PERSONA3 TEXT

Bitter Charm


『好キダ』

 ゾクゾクゾクと一気に何かが体中を駆け巡った。

 それは震え。悪寒。吐き気。恐怖。

 順平は硬直した。そして痙攣した。

 開かれる瞳の先には…何とかのギガスとかいう馬鹿デカい超絶ビキニマッチョがピンクのオーラを放出しながら順平ににじり寄っていた。

       事の経緯はこう。

 いつも通りタルタロスを攻略していた。そしていつも通りシャドウを討伐していた。ただ一つ次の階でエントランスまで戻れるワープ装置があるということで、少々無理をして戦っていたのが間違いだった。

 満月が近いからか、ただ単に偶然なのか、何故かこの階はシャドウが次から次へとわらわらと沸いて出たのだ。しかも運が悪いことに強敵ばかりだった。

 なるべく戦闘を避け、逃げるという戦法をとっていたのだが、そのうちにギガス系やら蛇系が現れて道を塞がれ、更に隙を突かれ、攻撃を仕掛けられた。

 悩殺のステータス異常をかけられ、負傷した仲間が戦闘離脱していき…

 気付けば、敵の攻撃で順平は遠くに吹っ飛ばされて、大きい影に冷たい壁にまで追い詰められていた。

 リーダーが順平を助けようと駆け寄ってきたが、本人自身がシャドウに囲まれそうになり危険な状況にあるのは丸分かりだった。

「…来んなっ!!」

 順平は本心ではこの危機的状況に恐怖のままに涙まで流して助けを請いたいところだったが、頭の隅の理性がどうにかそれを止めた。リーダーが倒れればそこでアウトだ。全滅という最悪の終わりだけは何としても阻止しなければいけなかった。

 幸いリーダーの後ろには階段が見えていた。少し走れば逃げ切れる。上の階のワープ装置で戻ってくれれば、この場は自力で何とかするしかないにしても、どうにか命は助かる。

「コイツぐれぇ…オレでも何とかできっから…!オマエは行けッ」
「でもっ…」
「お前までやられたら意味無ぇだろ!心配すんなら確実な方法使えってッ」

 迫ってくる影の塊から逃げつつ、鬼気迫る顔で順平は叫んだ。リーダーは苦い顔をして躊躇したが順平に怒声を浴びせられると「少し我慢してくれ」とシャドウの間をすり抜け、階段に向かって走った。

 さて、格好つけたのは良いがこれからが問題だ。リーダーを逃がせることが出来たから、戻ってきてフォローなりしてくれれば最悪自分も命は助かる。だからといって痛めつけられるのは御免だと、壁に背を預けながら逃げていると、蛇のシャドウが突き刺さるように自分の方に向かってきた。

 突然の奇襲に咄嗟に召喚器を取り出し、残り少ないSPと体力を使って夢中で攻撃を繰り出して敵を消滅させる。

 しかしその瞬間、膝がガクっと折れて身体が震え出した。

「ッ!?な…チクショ…ッ、…身体…動か、ねっ…冗談じゃねぇ…」

 正直自滅。順平の攻撃は物理型、しかも自分の体力を削る荒技だ。身体が限界を訴えて機能を停止させた。

 壁にもたれ掛かり、重い瞼を開くと、ギガスと蛇のシャドウが一体ずつ並んで順平に迫っていた。蛇のシャドウがうねりだし頭を自分の方に向けた。それに反応するようにギガスのシャドウは拳を握り締めた。

 ああ、もう駄目だ。こっちの筋肉野郎にやられたら骨イっちまうだろなぁ…元に戻るつってもやられる瞬間痛ぇのは痛ぇしなぁ…

 次に起こるであろう惨劇に、目を硬く閉ざして顔を背ける。

 重々しい足音がこちらに近付いてきて…そして拳が喰い込むような鈍い音がした。

 順平の身体ではないところから。

「は、ぁ…?」

 そろそろと目を開けて顔を上げると、ギガスのシャドウが蛇のシャドウに鉄拳を繰り出し消滅させていた。呆然としているとシャドウと眼が合う。

 すると、巨体を順平に近付けてきて、こう言った。

『好キダ』

 正確には言葉を発したというより、脳に直接意思が響き渡ってきたような感覚。

 順平の前に跪いて仮面の大きな顔を寄せてくる。凄まじい圧迫感だったがそれよりも、とんでもない台詞に恐怖した。

      …、お、い…おいおいおいおい。コイツ…何つった…」
『好キダ』
「ッゲ!?」

 人間の言葉を理解できているのか、また意思を伝えてきた。そもそも、シャドウという化け物に人を好くという感情があるのか。順平は嫌な汗が全身の毛穴から、どっと滲み出た気がした。

