PERSONA3 UNDER TEXT

幼馴染


「なぁ…タッちゃんってよぉ、…キスとか、…したことあんの?」
「は?」
「あっ…ああ、悪ィ、…忘れてくれよ」

 栄吉は白い顔を僅かに上気させて、慌てたようにそっぽを向いた。

 …キス?




 此の所ずっと激しい戦いばかりしていたから今日ぐらいは家に居ようと話し合い、各自で休暇をとることにした。

 だが、家に居ては手伝いをさせられるからと栄吉は俺の部屋に上がりこんで来た。そして雑談を交わした後…いきなりこれだ。

「何だ、いきなり…」
「いや、だから忘れてくれって」
「…、…無理だな」
「…やっぱそ、だよねぇ…」

 そう言ってまた黙ってしまう。本人が言いたくないのなら別にいい、と普段ならそう思うのだが、奥手な栄吉がいきなり性的な話題を出したことがどうしても気になった。しかも途中で止められると余計に気になるのが人間の性だ。

 口で促しはしなかったが、目で何気なく訴えてみた。悪魔にすら効果がある眼力に、さすがに栄吉は苦い顔をしながらも口を開いた。

「……み、雅…」
「ん?」
「雅と…俺、何もして無ぇんだよな…」

 顔を赤らめて俯いたまま呟く。こいつの顔ってメイクとかじゃなくて、元々白いんだよな…ってそうじゃない。突然出てきた名前に思わず眉を顰めた。

「雅?」
「…そ」

 あのハナジーとか言われてた奴か。確か痩せた後は物凄く美しい容姿になっていた。シャドウ栄吉との戦いの後えらく、いいムードだったが…

「俺の影と戦った後、抱きしめてそれっきり。雅とは一緒にいるだけで十分なんだけどさぁ…ずっと何もしないままっていうのも、駄目なのかとか…俺、何も知んねぇからさ…」

 というか、俺からすれば細くて白い、メイクしてる栄吉が女と交わってる姿が想像出来ないんだが。

 確かにあんな受身な女性からすれば何もされないのは、かえって不安になる要素になるのかもしれない。今のところは栄吉同様、傍にいれるだけで満足といった印象だが。

 それよりも、栄吉の口から俺の女だ、とまで言わしめた彼女の話は正直聞きたくない。淡く抱いていた想いを変に意識して、黒くしてしまいそうで…怖い。

「だからタッちゃんだったら、色々知ってるかなーってさ。どーなのよ?セブンス1イケてる男!!」

 少しつり上がった輝いた瞳で俺を見てくる。そんな風に期待された眼差しが、まさか他の女のためだなんて皮肉だ。

「…俺が教えればいいのか?」
「え、何、経験あんの!?」
「…まぁ…」
「じゃあ、やり方教えてくれよ」
「……」

 馬鹿だな。ただの幼馴染だと思っているんだろう…俺のこと。いや、普通はそう思って当然か。

 俺が、歪んでいるだけだ。

「…だったら、俺にキスしてみろ」
「はぁ!?」

 目を見開いて寄せていた身体を俺から遠ざける。まぁ妥当な反応だろう。自分で言っていても可笑しいとは思う。鼓動だって速くなってきている。それでもポーカーフェイス気味のこの顔にはそれが反映されないから、ある意味助かったと言えるんだろうか。

「ば、バーロイっ!!何言ってんだよ!?」
「何って、教えて欲しいんだろ?まず、栄吉がどんな感じなのか見てやるよ」
「い、いや、だって…なんで男同士で…、っつか俺…キスしたことねぇし…」

 ファーストキスを俺に捧げるのが嫌だって言いたいのか。特に江戸っ子には男同士なんてそういう概念ないだろうな。自分でもここで諦めてくれたらいいと思っているかもしれない。ただ、どうしても色付いた唇に目がいってしまう。

