GameC
ズンと重い頭で思い返してみた。
ああ、そうか…。何か欲しい奴がいるって言ってたんだっけ。結局、それ以外は何も教えてくれなかった。
この5日間…思い出しただけで最悪な気分になる。ただ痛いだけの毎日でしかなかった。なんでこうなったか…最初から考え直しても分からない。
ゲーム…5日目。
ほんのちょっとの期待も虚しく、やっぱり真田サンは飽きもしないで部屋に来ては滅茶苦茶に扱う。頼んでもやめてくれなかった。今この瞬間も。
裂かれる痛みに堪える。全身が前後に動いて、脳がグラグラ揺れてる感じで酔いそうだ。焦点が合わなくて視界がぼやける。
ぼう、とする頭で回想をする。でも分かんねぇもんは分かんねぇ。
… 今日もこうなるなら、ってオレは決めていた。この状況から抜け出す。どんな手を使っても。
オレをシーツに全身で強く押さえつけて、そろそろ果てそうなのか腰の動きを速められる。…痛い、痛ェよ真田サン。もう何がとか何処がとかじゃない、痛い。
真田サンが呻いて、熱い、腹の中を逆流しそうな勢いで欲を吐き出される。数度腰を動かすと、息を吐きながら引き抜かれて掴まれていた腰を離された。支えが無くなって、力が全く入らない身体じゃ自力では耐えれなくて、へたりとそのままうつ伏せに倒れこんだ。
そんなオレをもう用無しと言いたげに、ボロボロになってるのを見向きもしねぇでほったらかして、さっさと服を着直している。その姿を横目で見てると、声も出ない、顔も崩れない、けど…涙が勝手に流れた。
…そっか、分かった。よく分かったっスよ、真田サン。
そのまま何も言わずに真田サンが部屋を出て行こうとしたのを、掠れた声で呼び止めた。
「さ…真田サン…、待って…ください」
その声で真田サンはドアの前で振り向いた。無表情な顔だったけど、端整な顔立ちだと冷たい印象が強かった。冷たいなんて、今更だけど。
何でこんなに悲しいのか、何でこんなに痛いのか、なんとなく…気付いてしまったような気がした。でもそれを否定して、違う違うと自分に言い聞かせた。
「もう1回だけ聞きたいんスけど…何でオレにこんなことするんスか…?ずっと、こうするつもりスか…?」
「……」
「お願いだから…ちゃんと教えてください…ちゃんと…」
震えた声で訴えると、顔を少し俯けながら、初めて真田サンが口を開いた。
「…、…お前が…お前が全て俺のものになれば…終わりにするさ」
「真田サンの…?」
「勘違いするなよ。それでアイツを手に入れることになるんだ…、このやり方なら心も身体も服従して…逆らえなくなるだろ」
「…っ、…アイツって…誰なんスか」
「……」
言っていることが可笑しい。自分には理解出来るはずもないところのことで、腹が立ち過ぎて言葉も出なかった。それでも話を聞かなきゃいけないと思って無理に繋ぐ。
「…お前が知る必要はない」
結局答えることを拒否してドアノブに手をかける真田サン。
言っても無駄か…悲しいけど、そう思いたくない。痛い…逃げたい…終わらせたい…、疲れた。もう疲れた。だから…だからさ
「真田サン」
「!?…、…お前…」
部屋の隅、召喚器と一緒に置いていた大きな両手剣を強く握り締めた。
酷く疲れた。けど恐怖は消えていた。もう1度握り直した、その両手剣には変に笑い泣きしてるようなオレの顔が映っている。
「…俺を、殺すのか?」
「こっから出るには…これしか…、オレ、頭悪ィから…」
「……」
「今日も、されたら…って決めてたんス…」
「…、…そうか」
「 …真田サン」
「っ!?」
真田サンに向けていた剣の先を自分の腹に移動させる。ただ何かを変えたかったから、消えてしまいたいとか、死にたかったとかそういうのじゃない。ただ必死に痛みを止めようとした。
「待っ…!!」
閉じた瞼に焼きついた止めようと焦る顔。こういう関係になって初めてそんな顔を見た。それもオレじゃなく、欲しがった人の為なのか。
哀しい気持ちと一緒に、狙いを定めた場所通りに衝撃が来た 死にたかったわけじゃないけど、死ぬ痛みも感覚も意識も、こんなものなのかとボンヤリと思った。
……
地を踏んでいないようなフワフワした感覚。何がどうなっているのか。何が…、オレは…?
