どこまででもいいから行こう
ギンコが泣いていた。淳が悲しいと呟いた。俺は…ただ何処までも続く空を見上げた。
向こう側にも、この空は続いているのだろうか。
「…誰だ、お前」
周防達哉は眉を寄せて俺を睨んだ。当然だ、「こちら側」のタッちゃんとは面識がないんだから。でも、でも俺は知っている。
たとえ今は中身がこちら側のものだとしても、中も外もボロボロになりながら助けてくれたタッちゃんは、永遠に俺のタッちゃんだ。
『思い出したのか…?』
そう苦しそうに言ったタッちゃんを責めることなんて出来るだろうか。全部独りで背負い込んで。罪を犯せば罰が与えられると、そう受け入れて。思い出したことが罪なのか、忘れたくないと縋ったことが罪なのか、子供の小さく切な願いすら罪だというなら、裁くお前の戯れは何なのか。
そんな世界は… 、いや、先は言わない。タッちゃんが全てを懸けて救った世界だ、言えない。
だからせめて殴りたかった。馬鹿野郎と、抱きしめるより強く一発殴りたかった。
でも何の記憶も持ってない周防達哉をいきなり殴るわけにもいかず、目の前に立ちはだかったものの、何も言えずに拳を震わせていた。
「…用が無いなら、退け」
「っ待て、聞いてくれッ!」
いい加減鬱陶しいというように、顔を歪ませたタッちゃんの腕を思わず掴んだ。当然手を払おうとされるが、聞けと絶叫すると、突然の大声に驚愕したのか目を見開いて静止した。
「悪ィ…頭可笑しいと思うかもしれねぇけど、ほんの少し…少しでいいから何も言わずに聞いてくれ…、頼む…」
必死に縋ると、訳が分からないという顔をされながらも、肯定も否定もされなかったから、胸に痞えた想いを吐き出した。
「た…タッちゃん、言いたいことがあんだ。…お前、ふざけんなよ…独りで何もかも終わらせやがって…格好いいとでも思ってんのかよ。それで俺たちが喜ぶとでも思ってんのかよ…!」
握る手に力を込める。こちら側のタッちゃんは怪訝な顔で何か言いたそうだったが、それでもされるまま、言われるままだった。
「…何で…礼の一つぐらい言わせてくれてもいいじゃねぇか…ッ」
溢れた涙は容量を超えて大粒の雫になってボロボロと落ちた。視界がふやけて見えない。でも今この手が掴んでいるのは周防達哉だ。俺たちが辛い思いをしている、それ以上にもっと辛かったんだろう。独りであんなに頑張って、そして今も向こう側で独りで頑張ってるんだろう。
だから、せめて
「安心しろよ…こっちは俺が守るから。もう、心配しなくていいから…」
それが残された俺たちの義務、いや、意思だから。
でも、もし…
やっぱり思うじゃねぇか、もしって。だから、一度くらい夢を見させてくれよ。
もし、もう一度逢えるなら…
「今度はどこまででもついて行くし、どこまででもいいから行こう…一緒に、どこまでだって平気だ。いや、今度は俺がお前をつれていく」
この手を、引っ張って。
地球の裏側でも、異次元でも、今度はこの手を離さない。今度は、笑顔のお前と歩くんだ。幸せになる権利は、夢を掴む権利はお前にもあるんだ、って。
「…、…」
涙と鼻水と落ちたアイラインできっと汚い顔になっているだろう。当の「こちら側」のタッちゃんに困惑されているはずだけど、霞んでよく見えない。
腕を引っ張られる感覚があった。多分、もう放せということなんだろう、一方的なこちらの対応からして当たり前といえばそうなんだけど。
手を解こうと思って弱めた指の力を、また強めた。
あとひとつ、言いたいことがあった。
「タッちゃん、ありがとう」
fin. 2008/06/08