PERSONA3 UNDER TEXT

罠にかかる罠


 伊織順平は悩んでいた。物凄く悩んでいた。

 現在思春期真っ只中、青い悩みなんてものは次から次へと出てくるもので、それに頭を抱えるなんて可愛いもの…なのだが、実際順平の現在の悩みの種は異常に大きく、一般的とは少しズレていた。

 何せ順平の悩みはセックス、しかも同性の先輩とのものであったから。


 男と女は性交しやすいようにできている。凹凸があるのだからそのまま何の疑いも無く嵌め込むだけでいい。しかし同性同士では非常にやり難い。ピースが噛み合わないのだ。言い換えれば役割は決まっておらず、どちらも出来るということである。

 本人の好みや体質もあるが、役割交代ももちろんできるわけで、尚更男なら本能上穴があったら挿れる、攻めるのは自分だという概念があるもので、それは順平も同じだった。男同士だとか、この関係がどうだとかいう話は成り行きでこうなってしまったのでそれは置いておく。何故だか嫌ではないのだから関係を持つことは別に良い。しかし常に女役をさせられているのには納得がいっていなかった。

 元々どちらも性交の経験がほぼ無く、しかも同性同士ときているので僅かな知識で本能のままにする、どちらかといえば動物的な交尾だった。順平が何とかマウントポジションを取ろうとするのだが、その度にひっくり返されて、また押し返して、とレスリングさながらの格闘技がベッドの上で繰り広げられている状態だった。もちろん腕力も持久力も真田が人一倍あるので最終的にはシーツに縫い付けられることになるのだが。

 どちらかといえば順平の方が感度が良かったことも原因に挙げられる。知識だけは一般的な青少年らしくある順平も、経験自体は浅く、中身はまた一般的な青少年らしく純情な為、無駄に行為を意識して異常に敏感になったりする。特別視されることを好み、愛されたい願望が強いのも更に加わっている。真田も不感症というわけではなく人並みに感じるのだが、懸命に奉仕しようとしている様や、快楽で完全に屈服させてしまうことにより興奮する質であった。また、余裕が無い場合自分の快楽を優先させる傾向がある。つまりは自身が絶対的優位に立ちたいのであって、個人的感覚ではあるが受動的のような負けに繋がる行為なんて以ての外なのだ。

 童貞だけはとりあえず捨てたいからと、順平が頭を地面に擦り付けて頼みこんだその一度だけは条件付きで真田のバック(ヴァージンかどうかは不明)を奪えたわけだが、それ以来合意で抱かせてもらえたことはない。


 何とかしなければいけない、そう強く順平は思っていた。気持ち良いのは別に問題無い、むしろ欲は吐き出したい。しかし掘られるのを平気になってしまえば男として終わりなんじゃないかと思う。

 簡単な方法で真田を大人しくさせる、それは意外と難しいものだった。紐やガムテープの類だと、拘束に時間がかかり抵抗を受けてしまう。かと言って気絶させてその間に縛るなどもあまり気が進まない。丈夫といっても気絶させるぐらいなので頭を強くガツンとしなければいけない。その類の暴力行為は打ち所など万が一があるし、後々の仕返しが恐ろしいので無理だ。反応が見れなくなるのもつまらない。ペルソナも順平の技は物理攻撃型なので同じであるし、精神攻撃も持ち合わせていない。タルタロスで手に入れたアイテムも容赦なく没収で、怪しげな薬屋には本当に一般的な薬しか置いていない。それに限って眠気をとるものはあるのに睡眠薬は無い。

 何か宇宙的な力が自分を貶めようとする陰謀を謀っているのではないか、と順平が思いたくなるぐらい困難なことだった。

 あれこれ作戦をたて、ことごとく潰れていくのを繰り返す。諦めが入ってううんと首を捻った時、ふと思い出した。この間の夏祭りの時、ポケットに入っていた僅かな小銭を消そうと思ってやった、くじ引きの景品で警官セットらしきものが当たった気がする。後々捨てようと部屋の隅に投げ放ったままになっているはずだ。所詮子供向けの玩具だが、その中の手錠ならば枕の下にこっそり隠してさり気なくかければ短時間で怪しまれずに拘束できる。

 心の中で力一杯ガッツポーズを決めた順平は、早速実行することにしたのだ。順平からすれば小さな好奇心であった。




 まだ窓から射し込む陽が明るいうちから、ベッドには影が二つ重なり合っていた。シーツが擦れる音、リップ音、それに漏れる声と微かにどちらともつかない息が上がり始めた以外には、何の音もしない部屋。まさに二人だけの空間が出来上がっていた。

