流れる男
関係はそう長く続かないとは思っていた。だから当然の結果だったとも言える。
順平はうんともすんとも言わなくなった携帯に舌打ちしてからベッドへ放り投げた。
真田が大学生になり、順平は3年に上がった。寮も変わった。合う時間は極端に減った。
最初の数ヶ月はよく寮に様子を見に来たり自分の部屋にも上げてくれた。待ち合わせて会うこともしばしばあった。
会う時間が短いのは仕方ない。毎日会っていた状況からの変化なのだ。そもそも…会う時間が減ったから何だという関係だった。
様子が変わったのは半年ほど経ってからだった。真田は寮に姿を現すことが無くなり、順平が何気なくメールしても部屋に訪れても適当にあしらわれるようになった。
ボクシングが忙しい…か、オレに飽きたか、だな。意外と冷静に順平はそう思った。大学は出会いの場だ。学校という隔離された空間から多少自由になる。友達も飲み仲間も…彼女も出来て不思議じゃない。
他人にさほど興味が無い真田でも、ボクシングだけの世界じゃない空間にいれば嫌でも人付き合いがいる。そして大人になる。だから…冷める。このガキ同士の男の絡みあいに。
分かっている。理解できる。自分だって彼女が欲しい。そもそも恋人なんて位置についた覚えも、つかされた覚えもない…それでも、それでも、勝手に携帯のアドレス帳から真田を呼んでいる。真田の通う大学に通りかかったフリをする。1人で慰めるときも真田の指を思い出していたりする。
でも、ぜってー会いたいなんて言わねえ。
ただ、捨てるなら嫌いにして欲しかっただけだ。
悶々としながら寮で受験勉強をするでもなく、ダラダラと過ごしていると携帯がバイブで震えた。画面を見ると久々に目にした名前がコールしていた。
「…、…はい」
『今何処だ』
「…ブラジル」
『そうか、今から行く』
ブツっと音がし、ツーツーと鳴る携帯を順平はジッと見つめた。
ずっと適当に放置しといて「今何処だ」って。しかも関係無しにブチりかよ。日本の裏側だぜ?ツッコミ無しかよ。自己中なのは変わってねぇな。
頭を帽子ごと掻いた。いい加減ムカつく。鍵かけとくか。それともダチ呼ぶか。つか、出かけるか。
それでもそのまま動かなかった。名残惜しげに携帯の画面を見つめていた。順平はまた頭を掻いた。
流されやすい。
知ってる。
数十分後、コンコンとノック…も無くいきなり扉が開いた。もう慣れているので胡座をかいたまま顔だけを向けた。
半年ぶりに見る顔はあまり変化が無かった。少し顔に傷があるぐらいで、同じような服に同じように革手袋をしていた。
「えーと、どちら様でしたっけ。見覚えはあるんですがねー」
皮肉も冗談も真田には効かない、というより聞いてない。無言で革手袋を投げ捨てながら近付き、座ったまま見上げる順平を包むと、決まったような動作で唇をあわせた。そのまま押して押して、床に押し付け、首筋に顔を埋めた。順平も抵抗はした。勝てるわけでもなかった。
眉を寄せ、何か言おうとしたが何から言えばいいのか整理できなかった。真田を睨み、天井を見上げ、また睨み、天井を見上げた。そういえば、上の階に人はいるのだろうか。
「…人…」
順平の部屋は1番端の角で、さらに周りはほとんど部活をしていた。上の階はともかく、多少何かしても今の時間なら隣にはバレることはない。…知ってるけど。知られてるけど。
「…女臭ぇ…」
女の子の匂いは大歓迎でも、それが男からするのは腹が立つだけだ。…別にしてねぇけど。皮肉で言っただけだけど。
「…真田サン…」
「ヤりたい。今すぐ。問題あるか」
大ありだっつの。聞くなよ。もっと他に言うことあんだろーよ。ムカつく。ズリぃ。卑怯だ…そんなん言われたら…
「…好きに…」
好きにしろよ、としか…言えねぇじゃん。それも知ってんだろ…
久しぶりの熱は目を眩ませた。
真田の身体は前よりもさらに隆起があり、彫刻の銅像のように逞しくなっていた。所々傷もあった。同じように、抱くのも荒くなっていた。愛撫も素っ気無かった。
それでも半年ぶりの人肌は順平を高めるのには十分だった。不愉快感もあったが身体とは別だった。自分では脱がない。されるままにする。自分からは、手は、出さない。
両腕で顔を覆った。声を抑えないわけにはいかない。それに、真田の顔を見たくはなかった。何度か腕を引っ張られたが覆うのはやめなかった。ちゃんと抱けよ。それなら寮だろーが、外だろーが喘いでやるよ。
徐々に手が下に移動し片足を肩に乗せられた。ヌルつく感触に背が反る。懐かしい潤滑剤の味にヒクつく。順平はギリギリと歯を食い縛った。
ヤる気で来たのかよ…ハナから…あの、真田サンが遊び、かよ?