…?
…ふと、感じた。隣に…人の気配がする…?
「…俺の負けだ…お前を…いや、お前と…シンジを…解放してやるよ…」
ッ!?
「ッ真田サン!! っい゛…!?」
夢心地から無理矢理現実に縋りついたように、急激に意識が浮上した。が、身体を起こしたと同時に腹がズクンっと痛烈に疼いて、またベッドに身体を預ける。
病院着の下に包帯の感触…腹、痛ェ…、熱ィ…
「 あ?」
痛みできつく閉じた瞼を徐々に開ける。白白白…の無機質な部屋を1周ぐるりと見渡して、病室にいることが分かった。
「ンで…病院なんか !、…あ、そか…死に…損ねちまったのか…、…ってか!!」
真田サン…!!確かに今ここにいたはずだ。スゲェ遠くにいるみてぇな声だったけど…気配は近くにあった、声も聞こえた…と、思う。
聞かないと…ちゃんと、真田サンの欲しかったもの…こんな痛いやり方でしか手に入れられなかったものって何かって。
"…お前と…シンジを…"
オレと…シンジ…、荒垣サン…?、荒垣サンが…いなくなった荒垣サンが欲しくて…?でもそれじゃあ…
"いるのは…お前を欲した奴だ"
真田サンが欲しがったのは…荒垣サン、じゃあ…オレを欲しがったのは ?マジかよ…、だって…そんな素振りも…、オレなんか男で…何の取り柄もねぇ奴を…?
…つか、さ…いなくなった相手をオレに求めたっつーのかよ…?ンなの可笑しいだろ…あんなやり方で、誰かの代わりなんて…オレは、オレはっ…ンな裏切り…ありかよ…ッ
「真田サン…さな、だ…サン…!!っぐ…!」
耐え切れない想いで、恐らくさっきまでここにいただろう真田サンを追いかけようとするも、また激しい痛みが走る。
「自分の負けってふざけんなよ…逃げといて…ボロボロにしといて…、もう…壊れた玩具なんか要らねぇって言ってんのと同じじゃねぇか…!!」
ベッドから降りて足を床につけると、その接触でさっきよりも酷い痛みが疼く。とてもじゃないが立てなくて、蹲る様に床に倒れる。それでもまだ這うようにして進もうとしたら目の前のドアが突然開いた。
「!…順平」
「リー…ダー…?」
「…虫みたい」
「…ほっとけ」
入ってきたのはリーダーで、いつも通りの無表情のまま近寄ってきて、這っている身体を起こそうと腕を肩にかけられた。
「動いたら駄目だろ。傷口が開く」
「っ…ほっとけ…って…言ってんだろ…、オレ…オレは…追いかけねぇと…、っつ…」
「見せろ…ほら、動くから出血してる。今の状態のお前を動き回らさない為に敢えてペルソナで完治させなかったんだから」
「…、お前には関係ねぇだろ…!頼むからほっといてくれよ…」
「…でも、言ってくれれば…守ってやれた」
「…!、…っ…ンなこと言ったって…、…真田サンは…」
…言えるかよ、あんな目に遭ってたなんて。しかもよりにもよってリーダーに。それに…誰かの手で止められるものじゃなかった。あの眼は恐ろしく揺ぎ無かった。
もしかすると、真田サンも苦痛の中から抜け出したかったのだろうか。同じように何とか状況を変えようとしたのだろうか。…こっちにしてみれば迷惑なことこの上ない。
「…泣いてた」
「あ?」
覇気はいつも通り無く、ボソリと呟かれた聞き慣れない言葉に顔を上げた。
「先輩。血だらけのお前を抱きながら泣いてたから驚いた」
「真田サンが…?」
