another mind
独りでいるときよりも、誰かといるときの人肌の恋しさほど辛いものはない。
いつもじゃない、いつも女々しく思ってるわけじゃない、ただ、たまに訪れる。たまにこうして温かみに触れて、シングルのベッドに二人で狭苦しく寝ていると。
ほんの少し。呼吸音が聞こえるほどの近さの相手に触れれるまで。
「…、真田サン…」
「んー…?」
「ぁ、いや…別に…」
身体を繋げてるときは、熱くて熱くて、胸が一杯になって、好きだって実感する。けど、離れたら…
怖い…
満たされた後の虚無感は酷く大きい。汗がひいて冷えた身体は酷くもどかしく、寂しくて。目の前の自分より逞しく、少し大きな背中を見るだけで喉が渇く。もっと人肌を、熱を感じたい。
抱きしめて…寝てもいいですか…?ほんの少し何処かに触れているだけでもいいから…
「 …、…」
そう、言う勇気もねぇから。
【 階を上がるときに逸れてしまったようです。皆さん集合してください。】
あー…ホントこれ、困るんだよなぁ…なんで同じ階段使ってんのに別れちまうんだろ。
今はタルタロス攻略中。
ごく稀に起こる事故。もう何度か経験したから慣れたけど。初めての時は、いきなり違う空間に独りほっぽリ出されたから、通信機使えるのも忘れてパニックになったこともあったもんだ。
風花の声と、仲間の声の誘導を頼りに走る。風花の探知が素晴らしいのか、運があったのか、シャドウには一度も遭遇することなく距離を縮めていった。
【 大丈夫か?順平】
「真田サン!大丈夫っスよー今そっち向かってるっス」
【 あ。順平君、そこを右に曲がって真っ直ぐです】
言われるままに、軽快な走りで右に曲がる。その先は道が開けているはずだった。しかし、曲がった途端に現れたのは自分の三倍はありそうな深い漆黒の壁だった。
「なぁ、風花ーここ行けねぇぞ?行き止まり。どーしたらいい?」
【 え…そんなはずは…壁なん…て…な……で……】
「?…風花?おーい。雑音凄くて聞こえな… え?」
さっきまで女の子らしい柔らかな癒しの声が澄んで聞こえていたのに、急に不自然に声が遠く濁った。そのことに十分驚く暇もなく、こっちも急に目の前の壁が太い機械音を響かせながら波紋状に歪んだ。
なっ…何コレ!?キモっっ!!
歪むまでただの壁だったものは、波紋が全体に行き渡るとガラスのように研ぎ澄まされて自分の姿が映る。壁だったものは自分を映しながら波が立つように不規則に小さく歪み続けている。なんだよコレ…タルタロスでも初めて見る。
興味本位で手を伸ばして軽く触ってみれば、指先がジン、と疼くぐらいに冷たい…、不規則だった波紋が触れた自分の指から生み出されていく。
何なんだ…とりあえず、一回戻って皆に見せてみる方がいいか。そう思って触れていた指を離そうとしたときだった。
「 ッ!?」
歪んだ鏡のように自分を映していた壁が、確かに自分を映しているのに…自分と違う動きをし始めた。
驚いて離れようと身を引くと、壁に触っていた手に何かが絡み付いた。
「な… ッツ!?」
ちょ、うわっ壁から…手が出てきて…、オレの手、掴んでるッ!!
突然のことに慌ててその手を振り払おうと、夢中で腕を暴れさせたら、壁側から笑い声がした。酷く、見下した声色で。
『っハハ、…逃げんなよ…』
「!?」
壁の中の、映ってる"オレ"が喋った !?…そう思った瞬間、掴まれた手を思いっきり引っ張られて、無理やり引き込まれた。歪んでいた目の前の壁の中へ、と。
「 …、…え、…えっえっ!?」
何が起こったのかも上手く理解できない。ただ、一瞬の内に視界が黒く塗り潰されて、次にはさっきまでいたタルタロスとは全然違う空間だった。上下左右全部真っ黒で、さっきの波のような波紋のように、グニグニしてて…たまに光なんて何処にも見当たらないのに波打ってる真っ黒い地面が反射するように黒光りしていた。
ついさっきまでのことを考えれば、ここはあの壁の中…なんだよなぁ…?
