PERSONA3 UNDER TEXT

ガキの恋人


 あいつはガキだ。

 助けてやったからか知らねぇが、やたら懐いてきやがるし。今しか見てねぇから突っ走りやがるし。女知らねぇから、敵に騙されて襲われてやがるし。しかも、襲われた女のとこ通ってやがるし。

 純情というか…青ぇんだよ。

 ガキが。


「荒垣サン、カッコいいっス!憧れるっス!」

 ガキが、騒がしいんだよ。

「なんか、影あるっスよねぇ。荒垣サン」

 ガキが、ほっとけ。

「…あの…あんま一人で抱え込まないで下さいね?」

 ガキが。

「オレじゃ…傍にいても…だめスか…?」

       



「テメェが…外させたんだからな…」
「何…を、スか…?」
「…見りゃ、分かんだろ」
「…分かんねぇ…っスけど…」

 …ストッパーだよ、このガキが。




 俺がタルタロスを休んだ日、アイツも休んだ。いや、正確には俺がタルタロスをパスした日にアイツがタルタロスから独りバテて帰ってきた。

 荒垣さーんと疲れた様子でいつも通り犬のように擦り寄ってきて、下から心配そうに見上げられた。大丈夫なんスか?と聞いてくるが、本人の方が大丈夫じゃなさそうだった。確かにタルタロスをパスしたのはこれが初めてだったが調子が酷く優れないわけじゃない。外に少し用事があった、それだけだ。

 まぁ、確かに体調は好調だとは言えない。働くには問題ないが、薬で身体の中はもうボロボロだ。そう考えると、つい軽い咳が漏れた。

「…、荒垣サン本当に大丈夫なんスか…?いっつも、咳してるっしょ…?」
「人の心配なんかしてんじゃねぇ。テメェこそバテバテだろうが。さっさと休め」
「いや、でも…」
「俺も部屋に戻る…、ッ…、…ごほ…」
「ちょ、大丈夫っスか…!、…やっぱ何か      
「…っ、あァ?ちょっと咳しただけだろうが…」

 本当に心配した顔。鈍いような面してるくせして、何か核心を感じ取った顔。最近会ったばっかだっつうのに…なんでこんな…コイツは。

「ンでも…っ、…ずっと…。どっか、悪ィんスか…?」
「…、…」
「出来ること、ねぇっスか?なんか…オレが出来ることなんか少ねぇっスけど」
「…      ッ」

 部屋に移動するのを後ろからちょこちょこついて来て、眉尻を下げて見上げてくる様に胸が熱くなって、すぐさま冷水をかけられた気持ちになった。今までずっと受け入れてきたはずなのに、"死ぬ"…その二文字がこんなに怖く感じたことは無かった。

 あれは俺のせい。だから誰も俺の力で傷つけないために、罰の意味も含めて薬を飲んだ。

 それなのに、こんなにも…




「出来ること…してくれるんだな…?」
「え…、…ッツ!?ちょ…痛っ…!何      

 聞いてくる順平に言ってやる。

 "ストッパー?"

 目を丸くする順平を無理矢理押さえ込んで、今から俺が何をするか分かる前に全て剥き出しにして      

 訳が分かってないままのアイツに行為を進めて、訳が分かってないまま感じて。

 アイツが理解したときには、もう宛がっていた。

      うあぁ゛ッ…ッ!!」

 震えて、怖がって、泣いて、痛がって、ガキみてぇに叫んで、罵られて、ガキっぽくなく乱れて、喘いで。

 ああ、何…してんだ、俺。


 何時頃からだったか、もしかしたら最初からだったのかもしれない。あの眼が、順平の真っ直ぐな眼が直視出来ない程恐ろしくて、羨ましくて、引き込まれそうな錯覚を起こさせた。嘘なんてつけもしないような、穏やかな眼は、自分と大きく違った。あの眼を見ると、自分が外れ者だということを多々自覚させられた。

 リーダーの奴の奥に秘めたような不思議さがあるわけでもない。アキのように常に闘志を燃え滾らせているわけでもない。桐条のように全てに勝る自身の中に愁いを帯びさせているわけでもない。

 ただ、安心を許すような澄んだ眼、その眼が頭の中を掻き回していく。アイツの過去に何があったかなんて知らないが、一般的であって、そして澄みきっていた。

 そんな眼で俺を射るように見たりしやがるから      


「んぁ゛…、ったい…痛い…、荒垣、サ…」

 入るはずもない箇所に無理矢理肉を引き千切るように挿れたせいで、皮膚がピンクに充血して今にも裂けて血が噴出しそうだった。それでも時間をかけて何度も揺すっていると収縮はきついものの不思議と徐々に順応してきた。それでもやはり苦しいのか息も絶え絶えに縋り付いて泣いていた。

 痛みを緩和させるために顔を胸に擦り付けて擦り寄る様はまさに犬だった。ガキくさいのに醸し出す色気は中々で、組み敷くことで何かが満たされた。胸の余計な痛みを分け与えるように注ぎ込んでいる気分になる。それでも暴力的に痛みを与えるつもりはなかった。

「う…ァ…、ひぅ゛…!、…んぅ…は…」

 震えて泣く姿に罪悪感を覚え、萎えた性器に手を伸ばすと、少し表情が甘く和らいできた。それで突いては擦るのを続けると、そのうち完全に抱かれているそれになっていた。

 冷静に順平の様子を観察するほど本当は攻め立てる自分も余裕が全くなく、むしろ縋り寄っているのは自分の方だと言える程、擦る手とは逆の腕で抱きしめていた。

「荒…が…、っあぁ…」
「テメェは…なんで…」
「…荒垣サン…ッ」
「こんな…、俺を…俺なんかを…!      ッ!?」

 ッツ!!