「順平、順平は真田先輩のこと本当は…大切に 」
「!!違っ…違ぇよ、ンなわけねぇじゃん…真田サンなんて…、酷ぇ目に遭わされたし…大体…男、とか…オレが…」
痛い、悲しい…、その理由…気付きたくない…気付きたくもない…気付いたら、終わりだ…
…違う…気付いてる、それを認めたくないだけ。分かってる、そんなこと。だからって認めたところでどうしろっていうんだよ。
「だったら、真田先輩を刺せばよかった」
「っ…!」
「だったら、真田先輩を追いかける必要なんてない」
「…っ」
「だったら、…泣くな」
言われて気付いた。何の涙か分からなかった。ただ…零れて…落ちて…止まらなかった。
あんな酷いことをされたのに…心もオレになんか向いていなかったのに…それでも嫌いにはなれなかった。殺すなんてこと、考えもしなかった。
「っ…どうすりゃいいのか、分かんねぇよオレ…、世話焼くなら教えてくれよ…なぁ…ッ、勝ちなんて…オレはいらねぇのに…っ」
「そんなに…好きなんだ?」
「好きじゃ…っ、…まぁ…一理、あっかな…嫌いになれねぇんだもんな…タチ悪ィ…」
「…、…だそうです…真田先輩」
「え…?は!?」
言われるまで全く気付かなかった。ドアから影が少しはみ出していた。呼ばれたことに反応して、俯いている真田サンが僅かに姿を見せた。ここ数日の殺気だったオーラが消え、少し疲労しているようにみえた。
「…なんで」
「さっき出て行くのを止めておいた。無理にだけど」
止めといたって…どーやって?つか出て行くときってことは、さっきからずっと…そこ、に?
「 …さ…真田サン…?」
「…、…」
「邪魔、かな」
リーダーはオレの身体を支えながらベッドに腰掛けさせてくれた。特にニコリともせず、そのまま黙って突っ立ってる真田サンの横をリーダーが鋭い目を投げてから通り過ぎて部屋を去って行った。通り過ぎる直前、何か呟いたみたいに唇が動いたような気がした。よく分からなかったけど真田サンが睨みつけてたから良いことは言わなかったんだろう。
「…真田、サン」
「…、…お前の前から消えたかったのに…あいつ、余計な真似を…」
小さく呟きながらドアを閉めると、ほんの少しだけオレに近寄った。ベッドからドアまで、距離にしたらたった数メートル…それなのにもの凄く遠くに感じた。数日前から、2人の間にずっとあった深くて遠い距離だ。
「…謝ったところで許してもらえるなんて少しも思っていない。…だからこれは、この会話は無意味だ」
「無意味…?」
「話は、聞こえた。お前のお人よしには心底呆れる。あんなにされておいて…まだ…、ただの馬鹿だ」
「…オレはお人よしなんかじゃないっスよ…、弱ぇだけだ…それに、理由が聞きてぇだけ」
「…分かっただろ。お前に…シンジを重ねただけだ」
今頃代わりにしたことに罪悪感でも抱いたのだろうか。言いにくそうにして顔を背けた。こんな状態の無残な姿のオレが酷く哀れに映ったのだろうか。
「オレが死んでたら…どうする気だったんスか…?荒垣サンの代わりも…いなくなったら」
「…分からない」
「……オレのことは…少しも…?」
「想ってないと、言ったはずだ…お前の気持ちがどうであれ…俺には関係ない」
「…、…」
「心配するな、ちゃんと寮を出て行く。お前には2度と顔を合わさない…悪かった」