「好きって…は?、つーかテメェみてぇなゴツイ化けモンに好かれても…」

 突然の告白に混乱する順平の頭に、ふと浮かぶ。

「まさか…蛇の悩殺…?」

 味方を攻撃し、敵に魅了される。こちら側がかかった場合最も厄介なステータス異常と言えるものの一つ、悩殺。どうやら攻撃の際に誤ってかかってしまったらしい。いかにも脳まで筋肉といえる身体をしているだけはある。

『好キダ。食ベテ シマイタイ ホド 二』

「いや、お前が食いてぇつったらガチじゃねぇかよッ!!こっち来んな!寄んな!!」
『震エズトモ…心配ナイ オレ 優シイ』
「コレは悪寒だああッ!!オ・カ・ンんんッッ!!」
『オ、カ…ン…?』
「気持ち悪ィつってんだよ!!色気のあるシャドウならまだしもよぉ…ンで男臭溢れる奴と…!!」

 何か思考が微妙にズレているが、とにかく身体が思うように動かない以上、言葉で訴えるしかないと判断した順平は必死に拒絶を試みた。しかし、魅了されているものが大人しく引き返していくわけはなく…大事そうにその大きな手で順平を掴み上げて至近距離で食い入る様に見つめ始めた。

「う…お、いっ!!マジで食う気かよっ…テメェ降ろせッ離せッ触んな!!」
『……』
「ッ!!ぐ…ッ」

 何を思ったのか、シャドウは順平を掴んでいる片手に少し力を込めた。少し、と言っても大きさが違い過ぎる。内臓が圧迫されて身体が悲鳴を上げ始める。

      っは…っ、待っ、嘘、嘘ッ…、気持ち悪く、ないです…っ、っんと、潰すのは…勘弁していただき、たいなぁ…とかッ」

 さすがに潰されたら戻すどころでは済まないと、下手全開で前言を撤回する。その様を見てシャドウは悩んだように首を捻った。

『モロイ ナ、コレデハ…』
「…あ?」
『………ドウシタ モノカ…』

 これでは、何だよッッ!?

 心中で有りっ丈叫ぶが口に出してはいけない気がした。というよりむしろシャドウ相手にこの先のことを考えると眩暈がしそうだった。

「ンでこんな…大体魅了されてんのに、なんでコイツは上からもの言ってんだよ…、…ん?」

 悩める頭をガックリと下げたとき、何かが順平の耳に入った。

 コツリ、コツリと、それは次第に近付いてくる。これは…靴音?


「そいつに…順平に触るな」

 コツっと音が止まったと同時にハッキリとした声が響いた。驚いて、掴まれて身動きをとりにくいため視線を走らせる。シャドウと順平の真下、そこには先程戦線離脱した真田が立っていた。

「さっ真田サン…!!うわ、マジ助かった…!コイツを何とか――」

 期待の籠もった眼を救世主の方に向けた順平は、自分を見上げている真田の異変に気付き固まる。

 先の戦いでかなり負傷したはずなのに真っ直ぐシャンと立っており、透き通った瞳は消え失せドロリと濁って赤く発光しているようだった。

「え…ちょ…真田サン…ま、まさかっスよね…」

「いいか、デカいの。そいつに触れていいのは俺だけと決まっている」
「…は?…って、何言いだしてんスかッ!?つか誰が!?誰が決めたんスかそれ!!」
「消えろ。言っておくが肉体美なら俺の筋肉の方が勝っている」
「だから何の話スか!?ってかアンタもか!!アンタも魅了されてんのかよッ」

 うがーッとこっちまで変になってしまいそうなぐらい可笑しなことを平然と言ってのける真田は、どうやらシャドウと同じく魅了されているらしかった。

 シャドウを睨みつけていたかと思うと、次の瞬間には召喚器を取り出すと同時に技を出していた。ペルソナから生み出された雷はシャドウの脳天に命中し、全身へと駆け巡った後、粒子となって黒い影は消えた。

 掴まれていた順平は、シャドウが消えて宙に放り出され落ちるのを真田にしっかりと抱きとめられる。雷が伝導したのか、先程のシャドウの圧迫が効いているのか、順平はゲホゲホと噎せ返り身体を折り曲げる。その姿を真田はギラギラとした瞳に似つかわしくない程、穏やかな優しい笑顔で見つめる。

