赤と白の天秤A
白と赤。それは…まるで皮肉のように対称的だった。
真っ白のシーツを掴む順平の手が赤く染まる。真っ白のタオルが赤く染み付く。
白が赤に染まっていく。塗り潰されていく。ああ、赤は、映えて、綺麗で…
吐き気がするほど不快だ。
「ん゛…ッ」
捩じ込んでいるタオルのせいで、息も上手くできないらしい。濁った声にゼェゼェと掠れた小さな呼吸をし、薄っすら目尻に涙を溜めていた。顔は赤く腫れあがっている。俺が身体を触ると、弱まった力で拘束から逃げようともがいている。
逃がすわけなんてないだろ。中から俺に開拓されているんだぞ、お前は。
「ッ !!」
ドレスシャツのボタンを無視して肌蹴させて、胸を撫でて突起を周辺の肉ごと強く抓る。
「っん…ぐっ…ッ」
痛さにか快楽にか押さえられた身体を仰け反らせ、肩を震わせながらも突起を起たせて硬くする。知ってるんだ、お前の弱いところは。
潰すほどに強く抓っては、緩ませる。同じように順平は身体を強張らせては泣き悶えて、解放されれば力を抜かして息を荒げて啜り泣く。何度も何度も肉が内出血するほどに繰り返した。暴行された身体は既にもう抵抗できない状態だったが、痛みと痺れを与えられ続けて精神的にも酷く疲労しているように見えた。
「順平…感じているのか?胸を弄られて感じるなんて、そんな女みたいな身体であの女を抱けるのか?」
そう言えば反論できない代わりに睨みつけてくる。その瞳は怒り…よりも恐怖の色が濃い。これだけ殴り、痛めつければ当然か。
だったら、目を瞑っていればいいものを…そういう微かな抵抗が、どういう事態を招くのか…教えてやらなかったか?
真っ赤に腫れさせ、起たせた胸の突起に歯を立てると身体がビクンっと反り上がる。当然弄り過ぎた胸はかなり敏感になっている。
「へぇ?身体は弱って動かないくせに、こういうのは別なのか。こんな身体で…俺無しで生きていけるのか?」
反射と同じ原理なんだろうが、もちろん分かっているふりはしてやらない。
俺無しで…生きられないようにしてやる。
口の中のタオルを取ろうとする震える手を片手で簡単に押さえつけて、身体を摺り寄せ耳元で甘く、低く言ってやる。
「それを勝手に取って…この階にいるあの女にお前の喘ぐ声を聞かせたいのか…?」
「ッ!!」
すると今度は懇願の、本気で止めてほしいと頼む瞳。その眼は好きだ…俺を求める眼だから。
その眼にズン、と中心が重く響く。もう既に今までの暴行で興奮していて窮屈で痛かった。ファスナーを下ろして自分のものを取り出し、性急に順平のベルトを外してスラックスを引きずり下ろす。
順平が嫌だと弱く首を振るが、足を掴んで胸に付くほど折り曲げて、眼前にまで正面から近付いて微笑む。
「お前、好きだろ?俺が…俺のモノも、な」
「うぅ゛…ッッ」
首を横に振る順平…嘘を、つくなよ。
赤い赤い赤い…嫌なのに増えていく赤。
俺を順平の小さな器に挿入すれば、タオルで強制的に掻き消される悲鳴をあげる。
それでも…いずれは訪れる快楽の波。
否定しようのないこの事実…ほら、お前の手が今までわざと触れなかったお前自身に無意識に伸びているじゃないか。その手を掴んで駄目だと釘を刺すと、耐えられないと喘ぐじゃないか。それでも、俺の侵入だけで欲を吐き出すじゃないか。
白く白く白く…赤に負けないように飛び散らせる。
秤にかけて…俺を選べ。俺がたとえ男でも、柔らかみが無くても、酷い目に遭わせても。
俺を選べ。赤は、捨てろ。
厚みの無い胸板は激しく上下に動いているが、身体からは更に力が抜けていく。
もっともっと、もっと…白を勝たせないと…赤に負ける。
とにかく必死だった。犯している間でさえ奪われてしまうような気がして、精液を何度注いでも注いでも不安で不安で、気持ち悪くて。
だから
順平が途中から喘ぎも反応もしなくなったのには気付かなかった。