 順平が甘えるように真田の上に乗り、艶を含んだ音を喉で鳴らしながら唇を強請っていた。片手で頭を抱え込むように撫で、もう一方では未だ革手袋に覆われたままの長い指に自らの指を絡めていた。真田の方も強請るキスに応えようと舌を追うのに夢中になっていた。

「ん…真田サン…」
「…順平…」

 似合わない程性的に可愛らしく甘えてくる順平に、そろそろ自分が主体的に動こうと真田が思った瞬間だった。

       カチャリ

 情事音以外無音だった部屋に金属が噛み合う音が響く。真田が何が起こったか分からないという表情をしている間に順平はもう片方も素早く白い手首に食い込むように手錠をかけた。

「…、おい…?」
「…捕獲成功!!」

 精一杯作った惚けた顔を途端に崩し、順平は悪戯な笑みを浮かべた。それを見て真田はさらに目を丸くする。珍しく積極的な様子に絆されたのか、乗りかかって何度も啄むようなキスをしてくる順平の好きなようにさせていた。まさかそれが演技だなんて誰が思うだろうか。それ程順平にしては巧みに作戦を成功させたのだった。もちろんシミュレーションは昨夜何回も行っていたわけだが。

 目線は真田に向けたまま、枕の下に仕込んでおいた例の物を取り出し、手首に指を絡めながら、ゆっくりとゆっくりとかけると、次は真田が不思議がっている間に素早くヘッドボードの柵に通し、もう片方も拘束する。ほんの数秒、あっという間のことだった。恐ろしいほどシミュレーション通りだ。

 真田の眉が寄り、確かめるように腕を揺らすとしっかりと繋がれた手錠の軽い金属音が鳴る。自分が拘束されたということを確認すると眉間の皺が深くなった。

「…真田サン、今日はオレがリードしてあげるっスよ…」
「何だコレは。外せ」
「外したら抵抗すんでしょ。そしたらオレ負けるっしょ。ちゃんと満足出来るように抱いてあげますから」
「こんな真似をして…後でどうなるか分かってるんだろうな」
「うわ怖ぇ。ンでも真田サンこそ、そんな態度とってっと痛い目遭わせちゃいますよ」
「……いい加減にしろ」
「いーや。いっつもいっつも好き勝手して楽しんでんでしょ。今日こそオレの番…」

 順平は圧しかかるようにして真田の上に跨り直した。慣れないながらも余裕ぶった演技でベストをゆっくり捲り、その下から出ているシャツのボタンを外した。真田が身動ぎをする度にカシャンと硬質な音が鳴って、それが順平の胸を掻き立てた。

 こんなチャンスは滅多にない。後で倍にして返されようが、今回だけは攻めて攻めて、その白い肌を真っ赤に染めて、その琥珀色の瞳を涙で潤わせてやろう。そう考えて、真田の目の前でわざとらしく手錠の鍵を振って見せた。

「それ、ガキのママゴトみてぇな玩具っスけどね、意外とちゃんと作ってあって、鍵まで付いてんスよ。泣いてお願いしてくれたら外してやってもいいっスよ?」

 ニヤニヤと意地の悪い顔をすると鍵を床に捨てた。すぐ傍にあるのに取れないと焦れてくれればいいと順平は思った。

 そのまま上着に手をかける。捲って現れた、鍛えられた形の良い身体に惹きつけられるように唇を寄せた。美しく逞しい腹筋を辿るようにそのまま唇を滑らせ、胸の突起までくると軽く吸ってみた。すると頭上から大きな溜息が漏れた…のだが、その音は快楽というよりも呆れた色が濃く含まれていた。

 不思議に思った順平が顔を上げると、真田は面倒臭そうに手錠を見ていた。一度順平の方を向き、また手錠へ視線を戻す。それから息を軽く吸うと繋がれた両手を頭上に上げて、鎖がピンと張るまで手を広げた。

 次の瞬間真田がグッと手に力を込めると、腕の筋肉が躍動し、逞しく盛り上がった。そのまま両手を左右に広げると、限界まで張っていた鎖が鈍い音をたてた。

       パキン

 高い音と共に細かな鎖は無残に真ん中で千切れた。真田は一息吐くと、輪が絡まっただけの手首を順平の前に突き出した。

「そのママゴトみたいな玩具で、俺を拘束できると思ったのか?」

 順平は圧しかかったままポカンと口を半開きにさせた。思ったから装着したのであって、まさか玩具といえども簡単に千切れるなんて予想外だった。目の前では自らの小さな夢のように千切れてしまった鎖が揺れている。