「何だよ…何だよここ…!、…つかっ…お前…!!」
何処が地面と壁の境目なのかも分からないぐらいに一面全て真っ黒なのに、何故か自分には見える。目の前の不敵な面をした人間の姿が。
…まるで、鏡。顔も背格好もオレ、だ。似てるとかじゃなく、気持ち悪いほど「同じ」だ。
『ようこそー…っつっても、コレぐらいしかオモテナシできねぇけど』
目の前の奴はそう言うと、口角を吊り上げながら、ゆっくり手を持ち上げた。それと同時に、蠢いていた黒の空間がまるでそれが合図だったように、雫が天井から滴るように、それでも意思をもっているかのように蠢きながら自分の方へと伸びてきた。向かってくるのに驚いて、咄嗟に身を守ろうと庇った両手にその黒の塊が縛るように絡み付いて、一纏めにされるとそのまま踵が薄く浮く程度に吊り下げられた。
「っちょッ!?なっ…にすんだよッ!!いきなり…ッ」
微かに浮かされた自由な足をバタつかせて、目の前のオレと全く同じ格好をした奴に抗議してみるが、首を軽く傾げて薄く笑われるだけだ。自分と同じ顔をしていようとも腹が立つ笑い方しやがる。
『我ながら、イイ眺めってやつだな』
「お前…何なんだよ…、シャドウか!?」
『シャドウ…か。確かにシャドウ、つったらシャドウだよ。…お前の』
「あ?オレ…の!?」
『見ろよ…お前と全部同じじゃんか。お前の影だよ。お前の下半分』
こいつが…オレ…?確かに見た目どう見たってオレだけど…、いや、でもオレの影ってどうゆう
「ッ !?ン…ッ」
足元で波打つ、多分地面だったはずの黒い面が、さっきと同じように今度は下から上に伸びてきて、身体に纏わりついてきた。
肌に触れたその物体は、自分の知る限りじゃあ小学生のときに作ったスライムが一番近い気がする。冷たくて…かと思えばじんわりと熱くて…柔らかくてヌルヌルして、とにかく気持ち悪い。粘着質な黒の塊が身体を這う度に全身が粟立って、得体の知れない恐怖と不快感で一杯になる。スラックスの裾やドレスシャツの隙間から中に無遠慮に侵入してきて、全身を探るように休むことなく進んでくる。
訳が分からない。気持ち悪い。嫌だ。嫌、嫌なのに…可笑しい。可笑しい可笑しい。身体が、変…だ。黒の塊に触れられる箇所が内側から熱を帯び始める。酷く不快なのに、皮膚から、全ての毛穴から、その粘着質の液を吸収しているのか、内側から壊されて…溶けていく…細胞が溶かされていく。
怖い、怖い。触るな、壊される !!
身体を捩じらせて必死に逃げようともがいてみるけど、身体の絡みつく黒の塊の締まりがきつくなっていくだけだった。それを見てオレだと名乗る奴の笑い声が響いた。
『そんなに怖がんなよ』
「うあっ…やめ、させろよ…ッ、何を…ッツ」
『あぁ…虐めるためじゃねぇよ?お前は"オレ"なんだし。ただ…ちょっと忘れちゃってるみたいだからさぁ』
「…忘れ、る?」
『オレは汚れてるってことを』
「 ッぐ!?やめっ…うっ…ッッ」
服に潜り込む黒い物体が胸を弄ったり、トランクスの中にまで入ってきたかと思えばいきなり後孔に侵入して、本格的にオレを攻め立て始めた。
固体というよりは液体に近いらしいそれは、身体を薄く細め、大して括約筋の抵抗も受けずに侵入してきた。息が詰まったのも一瞬で、ドロドロと溶けた物体が奥まで進むと突如凶器へと変わった。
「ァ、ァ…、ッうぐぅぅ…!!」
一定の形をしてないそれは、中の肉壁全体を圧迫する程大きくなって、さらに硬度を増し始めた。それだけでもいきなり肉を無理に拡げられて苦しいのに、ゴム程度に硬度を増したそれが滅茶苦茶に抉りこむかのように暴れ出した。
「 イ゛、あ゛ぁ゛ぁ゛!! ッンぅ…!」