順平は顔を覆っていた片手を真田の髪に伸ばして、思い切り掴んだ。真田が痛さに顔をしかめ睨む。
「何だ。今更嫌とでも言うのか」
「…ムカつく…」
「何が。…まさか、塗らなくても不自由ないほどの代わりが出来たか?」
「…代わりが…出来たのは…そっち、だろ…」
腕で顔を覆い直した。真田の声はそれ以上せず、どんな顔をしているのか一瞬気になったが見るのはやめておいた。
すぐに指の動きが再開され、掻き回され、本数を増やされた。久々の圧迫感に腰が逃げ気味になると、持ち上げられた足を引き寄せられて逃げた分減り込められる。触ってもいない性器が硬さを帯びてくるのがわかった。
自分で後ろの処理まではしていなかった。意地でもそれはしない。そんな惨めなこと。
ビリビリと破れる音がした恐らくゴムだろう、順平は身構えた。力を抜かなければいけないのは分かっているが、身体が勝手に反応する。先端を押し当てられたところで「力抜け」と当たり前の言葉が飛んできた。処女でもないのに、抜けてるならとっくにそうしている、と頭の中で毒付く。声に出したら喘ぎが混じってしまいそうだった。
そーいえば、前はどうやって力抜いてたっけな。そう思った時、裂けるような、抉じ開けられるような痛みが走った。無理に押し込んでいる。思わず歯の間から呻き声が漏れた。息を吐いたのに合わせてまた捩じ込まれる。
違う。違ぇよ、こんなんじゃなかっただろ。前は…前は…そーだ、前はもっとあちこち触られて、もっと慣らして、突っ込むときも撫でたりキスして意識分散させて…もっと、もっと、もっと…だからこんな痛みは違う。
面と向かって好きとか…多分言われたことねぇし、言ったこともねぇ。言う仲でもなかったよーなわかんねぇ関係だった。ンでもあの時は…手が…掌が…それを
「っ…喰い、千切る気か…血が出ても、知らんぞ…っ」
「 っ…だ…だったら…抜け、よ…女のっ…使、えば…」
「随分…口の利き方が、悪く、なったな…」
そっちは扱いが悪くなった、そう言おうとしたが、余裕も無ければ言うだけ惨めだと思い飲み込んだ。
身体が拒否したままなのか、久しぶりの餌に喰らい付いているのか、全く滑りが良くならず、痛みに苦しんでいると、性器をきつく握られた。目を見開き声が吐き出るのと同時に摩擦が熱く痛いぐらいに荒く擦られた。
「ひ、…ぁ…ってぇ…っ痛ぇ…う゛…」
「ああ、痛いぐらいが、丁度良いだろ、お前…っ」
「…どこの、女と…っ勘違い、してんスか…」
「さっきから、可愛げがないな…訳の分からないことを…」
訳分かんねぇのはそっちじゃんかよ。一体オレを何だと
…何だよ?
何だよ、オレって。
最初から何とも言われてねぇのに何だも何もねぇじゃんか。だったら始めから拒めばいいだろ。本気で暴れ回ればよかっただろ。
真田サンに力じゃ敵わねぇ、押さえ込まれりゃ無理だ。性格も読まれてる。流されやすい、それ利用されて拒絶なんて出来なかった。センパイを拒むなんてオレには無理だった
言い訳だろ、ンなもん。その後もだらだら流されつつ関係続けたじゃねぇか。向き合うのが嫌で、考えんのから逃げて、今更オレは何だって…言えるかよ?穴の1つって言われてショック受けれる立場かよ?
