃないか。
そういうの、嬉しいって。そういうの、救われるって。
言えるわけ、ない。
他人には言葉にしなきゃ本当の気持ちは伝わらない。でも、言葉にしなくても感じ取ってくれる人もいる。僕が訳もなくラウンジにいる理由を何となく感じ取ってくれている。
素直に言えれば本当はもっと…
大体順平さんもなんで独りでいるのが寂しいのは分かるくせに、それをさらっと言うことの大きさを分からないんだ。
本当はもっと近いところにいたいよ。隣に座ってもっと気を張らずにいたい。
でも言えない。自分の口が勝手に閉じて唇をへの字に曲げてしまう。
「 頭ん中見せたい 」
僕専用のマグカップをギュッと両手で握り締めて、微かに音を漏らした。
「ん?何か言ったか?」
「…別に。ほら、脳がギリギリ働いてるうちに早く勉強したらどうですか」
「ギリギリってオイ!まだ中身もピチピチだっつーのっ」
こっちを向きながら言われて、慌ててコーヒーを一気飲みした。両手で掴めるほどのマグカップならきっと顔が隠れているはずだ。
耳までピリピリする。これは絶対赤面してる。
頭の中を、本音を知ったら順平さんはいつものようにからかうだろうか。
…ううん。
多分何でもないように笑ってくれるんだろうな。
きっとその時は、またあの大人びた顔をするんだ。
くそう。
順平さんのくせに。
順平さんのくせに。
fin. 2007/12/11