「忠告しておいただろ…覚悟は出来てるな」
「あ…え?ええっ!?ちょ、何でっ、つかまだ未遂だし…ッ」
「泣いてお願いするなら手荒なことは考慮してやろう」
「ま、待って下さいよ!!今日はオレの番って決まってんの!つーか決めたの!」
「なら黒沢さんにでも頼んで本物を用意するべきだったな」

 あ、そうかと一瞬思ったがいくら何でもそう簡単に用途不明な手錠を渡してくれるわけがない。そう思い直す頃には真田は上半身を起こし、順平の肩を掴んで今にも押し倒しそうだった。順平のこういう中途半端な行為は他人を煽らせるだけなのだが、本人は気付いていない。というより、人の感情や空気を読むのに長けているせいで、変に行動を止めたり起こしたりするために、結果中途半端になり自らの首を絞めることになってしまっている。

 それでも男の意地として今日だけは流されないという思いで、肩を掴む手を無理矢理振り払い、ベッドから転がり落ちるように逃げた。真田はやれやれといった風に軽く肩を鳴らすと、床に落ちている鍵を拾い手にぶら下がったままの鎖と輪っかを外して、順平に近付く。大人しくしていればそれなりに優しく抱いてやるのに、わざと荒くして欲しくて毎度毎度暴れているならばとんだマゾヒストだと、また違う方向に考えを巡らせながら、慌てて逃げようとする順平の肩を掴み、そのまま膝に手を差し込んで軽々とベッドに乗せ、押さえ付けた。

「嫌だって…言って……、ッぁ…ちょ、ちょっとぉっ…!」

 気付けばあれよあれよという間に上着は肌蹴られ、スラックスは下着と一緒に勢いよく脱がされ、順平の決意なんてものは己の無力さと同じく捻じ伏せられていた。さらに有ろう事か真田は革手袋を素早く脱ぐと、前戯も無しに未だ解してもいない秘所に指を突きたてようとしていた。

      ッ待って!!待って待って待ってッ!!」
「っ…煩い、騒ぐな」
「い、挿れるつもりだったから、中…洗ってない…ッ」
「……なら、出せ。用意してるんだろ」

 俺を犯す為にな、と付け加えられて顎で指示をする真田に順平が声を詰まらせる。

 犯すだなんて、そんな悪者みたいに…いや実際抵抗出来ないのを良いことに色々してやろうと思ってたけど。でもそれはもちろん傷付けないように愛のある営みであって。というか、真田サンの為に簡易アイテム…まぁその辺のだけど揃えたのに、結局自分に使われるとか情けな過ぎるっつうか…

 順平が躊躇していると指先が中にほんの僅かだが埋められる。それに反応してまた騒ぎ出すものの、真田の指先の動きと冷たい視線に唇を噛み締めながらも机の引き出しを指差した。真田の白い指が自分の汚物で汚れるなんて恥辱以外何物でもない。それにもし、そのことで性病にかかられでもしたら最悪だ。

 いや、でもよく考えれば、このまま真田が引き出しの中を漁っている間に逃げ出すことが可能なんじゃないだろうか。ほんの一瞬そう考えたが、下半身の生々しい感触に自分が今半裸だということが思い出された。スラックスを履いている時間もなければこのまま外に飛び出そうものなら自分の人生はそこで終了してしまう。順平は手錠まで用意した自分と真田の圧倒的な差に落ち込むしかなかった。

 真田は引き出しに目をやると、次にまた順平を見た。身体を起こす前に、先程とは打って変わって優しい手付きで順平の頭を撫でると触れるだけのキスを落とし、それから机に移動した。

「…、……」

 途端、急激に順平の身体から力が抜け落ちる。

 ああ、ああもう…ああもうッ。そんなことされたら動けないじゃん!!大人しくマグロになるしかないじゃん!!