悪かった…?そんな…そんな捨て方すんのかよ。散々自分の好き勝手にしておいて。いなくなった荒垣サンにだって侮辱してるだろ。それなのに、そんな風に投げて逃げるのかよ。
「…何スかそれ、もう1回…死ねばいいんスか…?」
「何?」
「死ねばちゃんと考えてくれるんスか!?何なんスかその言い方!!それっ…勝ち逃げじゃないっスか!!こんな気持ちのままほったらかして…っオレ…!!」
「許さない。お前が死ぬことは、許さん」
「それも荒垣サンを、スか…荒垣サンをまた失うことが嫌なだけっしょ…オレじゃなくて」
「…なら、俺を殺せ。……俺もいい加減限界だ」
「っ…!嫌っスよ…そんなの…」
なら殺せ?攻撃的なようで、結局逃げる言葉ばっかりだ。真田サン自身混乱して、もう疲れたんだろう。自分と同じように痛くて、可笑しくなりそうで、とにかく逃げだしたいんだろう。本人は逃げるなんて言葉は存在してないつもりかもしれないけど。
…そんな風にしかいられないなら、もうオレは逃げない。もう、逃がしてなんかやらない。
「 っ、も…いい…もーいいから…許せねぇけど、許すから…!!やめに、しましょ…、オレ…ただ…痛いのをなくしたい…」
「!!おま、え…許すって…、馬鹿、だろ…そんな…」
逃げ道なんか残してやらない。どうせ苦しむなら、同じ土俵に立てばいい。ねぇ、真田サン。
「ただ…もう、1ラウンド…ゲーム、しましょ…?」
「な…ッ、ゲーム…だと?」
「絶対ぇ…オレのこと興味持たせてやる…じゃねぇと…っ、…このままでいれっかよ…」
なんの執着か、意地か、復讐か、想いか…独り言みたいに、呟いてた。今なら分かる気がする、抱いていた愛憎をぶつける気持ちが。
「…何、言ってる…、お前…お前…」
「自分だっていきなり…勝手に、始めたんだから…文句言えねぇっしょ」
「そういう問題じゃない!お前…自分が何されたか分かって…ッ、…いい加減俺に愛想をつかせろッ」
「オレだって自分で意味分かんねぇスよッ…だから…だからオレ…」
ああ、ああ、ああ!頭の中が混乱して顔が熱くなる。押さえた手で、頭を掻き毟った。拳を握った。シーツを叩いた。
「真田サンがオレに…ホントにオレに興味持ったら…オレの勝ちっスよ」
「だから…っ、…」
オレも頭可笑しいな。けどさ、けど…気付いたんだよ、気付きたくねぇことに。
嫌いになれねぇ。傷つけられねぇ。それってさぁ…
"そんなに…好きなんだ?"
本当に自分でも引く…それでも自分の正直な気持ち、なんだよなぁ…、つーか…真田サン絶対人の言うこと聞かないし、こっちが引かなきゃ永遠話終わらないし。
「…順 」
「オレのこと…助けてくださいよ、責任取ってくださいよ」
「ッ…」
フラフラとベッドから降りて真田サンに近付く。1歩進むごとに崩れ落ちそうな程の痛みが生まれるけど、視線を全くずらさずに1歩1歩進んだ。傍に行けば真田サンは肩を少しビクつかせた。
逃げねぇ。逃がさねぇ。一瞬のうちに襟を思いっきり掴み上げて思いっきり引き寄せた。
チュ、とか音なんかならない。そのくらいブチ当てた。
手に力を入れると腹が疼く。それでも真田サンの眼球が開いていって揺れてるのが分かったから、ほんの少しすっきりとして嬉しかった。
初めて優位に立った今この瞬間、この瞬間から本当の
ゲーム スタート
fin. 2007/08/10