「…いいから、一回してみろ。彼女を喜ばしたくないのか?」
「!…、…でもよぉ…」

 得意の有無を言わさない目で栄吉を見つめてやるとオロオロとし始めた。キスぐらいならいいかと自分の気が大きくなっていくのが分かる。抑えろ、という脳の指令なんてもう口には届いていない。

「タッちゃん…」
「練習なんだから本気にするなよ…するのか?しないのか?」
「…、……」
「彼女も可哀想にな。漢を語る奴の中身がこんなに女々しい奴なんて」
「…ッ、わーったよ……目、瞑れよ」
「関係無いだろ、そんなの。さっさとしろ」
「ッ…意地悪すんなよ、タッちゃん!」

 慣れない事に切羽詰らせている栄吉に、それでも無言でそのまま待っていた。栄吉は拳を握り締め、何かと葛藤しているらしかったが、深呼吸すると、今からタイマンでもはろうかというぐらいに睨みつけて、それから一気に身体を近付けてきた。

「…ン…!」

 チュ、とそれらしい音もしなかった。

 栄吉はギュッと目を瞑ったまま、ぶつけるように唇を押し当ててきた。力み過ぎてぶつけられた歯が痛い。キスとも言えないような幼稚過ぎるものだった。

「…っ、…      っんぅ!?」

 すぐに離れようとする栄吉の頭を押さえつけて、唇を覆うほどに深く口付けしてみた。驚愕して暴れる細い手首を掴み、口紅を剥がすように舌を這わせて舐め取った。息も満足にさせてやらないと、呼吸をしようと開く口に舌を挿しいれ、怖がり奥へと逃げる舌に無理矢理絡めて、少し吸ってみた。

「んんっ、ぐ…ッ、む…!!」

 苦し過ぎるのか目尻に涙が溜まっていく。さすがにそろそろ離さないと脳に酸素がいかなくて失神するな、とどこかで冷静に思い、名残惜しげに音をたてて唇を解放した。

「っは、ぁ…」
「んはぁ…ッ!!っハァ、ハァ…、っば、馬鹿野郎ッ!!死んじまうだろッ!!」
「これがキスだ、栄吉のは当てただけ。後、キスのときは鼻で呼吸しろ」
「なっ…」
「にしても…これぐらいのキスでこんなに弱って…、こんなので女とできるのか?」

 声に多少馬鹿にしたような音が入って、栄吉はいかにも切れたという顔をして立ち上がる。拳が震えていた。血の気の多い奴だが、殴りたくても俺を殴ることはさすがに出来ないんだろう。

「…ッ、…俺、帰っから」
「待てよ」

 怒りを露にしてドアに向かう栄吉の筋肉質とはいえ、華奢な肩を掴んで無理に振り向かせた。唇を乱暴に擦りながらきつく睨まれる。

「…タッちゃん、俺は真面目に頼んでんのに…ッ」
「だから教えてやってるだろ」
「…馬鹿にしてンだろ…」
「そう、拗ねるなよ。…ちゃんと女が喜ぶこと教えてやるから」

 耳元でそう言ってやると怪訝そうな顔をして俺を見る。キスで芽生えた欲望はもう止めることなんて出来なかった。

「…喜ぶことだァ?」
「ああ。ほら、寝転べよ」
「…ホントかよ。次馬鹿にしたら、マジで許さねぇぞ…?」

 そう睨む栄吉を宥めつつ、ベッドへと促すと眉を寄せながらもそろそろと寝転ぶ。あまりにも簡単に言うとおりになるから思わず溜息を吐いてしまった。

 …全く、その素直さを恨むんだな。そう栄吉に責任転換させて罪悪感を拭う。


「…暴れるなよ?」
「どういう意味でぇ…、ッ!…ちょ…オイ!?」

 上に圧し掛かり、明るい空色の学ランを肌蹴させる。説明もされず脱がされていくことに栄吉は酷く動揺していた。止める手も振り払って、首のジャラジャラとしたアクセサリーを片手で乱暴に外しながら、片手で黒のチュニックの裾を胸元まで捲り上げる。質感を確かめるように撫でるように肌に直接触れると、身を捩って逃げようとするが、栄吉のような痩躯で組み伏せられた体勢では圧倒的に不利だった。