 何故だが急にあの光景が、フラッシュバックした。

 力が暴走して…俺の手から離れた、ペルソナが…女を      真っ赤な血しぶきが俺の前をかすめて…

 隣にいた小さいガキが…泣いて、泣いて、泣いて…


『…天田乾です。…荒垣さん』

 数年経って特別課外活動部に入っていた奴に挨拶をされたあの時…抑揚の無い声。眼が許さないと、物語っている気がした。



「…っ、…」

 突然ぐらりと視界が揺れて、耐え切れずに順平の顔横に手をついた。それにつられるように咳き込んでしまった。

 あの光景を思い出して胸が詰まる、こんなことは最近あまりなかったんだが…クソ。

「…ごほ、…、…ッ!」

 顔を背けて咳き込んでいると、不意に胴体に腕が巻きついた。眼を向けると、今度は胴に加えて頭まで抱え込まれて順平の胸に押し付けられる。

 俺の下にいるくせに、あやす様に抱きしめやがって。そう思うが情けないことに自分の身体は微かに震えてやがった。

「…大丈夫…っスか…?」
「ッ…ガキが…テメェに心配なんか…、大体テメェ今の状態で…っ」
「ってますよ…!!腰、スッゲェ痛ぇし…!!けど、まぁ…痺れたし…?」
「…馬鹿野郎…ガキの思考回路なんだよ…」
「ガキの方が扱い易いじゃないっスか」
「…怒ってねぇのかよ…?」
「…、…身体…弱ってるんスか…?」
「答えになってねぇ…」
「まさか      
「なんでもねぇよ…!」

 心配なんざされたくねぇ…、そもそもこれは俺が受ける当然の報い。怖さを感じこそすれ、薬を服用したことには後悔してない。


「…俺が、俺が出来ること…」
「あ?」
「俺が出来ること…これでいいんなら別に、いいっスよ…」
「なっ…」

 下から見上げる眼は真っ直ぐで真剣だった。ふざけてる訳でもねぇらしい。

 本気でコイツ何言ってんだ、と呆れるぐらいの余裕があればよかったが、恥ずかしいぐらいに動揺してしまった。未だに抱きしめ続けられていることにさらに恥ずかしさが増す。

「つか、これぐらいしか出来ねぇし…」
「そういう問題か…?」
「荒っぽくしなかったら別に…」

 このガキは…身体から力が抜ける。これでも俺はかなりやっちまった感があんのに、さっきまで泣きじゃくっていたコイツは逆にケロリとしてやがる。

 もしかして、こういうことを俺ほど重く考えてないのか、もう一度眼をしっかりと覗き込んでなきゃ、そうとすら思えた。

「…荒垣サン…」
「…!、…順平」

 順平の瞳。奥までジッと見ると…澄んでいて綺麗で、…それでもその中に恐怖の色が混ざっていた。

 …、怖くねぇわけ…なかったよな。あんなに震えていやがった。ガキの…精一杯の、強がり。

「悪かった。もう、しねぇよ…」

 落ち着かせるように頭を優しく撫でて頬へと滑らせると、くすぐったそうに身を捩じらせた。恐怖の色が少し霞む。その時の照れたようにはにかんだ顔は男からしても少し胸にくるものがあった。

「優し過ぎんのも、抱え込み過ぎんのも…どうかと思いますよ」
「あ?どのことだ?」
「…色々」

 コイツも俺の恐怖を読み取ったんだろうか…

 いや、どうだかな…ガキだしな。




 身体をようやく離して、暫くそのまま黙って二人で横になっていた。ずっと、つっても実際には数分程度だっただろう。それでも長い時間に感じた。

 妙な…気分だ。無理矢理繋がったものの、今更ながらにどこか照れる。そもそもその場の勢いでこんなことをしてしまう自分の神経が可笑しいな。順平も大人しく寝転がっていたが、片腕で顔を隠しているあたり、やはりどこか気まずいのか。もしかしたら疲れで眠ったのかもしれない。


      …ハンバーグ」
「はぁ?」

 横で寝てたんじゃねぇかと思ってた順平が呟く。いきなりなんだ、ハンバーグ?