オレは、オレは
「…、…真田サン…オレが、オレが、欲しいスか?」
「ん…、ああ…」
「……なら、いい……」
そう声を絞り出した後は何も言わなかった。拒絶しない、身体が欲しがってる。拒絶できない、真田サンを。オレが、オレみてぇなんが欲しいなら…くれてやる。
順平はされるままの身体を密着させ、背に腕を回した。声を抑えるのもやめた。聞くなら勝手にすればいいと思った。真田の汗が順平を伝う。真田の吐く息にさえ順平は震えた。
そのまま動物のように身体を擦り合わせ、お互いが欲を放つと、今度はうつ伏せに重なった。ビリビリと音がした後、また身体を擦り合わせた。
上に乗るようにして背後から首筋を唇で吸われつつ、前後に揺さぶられると順平はもう腰砕けだった。ぐったりとした身体は真田が動くたびに揺れ、腕は力なく床を滑っていた。ただ、真田を銜えこむ内壁だけは別の生き物のように収縮を繰り返し、奥へと導いていた。
覆われている全身が熱い。前まで身長は5センチ差だった。目線が少し上にいく程度だ。今では分からないが、それほど差はできていないはずだ。それなのに包まれるような、全身を押さえつけられるような妙な圧迫感があった。昔は自分が女側で屈服させられているような複雑で悔しい気の中にも安心感が少なからずあったが、今は獣に押さえられ喰われているような感じだった。
背に当たる筋肉がクッションのように肉厚で、それに見合うモノが押し込められ、内臓を掻き回し鳴かされていると思うと和姦なのか強姦なのか分からなくなった。
どっちでもいい、そう思うのだが無意識に真田の名を呼び求めていた。
真田は初め辱める言葉を浴びせていたが、順平が切な声を上げ、真田を求めるだけになると何も言わなくなった。時折熱い息に紛れて声が漏れるだけである。
順平の中で真田が打ち震えると、ぐったりと重なったままお互い息を整えた。暫くして真田はゆるゆると自身を引き抜き、うつ伏せで荒く息をしている順平の顔を無理矢理向かせ、唇を覆うように口づけをした。順平はさらに息が荒くなり、上半身で息をしているようになっていたが、口を解放されると息を整えないままその真田の肩に唇を寄せようとした。
「やめろ。痕は不味い」
「…足の、付け根、とかは…」
「駄目だ」
「…そ、スか…」
オレだって困んのに…自分だけ拒否するかよ。不味い理由があんだろーよ。前は何とも言わなかったくせにさぁ…それも自分には言う権利が無いと思い言葉を喉で殺した。
身体を拭き、服を着直している真田を順平はじっと見つめた。彼女のことを聞く気は起こらなかった。女と張り合うなんてゲイのような真似はしたくない。そもそも張り合う以前の問題だ。順平は言葉を選んだ。
「大学…どうスか?」
「充実させてる」
「そか…ボクシングは?」
「充実させてる」
「そか…、……真田サンさ、もう 」
「ん…大分時間を食ったな。この後、用があるんだ。俺は帰る」
せかせかと身支度を整え、じゃあな、とだけ言うと止める間も無く真田は出て行った。逃げるようだとか、用済みみてぇだとか、鬱陶しい言葉が浮かんだが、いつもの自己中心的行動だと思えばそれまでだった。
もう、会わない。会いたい。でも会わない。グルグルと頭を悩ませていたが、答えを出したところで順平には意味がなかった。
【着信 真田サン】
前に会ってから2週間後。あれから全く何も無いと思えばいきなりだ。
真田と表示された画面を見つめる。出ない、会わない、そう思いながらもずっと見続けた。あまり時間も経たずにコール音は切れた。何故かそれでも未練がましく見つめていると、またコール音がなる。あ、と思う前に咄嗟に出てしまった。あ、と思ったが自分からは切れなかった。
「…えーハイ、オレっスー只今こちらの番号はー真心のある方のみ着信を 」
『今何処だ』
「…、…旧タルタル前」
『じゃあ俺の部屋に来い。鍵は外しておく』