 悔しさに顔を覆って、バタバタと足を暴れさせてシーツに波をたたせた。暴力で押さえつけられるよりも効果が大きい、それを知らずにしているのだから質が悪いというか、天然恐るべしというか。


 順平が一人でバタついているうちに、真田はウエットティッシュやゴムやローション類を抱えてベッドに腰を下ろした。それに反応して顔を覆わせていた手を少しずらして真田を薄く見た。

「そんな顔するな」
「…、や…やっぱ、オレ…」
「駄目だ。お前の計画ミスだろ。…なぁ順平、どんな風に俺を犯すつもりだったんだ…?」

 覆い被さるように手を付いて真田が近付く。飛び切り甘く、艶のある声で鼓膜を愛撫される。それに順平は何だか耐えられない心地になり、身体をうつ伏せに反転させて、せめて顔を見ないように、見せないようにした。

 真田が小さく笑う音がして、それから背にぴたりと身体を引っ付けられ、耳に唇が触れた。

「教えてみろ…」
「…ァ、…んッ!…ッ」

 耳に意識がいってしまっていたが、強力な媚薬を秘めた声と共に、後孔に湿り気が帯びたものが深く侵入してきた。ウエットティッシュを指に巻きつけているのだろう、そのまま探るように前後させ、ぐるりと壁を擦られていく。順平が耐えるようにシーツを掴み、顔を埋めて声を詰まらせる。

「…ふ、…ッ、…ぜ、絶対…いつか、仕返して、やる…!」

 シーツに埋めたまま籠もった声で言い放つ。順平の恨みを含めた声にも真田は全く危機感なんてものは感じずに笑う。

「それは…楽しみだな」

 軽く洗浄を終えて、ローションを大量に塗りつけて指で拡げる。粘着質な音が響いて順平が震えた。かぶりを振って腰を引けさせるが真田に腕を回されて余計に指を侵入される。

「ああ…ッ、…ンぅ、ぅ…」
「こうやってドロドロに解して、次は挿れる気だったんだろ…?」
「ん…ッ、…ゥ、…オレは、もっと優しいっスよ…ッ」
「俺だって仕置きの割には優しくしてるだろ」

 真田はクチュンと音を出しながら指を引き抜くと、首の後ろに唇を押し付けながら、勃ち上がった自身にゴムを被せ、物足りなさに口をはくはくとさせている秘所に性急に挿れていった。順平は吐く息と共に真田を罵ったが、甘く震える声は誘っているようにしか聞こえなかった。

 シーツに押さえつけるように突き入れていたが、数度動いてから真田は順平を抱きしめるように抱えると、結合したまま身体を起こして座る体勢とった。体重分沈んでしまい、内臓まで貫かれる程に奥まで入り込んできて、順平は首を仰け反らして身体を浮かせようとするが、真田に後ろから強く抱き押さえられて叶わない。

「っが…あァ…!はや、いって…ッ!!放し…ッ」
「く、…はぁ、…人のこと、拘束しておいて…放せはないだろ、…ッ」
「ィ、っあ…も、もうしない、から…ッ、ンン…ッ」
「嘘付け…、仕返すって、んっ、言ったばかりだろ」

 片手で強く身体を捕まえ、片手で膝を持ち上げてさらに結合を深くした。順平が裏声に近い甲高い声を上げる。鳴かしている事実が何よりも真田の興奮を煽るもので、荒い息を反らせている首に近付けて噛み付いた。喰らわれる小動物はビクンと跳ねて、涙声で名を呼び鳴く。

 真田サン、真田サン、と幼児のように啜り泣かせるのは、何か背徳行為な気がしてしまうが、それは胸を痛めるどころか興奮するものだった。それは順平も同じで、辛さの中にいても、がっつかれるように抱かれるのは身体中の血液を一気に沸騰させる。

「こう、やって…ッ、突いて…、俺を鳴かせたかったのか?」
「ぅ、っは、…そ、っスよ…、グチャグチャ、に…ッ、んあッ」
「ふん…、攻めればいいだろ…ッ、こんな風に俺を嵌めながら、な」
「ちょ、っ      ァ、くぁ…!!」

 身体を持ち上げられて、そのまま上がった分だけ下に下ろされる。ズルズルと内臓が引き出されるように感じて背を震わせ、またその熱に一気に貫かれると全身を串刺しにされているかのように脳髄まで痛みに似た甘い痺れが走る。激しい動きに精神的にもついていけなくなって、嫌だと首を振ってみるが、嬌声を上げながら乱れる姿で拒絶しようとしても、抱いている方としては余計に突いていくれと言われているものだ。

 縋るものが無くて、必死に抱きかかえる腕を掴むが、ぐらぐらと安定しなくてそれにまた啜り泣く。蕩けていく脳で、絶対次はブチ込んでやると毒づきながら、震える唇で言葉を紡いだ。