痛烈に呻いて、身体を反らせて何とか和らげようとすると、足首を掴まれ下へと重力を掛けられて固定される。上へと這い進める物体がより深く侵入して、あまりの圧迫感と痛みに上げた悲鳴が濁った。その音を聞くと、中和のつもりなのか別の塊が胸を執拗に捏ねだした。さらに、肉壁を這うその塊が、伸び続ける身体を利用して延々と前立腺の上をズリズリと這い回った。加減を知らない強過ぎる痛みと痺れに訳の分からない単語を悲鳴として吐き出し続けさせられて、初めての感覚に震えて、身体も精神も狂いそうになる。
焦点がブレまくる視界に入った"オレ"は犯されてるオレを見て、失笑したような笑みを浮かべていた。
『ほら…そうやって誰にでも、何にでもすぐ感じるヤラシー奴なんだぜ?オレは』
「ちが…離…ぁ…っせ…ッッ、あッ 、…ッ」
背筋を産毛から皮膚から細胞から、ゾクゾクした何かが這い上がる感覚に襲われる。
嫌だ…オレは…ただ…
真田サン…
『それにオレは心も汚れてるよなぁ?…忘れたわけじゃねぇだろ?』
黒い物体に犯されてるオレの頬をつるりと撫でるように"オレ"が触ってくる。嫌悪に顔を背けると、撫で上げられた手は胸や腹に移動して、自分と同じ指が自分とは違う温度で弄った。
『ココも…ココも…親父に殴られて…、何度歪んだ感情を腹に抱えたよ?』
「っ!!」
『バカみてぇに無理に笑って考えないようにして、テメェは、オレは、逃げてた。そうだろ?』
「やめ、ろ…黙れよ…」
吐き気がするような記憶が蘇ってくる。無駄に成長した身体に叩き込まれた拳は痛くて悲しかった。自分の親が荒れる理由が分かってしまう、どうしようもないものをぶつけられる逃避も悟ってしまう。ふざけるなと殴り返す強い心なんて、自分にあるはずなかった。
『そういやぁ…一回冗談でダチに馬乗りになられて抱きしめられたとき、パニくってたなぁ?』
「やめろ…ッ」
『怖かったんだろぉ?スッゲェ震えて顔庇って、謝って 』
「やめろっつってんだろッッ!!」
肉体も精神も喰われてく…奥のものを抉って引っ張り出される。
思い出したくない、…今の、特別を、幸せを…オレは…!
『…寮に逃げたから忘れたか?男同士で絡んで…報われねぇのに、愛なんてほざいてっから忘れたのかよ?』
「や、 ッ!?うぅっ…はっ…、痛…ッ」
腸壁を加減の知らないやり方で押し入ってきて、内蔵がせり上がる。痛みと吐き気に襲われて、必死に逃げるように身体を捩ってみても、やっぱりさっきと同じように手を縛り吊るしてる黒の物体がぎりぎりと絞めつけてきて、二重苦になるだけだった。
歯を強く噛み締めて耐えていると、物体が性器を包むように覆ってきて、流し出した液を吸い取るように絡みついてくる。服はしっかりと着たままに中で蠢く様は余計に不気味さを増していた。そのうち管の中にまで入ろうと逆流してきそうな動きをみせられて、痛痒よりもあまりの恐怖に全身の血が一気に下がる。それでも、萎えたその箇所でも性感帯を無遠慮にダイレクトに擦られれば目の前がチカチカとショートして、息さえ上手く吐けない。
痛みに、快楽に、恐怖に全部を削ぎ落とされて意識が混濁していると"オレ"がオレの顎を掴んで眼を無理やり合わせてきた。
『なぁ…聞いてんの?』
「ハァ…、ァ…、も…嫌だ…こんなの…、…勘弁してくれよ…オレなら分かってんだろ…!」
『…忘れればいいなんて"オレ"は許さねぇぞ…傷付くぐらいなら、やめときゃいいじゃん…ッ』
"オレ"は舌打ちして顔を顰めると、顎を離した手をそのままスラックスの中に滑り落として、下着の中で蠢いている物体を払うと乱暴に自身を鷲掴んだ。
「ン゛っ…触んな…ッ」