ブツっと音がし、ツーツーと鳴る携帯を順平はジッと見つめた。突っ込みは無し、突っ込みもさせない。でもデジャヴじゃないのは分かる。いつもこうだから。
だからオレは真田サンの何なのよ?穴使いてぇだけなら他のをさぁ…そう言いながら真田サンのとこに向かうオレって何だよ。
ダラダラと文句を言いながら足を進めていると真田サンの寮の前に来ていた。中々綺麗でモダンな造りのこの寮は壁が厚い。…声出してもテレビでも点けてたら分かんねぇはずだ…やっぱ、ヤるために呼んだ…だろーなぁ…そう思うオレも大分汚されたよなぁ。
部屋の前まで来て20分は悩んだ。誰かが通りかかったら不審者扱いされていたかもしれないが幸い誰も来る気配はなかった。帰ろうかとも考えた時、携帯のコール音が鳴る。煩い音楽にさすがに気付かれたと思い渋々ノックして返事を待たずに入った。
「遅い」
呼びつけておいて第一声がそれか、と思ったが確かに余計な時間を使っていたので一応謝っておいた。
真田の部屋はトレーニング機材があちこち置いてある以外はシンプルな部屋だった。ベッドも黒が基調のシンプルなもので、そこに長い足を組み真田は待たされた顔を貼り付けグローブを磨いていた。
色々言いたいことはあったが何よりも気になったのは、この部屋のニオイ。前は冗談で言ったのによ。この部屋…マジで女臭ぇ。甘ったるくて、それが香水なのかシャンプーなのかネイルなのか化粧品なのかは分からないが女の子特有のものだった。女の子の部屋ならこれだけでクラっときそうなものだが男の部屋では吐き気が込み上げるだけだった。
「…酔う…」
「酔う?」
「部屋…ニオイ、する」
「ああ、さっきまで人がいたからな。別にそれほどキツくないだろ?」
「人、ね…綺麗なお姉さんなら紹介して下さいよー」
「そんな話はいい。こっち来い」
真田はグローブを退け、ポンと1回ベッドを叩いた。順平は愛想笑いを消し、リュックを背負ったまま動こうとしなかった。ただ真田を見つめていると、真田の方から順平に近付き、腕をとりベッドへと引っ張った。そのままベッドへ座る真田の手に引き寄せられて足の間に順平が抱きつくように座る。手を振り解こうと振ったが、今度は腰に手が回り、片手がリュックを下ろさせ、帽子を取った。
「…何すんスか…」
「何って今更そんなこと確認する仲か」
「ヤりてぇなら…さっきいた人とすればいいじゃないっスか」
「そんなのじゃない」
「へぇ…大事に、してんだ」
順平は自虐的な笑みを浮かべた。もう、勘弁してくれ。ますますオレが手頃な性処理係だって言われてるみてぇ。オレが欲しいのはこんな言葉じゃねぇ。欲しいなら、欲しいだけやるから。
真田の顔に手を当て思い切り押し退けた。こんなのは嫌だ。端整な顔を歪められ、真田は思いっきり不機嫌な声を出した。
「…嫌なら来てないだろ」
「来いって言われたから来ただけっスよ」
「じゃあ言い直す。そのために呼んだ。お前としたい。順平」
「…オレと?…」
「お前と」
「…っ、…あ゛ー…もー……、好きにすれば、いいっスよ…」
順平は顔を掌で覆うと身体の力を抜いた。ガックリともたれ掛かる。真田はさも当然のようにドレスシャツに手を滑り込ませ行為を再開する。
女臭ぇこの部屋で、オレとヤれるっつーなら。オレとヤりてぇっつーなら。オレと。オレが要るなら。流されてても構わねぇよ。
「…首、痕、付け過ぎ…」
背を撫でつつ、前より激しく首に喰らいついてくる真田を軽く制する。なるべく好きにさせるつもりだったが首の痕はやはり困る。痕はかなり長い間アザとして残る。胸や腹も、体育の時間等の着替えの場合かなり気を使ってコソコソと着替えているが、首は隠しようがない。この間のもようやく消えたばかりだ。
「…真田、サン…」
「好きにさせろ」
「なら…オレだって…つけ、てぇ」
「駄目だ」
ヤロウ…勝手過ぎる。それでも勢いで流されてくのを止めらんねぇ。前ン時より愛撫が濃くなってっし…前が淡白過ぎただけだと思うけど。