「…アキ…?おい…おい!何してんだッアキ!!」
怒声と共にいきなり肩を思いきり後ろに引かれた。そこで初めてシンジが部屋に入ってきたことに気付いた。例の薬の件で病院に来て、きっと微かな物音を聞きつけたんだろう。
投げ飛ばすように順平の上に乗っかっていた俺を引きずり下ろし、酷く狼狽しながら順平に駆け寄った。
「…ッ、…シンジ…」
「 順平…ッ!?…お前…コレ…ッ、…病院でこんな…怪我させてんじゃねぇよッ」
「邪…魔…するなよ…ッ、順平に触るなッ」
「アキッ!!いい加減にしやがれッコレは何だ!目ェ付いてんのかテメェはッ!!」
「ッ……シンジ…ッつ、…!」
掴みかかる俺を逆に掴んで怒声を浴びせられる。その眼は確かに怒りに染められていたが、予想だにしなかったこの状況に困惑を隠しきれていなかった。
それでもやはりシンジの状況判断は素早かった。忌々しげに舌打ちを一つすると俺を突き放して、遠目からでは死んだようにさえ見える酷い状態の順平の介抱にかかった。口に詰められたタオルを取り出して、身体を拭くと服を纏わせ担ぎ上げる。
「…順平…」
だらん、と担がれて垂れた手を握ろうとしてシンジに止められる。
「順平を医者に見せてくる…まぁ身体の怪我は、すぐ治んだろ…問題は 」
「……」
「もう少し自分をコントロールできるようになれ…、こんなこと…許されることじゃねえ」
そう諭され、振り返ることなく足早に病室から去っていった。数秒もしないうちに俺の視界から順平が消えた。
傷付いたのは俺の方なんだぞ?純粋に、順平を想って…離れないようにしたことが許されないことなのか?裏切ったのはあいつの方だろう。
…あの女が
嫌いだ。あの、赤色が…、痛い程の艶やかな赤が。
あの女がいるから、なのか。あの女が順平を惑わしたんだ。いきなり現れて、何もかも奪い去って壊していく女。敵のくせに今の状況を逆手にとって、お人好しなあいつをたぶらかしているんだ。
そうだ、あの女は敵じゃないか。あの時順平を罠にかけたんだ、今も懐いたふりをして騙しやすい順平をたぶらかして、いいように使う気なのかもしれない。そうだ、俺が守ってやらないと。順平を守るためなんだ。
自分自身に言い聞かすように何度も何度も呟いた。順平を見る少女の眼の変化も、先程まで順平に対してやった行動の矛盾も、何もかもを塞ぐ。感情が負に囚われて、苦しくて。足が勝手にあの病室に向かっていた。
躊躇無く、ノックも無く、扉を乱暴に開いた。
白い扉の向こうに白い部屋、白いカーテンそして…その白に囲まれているからこそ、さらに映える…赤い髪の少女。
「…! ……」
チラリとこちらを見たと思えば、興味なさげにまたスケッチブックに目を落とす。何度か訪れた時と全く同じ反応だ。唯一人の男にしかその眼に光を持って映そうとはしない。
「……お前…何なんだ」
「……」
「順平を…どうする気だ…どうしたいんだ」
「……」
「お前の存在は…、……迷惑だ」
「……」
「聞いているのかッ」
いつも通り順平以外には無反応な女に苛立って、スケッチブックを取り上げて睨みつけると、鋭く大きな目がゆっくりと俺を捉えた。
「…返して」「俺の話を聞いているのか?返答しろッ」
女は生気のない眼でスケッチブックを見る。それに益々苛立ち声を荒げた。煩わしげにようやくこちらに目を向けた。
「…あなたこそ、なんなの?順平を…どうする気?」
「っ…何?」
「…私、白は…嫌い」
「ッ…!」
赤い髪が風にそよいで…また、別空間を作り上げる。その独特で不思議な光景が俺を動けなくさせる。女は酷く異質な生き物に見えた。
「あの時からそう、ずっと…、真っ白は…もう、嫌…」
「…何のことか知らないが…俺も赤は嫌いだ。白を潰す…映えて、目障りだ」
「…そう…同じね…、だけど…違うわ」
「何が言いたい?」
「…白は嫌い…羨ましくて…嫌い」
「羨ま…しい?」