「荒垣サン、料理できるんスよね?」
「まぁ…多少は、な…」
「オレ明日ハンバーグ食いてぇっス」
「…勝手に食えばいいだろ」
「食いてぇっス!手料理」
「…俺に作れっつってんのか…」

 しかも、いかにもお子様向けなメニュー…。未だに仰向けで顔を隠したまま、駄々を捏ね始めた。

「オレ、カップ麺しか最近食ってねぇんスよ」
「知るか…あのな…第一、テメェに作ったら他の奴にも作らなきゃなんなくなるだろうが」

 呆れたようにそう言うと、上を見ていた順平が身体ごと俺の方に向けてきた。少しばかり口先を尖らせて、いつもよりさらに幼い顔付きで見つめられる。

「…見せつければ、いいじゃねぇっスか」

 …は?なんだその、今までになくガキの発言。

 そう思ってすぐ固まった。……待て、というか、その台詞…なんか…

「テメェ…は      

 そう口を開いたとき、閉め切った部屋でも微かに下から扉の開く音と、足音に続いて話し声が聞こえてきた。

 アイツ等が帰ってきた、時計を見ると0時を数分過ぎていた。

 突然帰ってきたことにビックリしたのか、順平は腰を庇いつつ飛び起きて、焦りながら服を着直していた。パンツと上着さえ着れば十分だと思うが…いや、十分じゃなかった。

「ちょ、随分余裕あるっスね…?」
「まぁ…俺はファスナー下ろしただけだしな…。ただテメェは服ちゃんと着ろよ、特に上」
「へ?何で…いや、着ますけど」
「…首と鎖骨らへんに痕つけちまったから」
「痕…?、…ッ!!うわ、一杯赤くなってる!?…ヤんなら考えてヤってくださいよぉ…」
「考えれなくなったからヤったんだろうが」

 順平は恨みがましい顔をしつつ、オレいっつも服肌蹴て着てんのに…と着替えながらブツブツ文句を言っている。ゴチャゴチャ煩いという意味を込めて、順平の頬を掴んで無理に顔を上向かせた。

 すると、途端黙って顔を赤くした。何今更顔見合わせたぐらいで何赤くしてんだ…コイツ。

 …、…というか赤くしてやがるって…、やっぱり…

「明日…作ってやるよ」
「えっ?あっ…ああ!ハイ…嬉しいっス!」
「…、それから…聞きてぇことがある」
「な、何スか…?…っ、      ッん…、…!」

 頬を掴んだまま、唇を軽く合わせてから名残惜しげに離れると、動揺しているのか瞳が微かに揺れている眼を覗き込んだ。

 言わなければならないことがある。怖がらせないように、それでも真剣に伝えなければならないことが。

「…俺は気持ちが無く、テメェを抱いたんじゃねぇ…」
「…、…」
「好きでもねぇ相手を抱けねぇし、好かれてねぇのに無理やり抱くのは…もう、したくねぇ」
「……」
「その…悪かった。お前は      
「…分かってんでしょ…」
「あ?…ッ」

 順平の頬を捉えている俺の手をやんわり除け、今度は順平から唇をぶつけてこられた。正直勢いで痛みも多少あったが、やはり男なんだと改めて感じた。

 慌てたようにすぐ離れると、溶けるような眼をして見つめられる。

「…テメェも物好きな野郎だ」
「オレが、ただ懐いてただけだと思ってたんスか…」
「嫌がったじゃねぇか」
「そりゃ、いきなりは…」

 そう言って口篭もりながら顔を俯けた。同じように見下ろすと服と肌の隙間から、首から鎖骨にかけての愛撫のマークが刻まれているのが見えて、その証に満足感を覚えつつ、何か生々しくて妙に恥ずかしい気分になった。




「うわっうまそーッ!!」
「え、何?ハンバーグ?」
「なんで順平だけなのよー」
「…順平がリクエストしたからな」
「じゃあ、今度私に      
「あーダメダメ!ゆかりっちはダメ」
「はぁ?なんでよー。いつからアンタの荒垣先輩になったのよ」
「あー…、いいの!とにかく荒垣サンの手料理はオレの特権なんだなーこれが」

 リクエストに応えてハンバーグを作ったものの、アイツの意外な一面がまたひとつ見れたのはいいが、料理の最中そりゃあ邪魔だった。

 やはり、どうせ作るならメンバー分作ったほうが楽だと思って肉を捏ねていたら、キッチンを覗いて自分の分だけでいいと言い張る順平に騒がれて、むくれられて、結局駄々を捏ねられた。

 今までそんなことを口にしたことの無いような奴が、皆で食べた方が美味しいと言いこそすれ、まさか一人だけで食べることで優越感を得たがるとは。満足気に頬張りながら、笑みを零している順平を横目で見ながら思わず溜息が出た。

 …アイツ、意外と独占欲ある奴なんだな、とまたガキの一面にしみじみ思った。同時に思わずこちらも笑みが漏れてしまった。その理由に二人の仲を確信めいたものがよぎったからだ。

 ガキは好きなものを手放さねぇっていうからな…、まぁ、俺もだがよ。




fin.

2006/11/19
2008/10/04 文章修正

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