「大丈夫か?」
「う゛…っ痛…、あ…はい、助かったっス…」
「順平が危ないときは俺がいつでも助けるさ」
「…あ…あ…いや…」
「どこが痛む?大分出血しているな…俺の血液型がお前と同じならいくらでも分けてやれるのに…そうしたら俺の血はお前の中で永遠に生き続けるんだがなぁ」
「…――!!」

 ゾクゾクゾクと再び何かが体を駆け巡った。

 怖い。怖過ぎる。むしろ痛い。惚気ている女の子が言われれば違う痺れが走るのだろうが、順平に走ったのは先程のシャドウと大差ないものだった。しかも落ちたところを抱きすくめられ、こんな怖い発言をする人物と0ミリ距離となると、結局危険な状況であるのに変わりない。

 そもそも何故敵がかけた悩殺にかかっておいて、味方に魅了されているのかが謎である。

「順平…何もされなかったか?何かして欲しいことがあったら言え」
「っ…あ、あ、あの…と、とりあえず降ろしてもらって…そ、そんでエントランスに戻ってですね…」
「うん?」
「いや、だから…降ろして、欲しくて…ンで戻り、たくて…」
「うん?」
「……」

 真田は順平の言葉に小さい子供をあやす様に優しく聞き返しているが、目が笑っていない。というより濁ったままでさらに怖い。

「うん?」というのは言葉を聞き返すものではなく、聞き入れないということだ。むしろ「何ふざけたこと言ってる」とも取れる気がしてきた順平は、頬の筋肉が痙攣するのに任せて引き攣った笑いをするしかなくなった。何か間違ったことを言えば本当に違う血液型の真田の血を自分に流し込まれて殺される気さえした。

 意味分かんねぇ…全然助かってねぇ。むしろさらにピンチ。つか何か抱きしめられたまま絞め殺されそ……あ、そーえいばこんな拷問器具あるらしーなぁ。なんか西洋らへんの。アレは棘付いてて刺さるらしいから早く死ねるよな…普通に腕力って凄ぇ苦しむ時間長ぇんじゃね?まァ、綺麗なこう…胸とかデケぇお姉さんだったらオレ死んでもいいとかちょっと思っちったり      って何考えてんだオレ!?

 それどころじゃねーよ!マジでヤベぇよ!!何この真田サンの眼。充血とかそんなモンじゃ無ぇぐらい赤いなオイ。一体どういう仕組みだよ。暗いトコとか行ったら光るんかなー…あの、ほら、蛍光塗料みてぇに      ってだからそれどころじゃねぇって、オレ!!

 ッ大体…だからなんで魅了されてるやつが上からもの言うんだっつうの!!ちょっとブレイクした新人アイドルか!…いや、今の表現はちょっと違ぇか?      ってだからオレッッ!!!

 可笑しな状況に巻き込まれると人間はこうなる、哀れな図というのはこれのことだろう。

 何が何だか自滅行為で分からなくなってきている順平など気にもとめず、真田は嬉しそうに隅から隅まで眺め回している。

「触ってみてより分かるものだが…なかなかバランスのとれた良い身体をしているな。特に大腰筋と大腿筋と外腹斜筋が良い。ちゃんと締まっている」
「また…何言いだしてんのこの人…つか、どこだよそれはよ…」
「ん?ああ…ここだ。大腰筋はこの部分」
「ッふ…っ!?」
「大腰筋は背中の内側にある筋肉だから見えないが…お前のウエストや骨盤位置が正しいのは、ここが鍛えられているから、ということだからな」

 順平は細かな筋肉の部分に賛辞を送る真田に呆れてどこだと皮肉ったのだが、真田は真剣に部位の場所までご丁寧に横腹と背中を挟むように掴み上げて説明しだした。そして、唇を耳に寄せた。

「…分かるか、順平…?」
「ッ…!!」

 ゾクゾクゾク。またまた何かが駆け巡る。

 順平は脳髄に直接刺激がくる程に真田の甘い声が耳から伝わってきたことに背筋を震わせた。

 先程と同じようで…何か、違うような痺れ。そう考えると途端に自分を触る指が別物に思えて、意識してしまう。

 何かとんでもない方向にいってしまってる気がしてならない順平は、嫌な思考を跳ね除け、その大腰筋とかいう筋肉を未だに掴んでいる真田の手を振り払うように身体を捩るが、更に力を込められる。

 痛みを感じる程の握力に、慌ててもう分かったと手を押さえつけようとすると、その手を強く掴まれた。

 瞳だけギラついていた顔は、口元までも毒々しく引き上げて笑い…その唇はゆっくりと動いて順平にこう告げた。

「ここは…いわゆるヒレ肉の部分だ。牛肉なんかで分かると思うが、最も美味しく、柔らかい赤身肉だ…」

 ぺロリと舌舐めずり付きで。

 ………

 ………

 …あ、…この人オレ喰う気デスヨー…

 っありえねえっつの!!深読みとか何とかじゃなくてマジで喰う気ですよぉこの人ッ!!