片手が背から胸に回る。順平は顎を上げた。こんなところが痺れるなんて触られるまで知らなかった。いや、知識としては知っていたが、自分で試しに弄ってみたときはくすぐったいだけだった。開発されたんだなぁと何故かしみじみ思う。真田は執拗に先端を引っ掻き続け首を吸い、噛み続けた。
「あ…あ…ちょ、そこ…も…っ、うあ゛…っ」
まだ背にあった片手がするすると下に滑り、スラックスと下着の中に入りこみ秘所に指が1本突き立てられると、順平の背が反った。
知られ尽くされた弱いところを的確に探られ押されると、順平は真田の背のシャツを思い切り掴み、反射的に肩に歯を立てた。たちまち胸を弄っていた真田の手が順平の頬に飛ぶ。軽い乾いた音が部屋に響いた。
「ってえ…」
「痕をつけるなと言っただろ。シャツの上からでも残る」
「…身体…勝手に…」
「なら後ろ向け。座ったままでいい」
順平が動く前に真田が腹に手を回し反転させるようにして引き寄せた。多少逃げ腰になる順平を強く抱き、また顔を首に埋め手を動かした。
寮であるのに時間など気にもせず真田は散々焦らし、順平の焦点はもう定まっていなかった。真田のモノを押し込めた時にはすでに順平はぐったりとしており、前と後ろを弄られればもう泣きが入って何度も許しを請うようになっていた。
体位が背面座位なので、順平は自分の手をどうしようもなく浮かせて、耐えられなくなった時には真田が自分のモノを握る腕に懸命にしがみついていた。
落ちかかっている順平の耳元で、真田の熱い息がかかる。それだけでも十分クるのに、舌をさし込み裏側を舐め、時折声だけでもイかされるんじゃねぇかと思うほどの甘い声で「今、締めつけた。良かったのか」「腸がヤラしく鳴いてる」などと挿れられている中の様子を言われ、その度に順平は何度も跳ね、性器を痙攣させた。
順平を喘がせ泣かせ、存分に好きなように扱うと、ようやく真田は身体を解放した。動けず無様な格好で倒れている順平を尻目に真田は服を直し、窓を開け換気をしていた。
さっさと着替えろと言うようにタオルを投げられると、のろのろと自分の身体を拭いて、服を着た。
真田を見る。大して疲れた様子も見せずテキパキと片付けている。このまま帰ってまた数週間後か何ヵ月後かに電話がきて、流されて、スッキリされて捨てられるのだろうか。
「どうした?」
真田が顔を覗き込む。中途半端に肌蹴た状態のまま着替えを止めベッドから動かない順平の肩を揺らし、何度か尋ねる。それでも順平は顔を伏せ、動かなかった。
「おい」
「…っても…いいと、思った、けど…」
「…?」
「…流されて…いいように使われるのも…オレに合ってっけどさ…」
「…、…」
シーツを掴む手がフルフルと痙攣し、それが肩に移り、全身が震えた。頭はベッドに押さえつけるように落として、身体を寄せ、小さくなった。
オレは流されやすいけど、馬鹿だけど、ちゃんと色々思って、色々感じて。それで傍にいんだよ。
「…真田サン 」
オレはきっとまた電話があったら会いに来るし、逃げたりしねぇよ。絶対ぇ、オレから拒んだりしねぇ。関係切っても誘われればオレは流される。
それはさ、それは…
2股でも3股でも愛人でも玩具でも便所でもいい。
だから、だから…
捨てるのだけは
「…順平?」
「…勘弁してほしいんスよ…」
「…何、泣いてる…?」
真田の手がうずくまる順平の肩に触れ、背に触れ、何度も撫でられた。久々に掌の温かい温度を感じた気がした。何度も順平と呼び、困ったように顔を覗き込もうとしていた。
「順平?どうした…らしくない」
「……」
「扱いが悪かったか?目を瞑ってくれ、余裕が無かった」
「……」
「臭いがキツイか?窓開けるわけにはいかなかったろ…声が漏れる…全くアイツはマネージャーのくせに香水強いからな…他の奴等も困っていた」
「……」
「なぁ…黙るな、困る。試合が終わったらちゃんとするつもりだったんだ…おい、順平…」
「……」
……は?