「擽ってぇって…!!やめろよ、ッ…、何する気だよ…!」
「…することは一つだろ?嘘は言ってない。誰だって…一番好きなことだ」
「ぉ、オイ…何言って…、ふざけてんのか…?俺は…雅と…、ッ!…ペルソナ呼ぶぞ、タッちゃんッ!!」
「呼びたいなら呼べ。封じればいいだけの話だ」
「ッ!!いい加減にしろって…、俺ら…幼馴染だぞ…?」

 困惑し、助けを求めるような栄吉の顔。…ああ、幼馴染だよ。大切な大切な俺の。でも、俺はそれ以上に…

 あの女なんかよりも、もっと、もっと…だから、少しぐらい俺の願いを叶えてくれてもいいだろ?優しいお前なら許してくれるだろ…?


「ハ、ハハ…いくらボクが美しいからって…冗談が過ぎるんじゃないかい?タッちゃん」
「…、…栄吉」
「っ…冗談なんだろ?タッちゃん、顔変わんねぇから分かり辛れぇんだよ…」
「栄吉」
「やめろ…やめろよ、なぁ、タッちゃん…」
「彼女を…喜ばしたいんだろ…?俺が教えてやるから…」
「っかしいだろ…ッ!も、いいって!!」

 必死の形相になってくる栄吉に、無言で返す。どうあっても退かないんだろうと判断されたのか、次は妥協案を提示してきた。

「だ、だったら…まず逆だろ!?俺が上になんねぇと、実際するとき、…な?」
「言っても知識がないと分からないだろ。自分で感じないと」

 でも、と口篭もる栄吉に、いくら口で言っても押し問答になるだけだと思い、曝け出された胸に手を伸ばした。

「…栄吉、ここは男でも女でも感じるんだ、覚えろよ」
「無視してんじゃ…、ッ!!…ァ、っく…!た、タッちゃん…!!」

 真っ白な肌に相応しく、やや薄く色付いている胸の突起を爪で引っ掻くと、栄吉は首を仰け反らせて反応した。慌てて止めようとするが、今度は強めに抓って捏ねると、痛みと痺れに動きが止まる。

 何度か毟る程に強く引っ張り上げて弄ると、もうやめてくれと首を振って、急激に力を抜けさせていく。腕を掴む手も、もう添えるだけになってしまっている。酷く痛烈なのだろうか、甘い痺れなのだろうか。そう怖がらなくても、これぐらいでは取れてしまうはずないのに。

「な…、感じるだろ?」
「ッつ…!!も、もう…ッ」

 嫌がる栄吉を他所に、しつこく弄るうちに突起は充血して真っ赤になっていた。

 …綺麗だ。本当に雪のように真っ白で…痕をつけがいがある。まるでつけて欲しいと誘っているような、そう思うのは自分のエゴ以外の何ものでもないんだが。

 思わずその肌に唇を寄せて、ひと舐めしてから、音を立てて吸い上げた。栄吉の身体が微かに震える。

「ッ…!痛ッ…、っは…」
「見ろ…凄い綺麗だ。お前は血を流させても映えるだろうな…」
「ッ!」

 血という言葉に栄吉は目を見開いて固まり、ゴクっと喉を鳴らせた。自分に対して滅多に見せない顔で、少し驚いた。

「…何怖がってるんだ。血なんて流し慣れてるだろ?」
「…、…流させてンのは…俺の、敵だ」

 敵…悪魔や、喧嘩相手のことか。違うって言いたいのか。俺には同じようなこと、そんなことして欲しくないって…そう言いたいのか?