「っねが…、ゥ、あ…掴まら、せて…ッ」

 僅かに顔を後ろに向けて頼む姿に口角を引き上げて真田は拘束していた手を緩める。順平は喘ぎながら突き刺さる熱を一旦引き抜いて、ぐったりとなりながら緩々と身体を反転させ、真田の首に手を回すと跨った身体を再度沈めていく。自分のその行為で、とんでもなく甘い声が出そうになるのを真田の頭をぐしゃりと荒く掴み、無理に口付けて飲み込んだ。無意識に咥内だけでも犯そうと思ったのかもしれない。

 最近覚えたばかりだが、鼻で呼吸を必死にしながら貪るキスは酷く性的で、抑えきれなかった漏れる息が余計に厭らしかった。真田も思わず夢中にさせられて、唇から腰まで伝わる痺れは、上下の動きを急かせた。

「ふぅ、ん、んん…ッ」

 痛い程に勃ち上がった自身が動きと共に擦れ、腹を掻き回される刺激に射精感を我慢しきれなくなってくる。順平が唇を離し、潰さんばかりに真田の首を抱き締めて限界を訴える。真田はそれに気付いて、わざと腰の動きを弱めた。

 請うように見つめて訴えるが、真田は唇を吊り上げるだけだ。自分で動けということだと理解して、悔しさに今度は順平が真田の首に強く噛み付いた。声を多少漏らしながらもそれでも動かない真田に、焦れた腰が勝手に快楽を追うように揺れ始めて歯軋りをした。

「っぼえ、てろよ…ッ」

 恨み言を呟いてから弾ませるように腰を動かせて鳴いた。スプリングも同じようにギシリと鳴く。一度腰を大きく動かせば後はもう脳と身体は別物で、必死に自分の一番良い所に当たるように腰を沈めた。せめて真田を逆に犯しているぐらいにと思い激しく擦り合わせる。体力の消耗的にきっとタルタロス攻略よりも激しい運動に違いない。

「ああッ、んッ、ァッ…、…ッ」
「ん…く、ぅ…ッ」

 激しい動きに真田もあっという間に飲まれる。軽く順平を支えていた手を、薄い腰に強く食い込ませた。それに反応して順平の下肢が大きく痙攣する。何もかも、ひとつひとつの動作が可笑しくさせていく。目を開いていることさえ困難で、しわしわになる程きつく閉じれば、後はもう堕ちる快楽と汗と栗の花の香と相手の匂いだけ。

「っんん…、ぁ、イィ…ッ、ああッ…」

 力むことで顔に血液が集中して、もう考えることなど出来なくなる。真っ赤に顔を火照らせて、強くしがみ付いて達しようと腰を上下させる順平に、真田も限界になり切羽詰った声を吐き出した。

「さ、なだサッッ、      …!!、…」
「ッ…!!ぁ…」

 抱き締める手に力を込めると、全身を突っ張らせながら順平は欲を吐き出した。その時の腸壁の収縮に強く締め付けられて、真田も順平を抱き寄せながら達した。

 数度に渡って吐き出した後、嵌めているまだ熱いものを抜く力もなく、ぐったりと全身を真田に預けさせたまま荒く息をついていた。真田の方も、もたれ掛かる背を撫でる気遣いは見せたが、疲労と余韻にそのままでいた。



「!?…なッ」

 突如ぐったりしていた順平が渾身の力で真田を押し倒した。繋がったままで。

 しかし勢いよく乗りかかったはいいものの、僅かに後孔からローションが流れ出てしまい、息を詰まらせて真田に寄りかかってしまった。乗りかかられた真田は目を見開いて驚いたが、頬を上気させて小さく震えながら全身を預ける順平に楽しそうに笑った。それを見て唇を噛み締めて順平が睨む。

「…ッ、やっぱムカつくから、もっかい攻めたい…突っ込みたい」
「奇遇だな俺もだ。仕置きには弱かった」

 不敵に笑いあいながら、どちらともなく唇を貪りあった。




「…で、本物を借りたと」

 真田は呆れた眼で順平を見た。そしてその手は懲りずに真田を拘束しようと手錠を提げていた手首をしっかり掴んでいた。

 玩具の手錠で騒いだのはつい二日前だ。結局はあの後もう一戦交えたわけだが、順平はそのままリードをとることも叶わずに押さえつけられるはめになった。何の悩みの解決にもなっていないことがどうしても腑に落ちなかった。だから順平は真田のお望み通り、本物の手錠を黒沢巡査から拝借したのだった。シャドウ相手に手錠ということがどうにも納得されなくて、説得するのに何時間もかかってしまった戦利品である。