…話、なんかオカシくね?
余裕が無かった?マネージャー?他の奴等?試合?何の話だっつの。
「…余裕が無い?」
「あ、ああ。今月の末に全国規模の大会があってな…色々制限されてるせいで外にも自由に出れない状況で。お前見たらセーブきかなくなる…減量中だし、溜まるしで大変だ」
「…マネージャー?」
「さっきまでいたんだ、部の奴らが。マネージャーも来ててな、そいつの香水がどーもな…」
「…彼女は…?」
「何の話だ?大体ボクシングがこんなに大変なのに女の目を気にしていられると思うか?殺気立ってて怖いとか部員から言われたしな」
…え、待って、じゃあ何、会えなかったのは色々制限されてて疲れてて大変で?無理に時間作ったからあんなそっけなくて余裕無くて?痕つけられんのも困って?女なんか始めっからいなくて?元々自己中心的だからあんな勝手で?
「…、…は?…はぁ!?何それっ?オレの苦悩、忙しかったで済ませる気っスかァ!?つか、分かるかよッ最初っから口で言えよ!!オレ超馬鹿みてぇじゃねーっスか!!」
「何がだ?まぁ、忙しなく、時間も取れなかったことは謝るが…合宿もあったしな…」
「うあーーッもーーッ天然もそこまでくると有罪モンっスよ…っ!!いや、天然なんて可愛いモンじゃねぇッ自分勝手過ぎッッ!」
「何泣いてる」
「泣いてねぇっスよ!も、も、いいっス…も、帰りてぇ…」
「ん…帰るか。悪い、これからジムだ。送ってやれないが大丈夫か?」
「……」
「?…い゛…っ!?」
まだ顔を覗き込んでくる真田の頭を掴み上げ、髪なんて気にせずに思いっきり噛み付いてやった。咄嗟のことでカバーしきれなかった真田の頭皮には、髪で隠れながらも赤い歯形が残った。それを見て順平は1人頷き満足する。
非難の目で順平を見る真田に背を向けリュックと帽子を拾い上げると肩越しに順平は振り返った。「そこならバレないっしょ。練習…頑張ってください」
二ッと悪戯な笑みを浮かべ、鼻歌交じりで部屋を出た。真田はただ唖然と順平を見送った。真田にしても理由があったのだ。順平のテンションの上げ下げが全く理解できなかった。
部屋を出た順平は、そういえば試合の日を聞いていないと思ったがどうせまた理性が切れて電話してくるに違いないと思った。やはり真田的にはどれほど時間が経っても、どれほど時間が無くても、自分が必要な部分に入っているのだと少し頬を緩ませた。
関係が分からないと口では言いながら、知った真実には気分が良くなっていた。どこまでも他人に影響され流される男だった。
それから約1ヶ月間、2、3度交えた後、試合は知らぬ間に終わっており、全国で1位と刻まれた賞状を持ち、真田は順平を訪ねた。
暫くは禁欲生活も晴れて解禁だと野獣のように襲ってきた真田は、順平がやっぱり2番目でいいから抑えて欲しいと思うほど毎日何回も何時間も拘束した。
嫌だと拒めばいいのだが、やはり流されて最後には「もう好きにしたらいい」と投げ出していた。
関係はそう長く続かないと思っていた。だから当然の結果だったとも言える。
関係がハッキリしない2人は求め合うしかない。
それを知っていた。切ないのか運命的なのか、それはどうでもよかった。
今の関係がそれなりに心地良かった。求め合う理由はそれだけで十分である。
fin. 順平はとにかく流される。強く出られれば勢いに負けるし、弱く出られれば放っておけなくなる。そんな苦労人の愛すべき可哀想な性。
真田はきっと大学行っても、色目使われても変わらないでしょう。何も言わなければ伝わらない人。何か言っても伝わらない人。
2007/09/10