 誰か、ホント誰でもいいから助けてくださいッこの人可愛い後輩の人肉喰う気ですッ!!と口をパクつかせるが恐ろしさのあまり、声に出せず無意味な悲鳴を上げる。

「…順平…」

 二人の間の隙間を埋めるように密着してくる真田に、順平は反射的に顔を仰け反らせる。それが気に食わなかったのか真田は強く順平の腰を掴み、引き寄せた。

 …だが、強く引き寄せ過ぎた反動で、反らせた順平の首は勢いよく戻り…      

       ゴツッッ

 鈍い音を立て、額を重なり合わせて奇妙な体勢のまま二人はそのまま崩れた。




「ん…何だ、順平?欲しいのか?」

 真田がいつものようにラウンジで、がっついていた牛丼を順平が睨み付け、そしてゆっくりと質問する。

「その肉…それはどこの部位っスか?」
「部位?さぁな…牛丼なんかたかが知れてるんじゃないか?」
「ヒレ…じゃないっスよね」
「…?まぁ、ヒレ肉なんて牛丼では使わないだろ?多分な…      ッ!?」
「ココ…大腰筋っつって、ヒレの部分らしいっスよ」
「…あ?…あ、ああ。そうだ。よく知ってるじゃ……いや、だからそれがどうしたんだ。それに抓るな、痛い」
「……一番美味いトコらしいんで、こんど牛肉に混ぜてみたらどースか」
「…な、何だお前急に…」
「あとっ、コレ!!」

 プリプリとした様子の順平は青ひげと書かれたビニール袋を真田の目の前に突き出した。中にはディスチャームが大量にゴロゴロとしていた。

「…おい…コレは何だ…?」
「備えあれば憂いなしって言葉、身に沁みて感じたんで…是非、ご自分に」
「ど、どうしたんだ一体…」

 真田は首を捻る。何か順平は怒っているようにも見えるが、自分には全く身に覚えがない。ディスチャームといえば悩殺を回復するアイテムだ。それを順平が渡してくる…ということは…?

 …ああ。まさか。

「俺はそんなにお前を魅了しているのか?」
      !!」

 特に何も意識していない風に真田はまた首を捻る。その姿に順平は絶句し、そしてゆっくりとスローモーションのように後ろを向き、次の瞬間には全速力でそのまま走り去っていった。

「リーダあぁぁあぁぁぁっっ!!もう絶っっ対真田サンと一緒にタルタル攻略しねぇからなァ!!!」

 二階から怒声を含んだ涙声が寮中に響いた。




 後日、何を怒っていたのか真田は順平に聞いてみると、純情な男心を弄んだ挙句、仕方が無いとしても少しも覚えていないことに腹が立ったという答えが返ってきた。

「お前…よく、その口で言えたもんだな…」

 また思い出したのか、少し不機嫌そうに口を尖らせて文句を言う順平に、真田は呆れと怒りの含んだ瞳で順平を見下ろした。

「へ?何がっスか。大体ね、真田サン。オレがどんな恐怖と赤裸々体験したか…」
「魅了されている間のことは少しも覚えてない。それはお前も分かってるんだろ」
「え…はい。そりゃあ、そういう攻撃なんスから仕方が無いとは思うっスけど、ああやってケロっとされてっと…」
「だから、覚えてないということは、お前がかかったことも、覚えてないわけだ」
「え…オレ、スか?」
「…お前こそ持っておくべきだな、あの薬」
「…オレ…何、しました?」
「あーあの時は酷い目にあったなー…」
「いや、ちょっ…何スかっ何しちまったんスかオレ?!オムコに行けなくなるよーなことしちゃったんスか!?ねぇ!?」

 ぎゃあぎゃあと騒ぐ二人を遠目に見て、リーダーは溜息を漏らした。

「…ていうかさ…悩殺にそんな効果ついてない…」
「大人の事情というやつでありますね」

 彼らの寮は今日も明るかった。




fin.

詳細アップ日時失念。2007/08/07以前
2008/04/30 文章修正

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