「なぁ…タッちゃん、…終わりに、しようぜ…」
「……やめる気はない」
「…タッちゃん、俺…」
「栄吉、お前が      
「俺はっ…!!、…俺は…、悪ィ…俺が頼んだからだよな…、けど、違うんだよ…ッ」

 あくまで宥めて済まそうとする。俺が悪かったから、と。可笑しいと言いたいはずなのに。

 苦しそうな顔…流されてくれないのか。そんなに嫌か。そんなにあの女がいいか。そんなに      



「……分かった。もう教えない」
「タッちゃん…、…      ッ!?」

 組み伏せたまま、更に強くベッドに押さえつけて体重を乗せると、押さえた所がジワジワと赤みを帯びてきた。白い肌は簡単に組織を破壊していく。見開いた栄吉の目も、強く押さえられる痛みに歪んで閉じられていく。

 もう目の前は真っ赤に染められていた。きっと目も血走っているだろう。でも、暴走する思考はもう止める術を持っていなかった。

「っ…痛…ッ」
「もう、俺がやりたいようにやる」
「!?…っく、…待っ」
「安心しろ。壊したりしない。俺たちは幼馴染でライバルで…親友だろ?」

 口端を吊り上げて笑うと栄吉は顔を凍らせた。


 大丈夫、まだ理性は残っている。ほんの少し、壊さない程度には。だから止めることは出来ないけれど。でも、憎くて手荒なことをしようというんじゃない。どうしようもなく、愛おしいから。安らげる場所を誰かに盗られたく、なかった。

 俺は誰よりも誰よりも…幼馴染でも、性別なんかじゃない、心が…誰よりも…

 だから…叶えさせてくれよ。

 俺の、望みを。




 シーツの擦れる音。喘ぐ声。独特な水音。

 珠の汗を額に浮き上がらせて、紅が剥げて薄くピンクに色付いた開けた唇からいつもの作り物ではない、性的な声が吐き出される。乱れて青い髪が下りると、幼くなるのに色気が増した。きつく閉じる瞼は生理的な涙が溢れていて、アイラインが滲んで黒く揺ら揺らとぼやけることにすら興奮した。

 俺が聞くことは無いと思っていた…見ることは無いと思っていた…感じることは無いと思っていた…この部屋で、お前の上で。

「栄吉」

 特別な言葉。大切なんだ。とても大切なんだ。お前が、こんなにも。幼い頃から…あの頃から…大事に思い続けてきた。その時はあらゆるものを総合した好きだったんだろうけど。今でも焦がれる気持ちはは変わらない。ただ、何か別の感情も溶け込んでしまったんだ。

 好きと言う言葉なんかで表せられない。表したくない。

 そういうのじゃあなくて…言葉に出来ないことが、もどかしい…

 身体を繋げれば分かるかもしれないと…いや、ちがう、身体には前から性的な欲求を求めていたことは否定出来ない。

 紫の唇が俺を誘い、布から覗く白い肌が俺を惑わし、身体の細さを強調するラインが俺を狂わせた。

「栄吉」

 そんな思考を持つ自分を何度も戒めた。栄吉は幼馴染で、守っていきたいと、大事にしたいと思い続けてきた奴だ、と。それは嘘じゃない。この気持ちこそが俺の栄吉に対する気持ち。

 なのに…どうして俺の身体は言う事を聞いてくれないんだ。大切にしたいと思うくせに何故身体を求めるんだ。

       叶えさせてくれよ、俺の望みを      

 俺の望みは…何だ?




「栄吉」
      …っ、…」

 もっと抵抗するかと思ったが、それは始めの方だけで、今は唇を噛み締めて強く目を瞑ってされるがままになっている。抑えてはいるが鼻にかかったような、くぐもった声が色気を増幅させて行為をエスカレートさせていく。