 二度目とあって、かなり慎重に事を進めたはずだったが真田は枕元に手を不自然に伸ばす順平の動きに気付いて、この先に起こることを簡単に想像できていた。

 掴まれて一瞬怯んだ順平だったが、急いで手錠を移動させようと伸ばした。しかしそのもう一方の手も簡単に掴まれ、それと同時に真田は順平に覆い被さるように身体を倒し、膝で腹を押さえ込んだ。

 手錠を順平の手からもぎ取り、ぎゃあぎゃあと騒ぎ、蹴りを入れ、掴まれた腕を突っぱねるように暴れさせるのを気にもとめないで、逆に手錠をかけてしまい、順平がしたのと同じように柵に通してベッドに括り付けるようにした。

「あまり暴れるな、痕が残る。玩具と違って丈夫だからな」
「あ゛ーーもうッたまには大人しくヤられてくださいよーッ」
「だからお前の計画ミスだろ。…しかし、よくあの黒沢さんが手錠なんて貸してくれたな。武器でもあるまいし      …、…っまさかお前…!」
「は?」
「まさか身体と交換してもらったなんてこと…!この手錠も一度使ってるんじゃないだろうな!!」
「ハァ!?黒沢さんが真田サンみたいなこと言うわけないっしょッ!!話し合いの末に貸してもらったんス!!」

 そう言っても真田は子供のような不貞腐れた顔をしていた。何か納得いかないといったような表情だ。こんな人にリードを取られ続けているなんてと順平が溜息を吐いて、手を自由にしようと暴れさせた。もちろん本物の手錠は玩具なんかよりも重厚で、壊せる気なんて少しもしない。

「真田サン…腕と手首痛ぇ…、もうホントにしないから外してください…」
「前もそう言ってて、この状況だろ」
「…う、それはそれ、これはこれっしょ!?さ、真田サンはこんなのに頼るほど力ないんスか!」
「…何だと」

 挑発に乗り易い真田は酷く機嫌を損ねて、フンと鼻で笑いながら顔を上げた。

「お前ぐらい簡単に押さえられる。そう言うならさっさと鍵をよこせ」
「ああ、それなら…、…、え、鍵…?」

 見る見る順平の顔が青ざめていった。説得するのに必死で、手錠のホルダーを受け取った後は黒沢巡査が何か言いかけたのを無視して走ってしまった。確かに手錠と鍵が同じであったら不味い、が、その時はそんなこと少しも考えていなかった。

 青ざめて困惑する順平の顔を見て、真田は眉を寄せた。

「…まさか持ってないのか」
「あ…あはは…ちょ、ちょっと取りに行ってもらえません?」
「…、…今日お前そのまま繋がれてろ」

 やれやれといった風に真田は首を振って服を整えた。さらに順平を放置して部屋からそのまま出て行こうとまでしている。さすがに慌てた順平はガシャガシャと鉄の音を鳴らして真田を呼び止める。

「えっ…ええ!?いや、嫌々!!洒落になんねーっスよぉ!!」
「一度たっぷり反省しろ。明日大人しくなった頃に一発ヤったら鍵を貰いに行ってやる」
「明日ァ!?」

 本気なのか冗談なのか、いや冗談を真田が言えるのか、順平は思いつく限りの謝罪の言葉を口にしたが、真田は微かに笑うと本当に部屋から出て行ってしまった。


 結局のところ、びーびーと鳴き喚く順平のもとに夕刻には鍵を持って戻ってきてくれたのだが、あの時した悪戯を真似られて床に鍵を落とされ、空腹や尿意を訴えるのも無視されて行為を開始された。その極限状態で手が自由に使えないのをいいことに、知識もないくせに三点攻めまでされて、散々喘がされ、泣かされ、射精すらさせてもらえずドライオーガズムで何度も達しさせられ、挙句最後はもう子供返りするまでに至らされた。

 意識を戻した順平は最低だと真田を罵ったが自業自得だと一喝された。

 確かに手錠を持ち出したのは自分だけど、とんでもなく良かったのは認めるけど、と思った時点で順平の負けは確定していた。リードできる日なんてきっともう暫くは訪れないだろう。そう思い数日は枕を濡らすしかなかった。

 そう数日は大人しくしていた。が、暫くしてまたケロリと立ち直った順平は、諦めの悪い男を自称しているだけに、次の策を練るのだった。




fin.

2008/06/01

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