意外な言葉だった。"白が嫌い"と何かを思い出すように遠くを見るような眼だった女が、今度はこちらを見て"白が羨ましい"と言う。
「赤はきっと…何にも染まれない。独りのまま、色あせて…消えてしまう。でも、白は違う…」
「それは…」
「私は想いたい。想われたくなんか無い…苦しいだけ。辛い…けど、そのことを知れたのは…教えてくれたから」
「 …」
「…返して」
ぽつりぽつりと言葉を紡いでいたかと思えば、思い出したかのようにスケッチブックに視線を移して要求してくる。
なんだか一人で騒いでいた俺が馬鹿らしい…この女は俺のことなんて相手にもしていない。ただ一人だけを見て、そして、縛ろうともしていなかった。
自信…?愛…?これは何の儚さなのだろうか。
無言になった俺から、女はスケッチブックを奪い返した。その手首にはもう裂傷は付いていなかった。もう自傷癖自体がなくなったらしい。透き通るように白く、華奢で柔らかそうな手首。…順平がいなければ、まだ傷付け続けていたんだろう。
「…、…なぁ…」
「……」
赤い髪の女は喋り過ぎたとでもいうように、俺の存在をまた空気のように消して黙々と絵を描き始めた。その絵も俺には全く理解できないが。
赤は嫌い。
だが、赤は…不思議で、俺には手が届かないところにいる気がした。
その日の晩、シンジに連れられて順平が寮に戻ってきた。
絆創膏だらけに、ガーゼだらけ。包帯も軽く巻かれていて、順平の表情があまり読み取れない。
「一応、念のために入院するか聞かれたが、順平が断った」
「…そうか」
「言うこと、あんだろ…?」
それだけ言うと、シンジは俺の肩を叩いて自室に入っていった。
何て声をかければいいのか分からなくて、目を逸らして暫く黙った。だが順平も黙って立ったままで…俺が何か言うまでは此処にいるつもりらしい。
「……平気…か…?」
「…あと、三、四日で腫れが引くらしいっス」
ようやく出た言葉がこれだ。俺がボコボコにしておいて、どう見ても平気じゃない順平に、平気かと言葉が出る自分が嫌だ。
痛々しい順平を目の当たりにして、今になって後悔の念に苛まれる。シンジか順平か、あえてペルソナで治さずこの姿を、俺の過ちを見せたのは、どちらか、もしくは両者の意向なのだろう。
「その…俺は…」
「帰る前、チドリのとこに顔出しに行ったんです」
「え…、あ…そうか」
その顔でか?と言いそうになったのをなんとか堪えた。きっとあの女は驚いただろう。
「チドリが言ってたっス…白はやっぱり嫌いだって…無垢なだけがいいわけじゃないって。でも、自分には真似出来ないことだって言ってました」
「…そうか」
「それでも、やっぱり暫く白は見たくないって」
「…、…そうか」
俺がやったと悟ったとき、さぞ怒っただろう。順平以外の他人なんて何の興味もない女が、暫く見たくない、なんて。
「…で、こんなことして…何か変わりましたか?」
「……」
「オレは…すげぇ嫌だったけど…辛かったけど…、でも…分かった…」
包帯が巻かれた手を俺の方に伸ばしてきて 抱きしめられた。
あの赤髪の女にするように、欲しがっていた優しく、柔らかい手つきで。
「ごめん真田サン…真田サンも辛かったんスよね…、でも…選べねえのを分かってほしい…大事なのを分かってほしい…チドリを放っておけないのを、分かって…ください」
「…順、平…」
抱きしめ返した手がまた震えた。また…だけどこの震えは前とは違った。暴力的なものではなくて、何かが溢れそうな感情の…縋りたくて、泣けてきて、それよりもっと何かが堪らなかった。
「…待っている…待っているから…、ずっとずっと…たとえ、お前の気持ちが無くなっても……、あ 」
愛している。
「…真田サン」
お前無しで生きられないのは…俺の方。
今はまだ、白と赤はつり合ったまま。
fin. 2007/01/13
2008/07/05 文章修正