 たまに薄く開く目が、俺を睨む。

「栄吉…どんな感じだ?」
「…、…く」
「何で堪えてる…?」
「…ンっ…」
「嫌か?嫌なら本気で抵抗してみろよ」
「…、…タ、…ちゃ…ッ…」
「ん?」

 腰の動きを止めて、言葉の続きを聞くために顔を近づける。栄吉は音にならない息を数度吐いた後、絞り出すように声を押し出した。

「っ…タッちゃ…ん、…俺に、こんな…ことして…楽しいのかよ…」

 目を逸らし、息を荒くしながらも異様に言葉は響いた。その表情は感情が捉えられない。

「!…、…あ、ああ、楽しいな。気持ち良いだろ?男でも、女でも…」
「……」

 一瞬言葉を詰まらせるが、弱いところを見せないようにそっけなく言ってしまった。襲ってしまった時点で、こちらが本質的には弱いと分かっていても。

 するとその言葉に栄吉はゆっくりと目を閉じ、首ごと完全に逸らした。らしくない行動に、胸を締め付けられるような気持ちになる。怒りでも悲しみでも無く、ただ拒絶された、あの栄吉に。それは罵られるより、殴られるより酷くショックだった。

「…栄吉だって…、抵抗しないってことは栄吉も嫌じゃないんだろ…?」
「…、…嫌に決まってんだろ。けど…タッちゃんは…、ヤりたいんだろ…?」
「ッ!…何だよ…それは…」

 思いもしなかった言葉が返ってきて思考が一瞬止まる。

 こんなことをしておいてなんだが、静かに、顔を背けて言葉を発する栄吉に怒りに似た気持ちが込み上げる。あんなに最初は嫌がっていたのに、この変わり様は何だ。まるで年下のこいつの方が何もかも分かっていて、何もかもリードされているような、そんな風じゃないか。

「俺がヤりたがっているから…お前は我慢してるっていうのか…ッ!?」

 華奢な肩に爪を食い込ませ、ベッドに強く押し付ける。栄吉は小さく呻いて眉を寄せるが顔を逸らしたまま、抵抗せずにいて…ゆっくりと口を開く。

「…俺…タッちゃんのこと…好きだ、から…」
      !?」

 好きだから…?

 頭を鈍器で殴られたような衝撃が走る。声が上手く出ない、唇が戦慄くだけ。

 こんなことをされて、それでもまだ…?俺が憎くないのか?どうしてなんだ、理解出来ない。

「え、い…き      
「雅も、…淳もギンコも麻耶姐ェも…好きで、大切なのと一緒で…タッちゃんも…大切だから…」
「!!だから…何だッ!…大切な人になら何をされてもいいのか!?」

 自分のしていることを棚に上げて大声で怒鳴る。それでも怒りも反論もせず、ただ静かに目を閉じたままで…

「…タッちゃんの、気が済むまでヤれよ…」
「ッ…!!」

 何なんだ!?どうして…こんな…こんな…

 悲しい、苦しい、痛い、腹が立つ、誰に…?俺に?

 大切なのは、俺だって…俺だってお前をそう、思っている…。けど、栄吉の言葉は、皆と同じように好きというのは、それは否定されているのと同じ次元なのかもしれない。でも、今の状況で何故好きと言えるんだ。

 好きだとか、大切だとか…その言葉は、俺には      



「…、タッちゃん…、どうしたんだよ…?」
「…!」
「なぁ、タッちゃん…、こんなことして…楽しいのかよ?」
「!!」

 また、同じ質問を繰り返される。それは針のように心を刺した。

 繋がっているのに、圧倒的な壁がある。

「ッ…うる、さい…、煩いッ」
      ッ」

 繋がったまま無理に反転させて、膝に手を入れて細く軽い身体を持ち上げた。その状態で等身大の鏡の前に移動して、その姿を曝した。そしてそのまま奥まで何度も突いた。溢れるようなこの気持ちを流し込むように、一心不乱に突いた。

「…見ろよ!」
「ッ、…ァ、…う」
「こんなことされて…お前はいいんだな?」

 身体を揺すって刺激を与え、顔が歪む程の痴態を無理に見せつけた。同じく映る自分は酷く醜く感じた。

「俺がよければ…こんな恥ずかしい姿をしても…ッ、いいんだな?」
「…っは…、ん…ッ」
「…栄吉…ッ」
「…ン、っあ…だっ、て…タッちゃ…が…ッ」
「っ…俺が、何だ…ッ」
「…嘘ばっか…、っ…」