『もうグチャグチャじゃん。オレってさぁ、あの人に触られてからホント敏感になっちまったよなぁ…?ちっと弄るだけでアンアン喘ぎやがって。似合ってねぇっつーの…柄じゃねぇじゃん。喘いでるオレなんて…気持ち悪くねぇの?』
「…ッ」
"オレ"は手を引き抜いて、その濡れた手を嫌そうに眺めた。それから呆れたように、それでも何か含みを持たせて、あのさぁ、と一間おかれた。
『"オレ"が入れ替わっても、きっと真田サン"オレ"を抱くぜ?』
「ッ!?っざけんな…ッ」
『入れ替わったことにも気づかないかもなぁ?同じ、"伊織順平の身体"なんだし』
「どーいう、意味だよ…ッ」
『身体が手に入ったらそれでいいってことだよ』
「っテメ…ッッ!」
いくらコイツがオレの影だとしても、オレ自身じゃない誰かに触られる…考えるだけでも気分が悪い。嫉妬心なんてものじゃない、きっともっと強くて、汚くて、もっと無垢なもの。
分からない焦りに煽られて強く睨みつける。目の前の"オレ"は応えるように余裕たっぷりに不敵な顔をする。
『じゃぁ、試してみっか?』
「!?…許さねぇぞ…ッ」
『結果を知るのが怖いのかよ?』
「真田サンに、…他の奴が、触れて欲しくなんかねぇ…」
『"オレ"はお前だぜ?』
「…るせぇよ…ッ」
『…、ハハ…昔からだもんなぁ。クソ親父が荒れてからは特に。愛されてぇって…そういう独占欲が人一倍強ぇんだよなぁ?』
…"オレ"だから、全部心の中見られてて、言い当てられるのは当たり前なんだけど…、悔しい…。何で…オレと同じなら、"オレ"も同じ思いのはずなのに…何でそうやって抉るようなこと言えんだよ。
『"オレ"はオレに同情するぜ…まるで捨てられた犬みてぇ。今度は誰にも捨てられねぇように必死こいて愛想振りまくって懐いてる。違うか?』
「…、…」
弱く首を振る…否定しないと…崩れる…
『嘘つくなよ。"オレ"についたって意味ねぇよ』
それでも…
「…オレ、は…っ好き…真田サンが…好きなんだよ…、気持ち悪ィとか、男同士でとか…分かってっけど、想っちゃいけねぇって思うけど…ッ、でも…仕方ねぇだろ…好きになっちまったんだから…ッ、こんな身体になったのも…真田サンが触れて、くれたから…、だから…!!」
滅茶苦茶に犯され過ぎて、痛みも何もかも感覚が薄れて、頭が白くなってきたけど、"オレ"に、自分に必死に訴える。それは自分自身に改めて言い聞かせるのと同じだ。
"オレ"は呆れた、悲しそうな顔をしてオレを見る。
『…、…後悔するぜ…人の気持ちや態度が180度変わるのは…オレが一番知ってんじゃんか…ッ』
「ッ!あっ…、…ッ」
"オレ"に荒く触られただけで身体が跳ねて喉奥から声が出る。それを見て苛立たしげに"オレ"は顔を歪ませて、胸を突き放すように叩いた。
『そんな身体にされて…捨てられたらどーすんだよ!…足開きゃ誰でもシてくれるわけじゃねぇんだぞ!?男同士なんて普通は…ッ』
"オレ"もオレに必死に訴えてくる。オレの下半分…きっともっとこれからのことを怖がってる。痛いことがまた自分に起こることに怯えてる。
分かってる…オレだって、それはずっと不安に思ってた。
「真田サンなら…大丈夫…オレは、信じてる…信じてぇんだ…ッ」
『…っ』
泣きそうな顔をされて睨まれるように見られる。分かってる…だから、泣くなよ…
『っ…忠告はしたからな…後で泣いても知んねぇかんな…ッ』
「それでも…オレは…」
『もういい…!!…、分かったよ…解いて、やるよ…』
"オレ"の顔がゆっくり近付いてきて、唇に冷たい…でも温いような柔らかい感触がする。
それと同時に攻めたてられていた空間の黒い物体がすんなりと離れていって、元の壁や地面の位置に戻った。
「んっはっ…、ぐ…ッ」