 嬌声を上げて首を仰け反らせながら、それでもしっかりと伝えられた。嘘だと。

 鏡の方から栄吉に目を移す。何が、と聞こうとした瞬間に、左膝を支えていた手が滑って、最奥にそのままズルと、埋まってしまった。栄吉が声もなく喘いで下肢を震わせた。自分も不意な刺激で歯を食い縛る。

「ッ…      !!」
「っく、ぅ…ッ!」

 鏡に妖艶な姿を残しながら栄吉が白濁した液を吐き出すと共に、内壁を擦った刺激で同じく果てた。

 抱えている力を抜くとそのまま一緒に後ろのベッドに倒れ、ぐったりと栄吉が俺の上にもたれ掛かる。荒く呼吸をして胸を上下させると、上に乗った栄吉も微かに胸を反らせた。


「…っ、…嘘って、どういう意味だ…」
「…誰でも、いいとか…、…タッちゃん、俺のこと…すっげ…大切そうに…扱ってたじゃねぇか…」
「ッ…、俺が…」
「だから…何か…見てられねぇっていうか…、ほっとけねぇっていうか…」
「…栄吉…」
「あんな必死で、混乱してるタッちゃん…初めて、見た…」
「…ッ、…」
「腰…痛ってぇ…、っ…!」

 上に乗っている栄吉を横に滑らせて包み込む。自分のしたことのせいで痩躯がさらに細く思えた。

 俺が裏切ったのに、どういう想いだったとしても汚したのには変わりないのに。まるで泣き喚く赤子のようだったのだろうか、必死に縋りつくのを振り解かなかったのは。

「分からない…自分の気持ちが分からないんだ…、ただお前が大切なのは分かる…、だから……」
「…そっか…」
「許してくれなんて言わない…恨んでくれ…、俺はこんなやり方しか…、…ッ」

 抱き締めていた手を離して、その手で顔を覆った。鏡の中の醜い自分…それは紛れもない自分自身だ。後悔したって遅い。欲しいと思ったのは本当で、大切だと思ったのも本当だから、何を求めたのかが分からない。何を望んだのかが分からない。

 うずくまる自分の髪を細い指でくしゃりと掴まれた。掠れた、それでも温かい声が清涼剤のように染み渡る。

「…そうして欲しいのかよ…?」
「…、…」
「俺は恨まないし、忘れない。忘れたら…悲しいだろ…」

 覆った手を退けると、疲れが残る顔に柔らかさを滲ませて自分を見つめていた。栄吉、と呼ぶと髪を撫でるようにして手を戻し、目を少しだけ細めた。

「…忘れて逃げるなんてナシだぜ。…幼馴染だろ?このぐらいで、壊れねぇよ…」
「…ッ、…俺、は…」
「大丈夫だから…タッちゃんのこと…ずっと好きだから。雅に負けねぇぐらい好きだから」

 どうして…こんなに嬉しくて…悲しくて…胸が熱いんだろうか。

 好きだと言う優しさは、酷く残酷だ。

 俺たちはきっと幼馴染のまま。きっと二位には落ちない…けど、一位にもならないんだろう。お前の好きは、何よりも優しくて残酷だ。

「タッちゃん…泣くなよ…」

 頬を拭う指は細いのに柔らかかった。

 純粋な気持ちだって強く思えば欲になる。愛している、守りたい、生きたい、全ては欲だ。誰だって穢れは持っている、どんな生き物だって、栄吉だって。それなのに、それなのに。どうして。

 忘れない。このことも、この気持ちも。

 これが俺の…

「好きだぜ…タッちゃん」

 柔らかな綿で絞め殺される、そんな罰にありがとうと涙を零した。




fin.

2006/11/15
2008/06/04 文章修正

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