縛られてるものが離れて、地面に崩れ落ちるオレを見下ろして"オレ"が話しかけてくる。その顔は今までの余裕を含んだ顔じゃなくて、迷子にでもなったような幼児のように酷く幼く、不安そうだった。
『忘れんなよ…今消えても、"オレ"はお前…一生お前の中に…』
「…っ、…分かってる…、悪ィ…」
『…、……ぁ…真田サンだ…』
「…え?」
"オレ"はだらんと地面に放り出されたオレの手の甲の上から手を重ねた。やっぱり、冷たいような、温かいような…不思議な感触。
『何かあってみろ…また出てくるからな…"オレ"はオレのために…』
少し強く手を握られると、流れてくるように中に溶けていく。同じように目の前の人影が消えていく。
消えていく影を見ているうちに周りがぐにゃりと崩れると、眩暈に襲われたときのように自分の視界も酷く歪んだ。溶けていく感覚は温かくて少し心地良かったけど、視界の歪みに酔って意識が急激に霞む。
無理矢理眠らされるようで、解放されるというよりも、目を閉じたらどうなるのかという焦燥感と恐怖の方が強かった。
…怖い。どうなんだ…?怖ぇよ…真田サン…
「…順平…っ、…順平!!」
「っ…、…ぅ…え…真田、サン?…ぉわっ」
目を開くと視界一杯に真田サンが迫っていた。それを認識した直後、身体を引き寄せられて逞しい腕に抱きしめられた。
…あったけぇ…
「何で急にいなくなるんだ!!お前だけ探しても見つからないし…ッ呼びかけても反応が無いし…ッ、山岸なんか、反応が消えたとか言って…どれだけ心配したと…ッ!!」
「え、と…すみ、ません…、っあの…ちょ…苦しいっス…」
本当に焦っていたのか、興奮したように、必死に身体を締め付けてきてかなり肺を圧迫された。思わず抜け出そうともがいてみるけど、筋肉のみで作り上げられた腕からの脱出はやっぱり不可能だった。
でも、…嬉しい…って、本気で心配してくれる人間がいるっていうことは、それが真田サンだっていうことは…そう、思うだろ…お前も。
眼を緩く動かせば、壁に引き込まれる前のタルタロスの景色だった。あの壁のあった場所で倒れてたらしい、けど、あの壁は綺麗に無くなっていて。初めから無かったのかもしれない。でもあれは、夢なんかじゃないってハッキリと断言出来た。
あれも、自分の気持ちだから…、オレの影はオレを、自分のこの先が怖くて、心配して、だから、なんだと思う。
でも真田サンは…こんなにオレの事、想ってくれてる…、この先なんて誰にも分かるはずないけど、でも今は、想ってくれてる。
…そうだろ?
「…、じゃあ、皆と合流し…、っ!」
ようやく落ち着いたように一息吐くと、自分の腕を掴んで持ち上げるように立たせると、後ろを向いて歩きだそうとしていた。それを見て、咄嗟に離れようとする真田サンのベストを掴んだ。
「…いたい…、…一緒に…、…傍にいてもいい、ですか…?」
突然ほろりと言葉が零れた。自分なのか、影なのか。いや、同じだ。これはオレの、オレ自身の言葉だ。
「!、…いきなりだな」
「…すいません」
「謝るな。…いればいいだろ。…傍にいろ」
言うやいなや、真田サンはオレの腕を掴んで引っ張るように進んでいった。大きく歩を進めるのに脚の長さが合わなくて、多少もつれる様になりながら早足に歩いて速さを合わせた。
掴まれている腕が異常に熱い。でも、それよりも顔が熱い。本心でも口にしたことが恥ずかしい、それに、当然のように腕を掴まれたことが、嬉しくて。
もう二度と会わないように…心配させないようにするから。そう引っ張られながら思えば、胸の奥がじんわりと温かくなった気がした。
もう、人肌の恋しさに崩されないぐらいに。
fin. 2007/01/21
2008/08/02 文章修正