PERSONA3 TEXT

ピーターパンヲ読ム


 ある日の出来事。

「真田サンっ何スかこの粉ァ!!」
「何って、プロテインだ。ふりかけとでも思ったか?」
「いや、ふりかけが普通ッ弁当にプロテインが異常ッッ何ふりかけてくれてんスか!?」
「お前…栄養が取れてないだろうと思って、俺がわざわざお前の分も作ってやったのに…」
「えぇ゛!?何その顔!そのトーン!何でオレが悪いみたいな感じ!?」
「…アキ」
「何だ、シンジ」
「栄養取るなら食いモンで取れ。順平ろくに食えなかったんだろ?謝っとけよ」
「…!、…わ、悪かった」

 またある日の出来事。

「真田サン…コロマル嫌がってるっスよ…」
「ほら見ろ。このしなやかな足の筋肉。足の裏はどうなってる」
「だからコロマル嫌がってますって。物凄ぇもがいてるっスよ…真田サン」
「肉球柔らかいな。ん、所々硬い所もあるんだな」
「アキ!」
「何だ、シンジ」
「何してんだテメェ…嫌がって暴れてんじゃねぇかッ」
「…!、…そ、そうなのか?…悪かったなコロマル」

 …解せない。

 順平がいくら言っても聞かないことも、荒垣が言うと真田は大抵素直に聞く。あの真田が。

 恐らく荒垣に言われたということが重要なのだろう。同じことを言っても荒垣の場合は話を聞こうとする。他の人間でも同じで、荒垣以外では、まず謝ることはほぼ無い。いくら親友だからといってこの差は何だと順平は怒る。そして悩む。やはり一緒にいた時間が長いことで意見が信用できるのか、何かテレパシー的なものが流れるのか。それならばまだ納得がいく。しかし、同じ意見でも自分の場合はほぼ流されているのが気に食わなかった。

 荒垣の声は低く安定していて落ち着く。説得力がある。それも認める。それでも真田を扱う何かコツがあるなら教えて欲しい。是非。切実に。

 普通の先輩と後輩なら、まだ、まだ我慢できる。最低限の接点だけにしておけば癪に障ることも最低限だろう。しかし真田と順平の関係はそうではなかった。

 何と言えばいいのか順平自身もよく分からなかったが、とにかく一線を越えた仲である。密接な関係で理不尽なことや自己中心的な態度を当たり前のようにとられ続けられるのはさすがに精神を蝕まれていく。




 カウンターでブラブラゆさゆさと組んだ足を揺らしている荒垣に順平は尋ねた。どう手懐けてるんですか、と。もう縋る気持ちで。

「別に…無ぇよ、ンなもん」
「ありますって。全然違うんスよ態度!タルタルより疲労度が高ぇんスよ、マジで」
「放っておきゃァいいだろが。…、…あー、まぁテメェ等の関係じゃそういうわけにいかねぇか…」
「え?」
「あ?」

 お互い不思議そうな顔をして見詰め合って、徐々に顔色が変化した。そして沈黙。さらに汗。

 順平は見る見る顔を引き攣らせて焦った顔になり、荒垣はマズイという顔を貼り付け、ゆっくりと視線を外した。

「え…え…あの、オレらの関係じゃ…って…」
「…いや…アレだろ、その…テメェ等、特別濃いじゃねぇか…」
「…知ってんスか?」
「…知ってるな。あー…その、見ちまったというか…」
「部屋、開いてたっスか?」
「その、モニター…監視カメラ付いてんだろ、この寮。たまたま…活動記録がどうって言われて録音聞こうとしたらよ…操作間違えたみてぇでよ。普通、キーがいると思うんだが…解除されたままになってたんだろうな。自動録画みてぇだったな。最近、誤作動がどうのっつってるからそれかもな…」

 気まずそうに長々と監視カメラの説明をされている間、順平はさらに焦った顔になった。荒垣にバレたという思いが胃をキリキリさせる。見られたという羞恥と男としてのプライドが傷ついた。しかし、それよりも何よりも順平は焦った。カメラ?録画?…超ヤベェじゃん。監視カメラが部屋に設置されていたことにすら気付いていなかった。それが撮られている。自慰シーンですらキツイのに、男と交わっているところが撮られている。今まで?全て?

 順平は口をパクパクしたまま顔が赤らみ、そして蒼白になっていった。あまりのショックに声も上手く出ない。順平の心情を察したのか荒垣は慌ててフォローをする。

「撮ってたっつっても、数分1回ポッキリしか録画されてなかったぜ?…あ、いや観賞したんじゃねぇぞ!?撮った日と再生時間が画面にリストアップされてたからよ」
「あ、ああ…なるほど…」
「それに他の奴等は見てねぇと思う。再生記録は1回だけだったし、消去しておいたからな」

 少しそれを聞いて順平は落ち着きを取り戻す。荒垣に見られたのは痛いが、誰よりも荒垣でまだよかったとも思う。不幸中の幸いだ。女性陣に見られていたら間違いなく腹を切る。天田は誰かに尋ねそうだし、リーダーは…何か怖い。

 順平は今まで必死に隠していた。この関係はやはり普通ではないと思うし、美少女揃いのこの寮で男と寝ているのも申し訳ない上に自分が嫌だ。それに男の恥のような気もあった。コロマルにだけはバレている可能性が高いが口止めはしていおいた。

 真田も一応は気にしている様だが、バレたらバレたでいいと思っている節がある、あれは。所構わずで、言うのも面倒臭いらしいが隠すのも面倒臭いといった風なのだ。「バレたから何だ。バレたくなきゃおまえが隠せ」などと言われたこともある。さすが自分が一番思考の真田。

 それにしても、自動録画って何だ。もし故障で勝手にバンバン撮るようなら不味い。不味過ぎる。つかなんで監視カメラ。女の子の部屋覗けるかもと一瞬興奮したがとりあえず何より今は自分の身だろう。

「…監視カメラって…ヤバくないスか」
「外しゃいいだろ、ドアの横の天井についてる」
「ていうか付いてるって教えてくださいよ!」
「防犯用かと思ったんだよ。俺は自分の身くれぇ守れるし、部屋入られても何も無ぇしな」

 なるほど…と頷きながら、女性陣には教えないでいいかと下種な考えを巡らせてしまう。

「つーかオメェ…何でアキなんだよ。同じ場所に女いるってのによ」
「え…えと、成り行き、スかね。いやでもオレ、ゲイじゃないっスよ!?つか真田サン相手だって恋人宣言すらしてないっスよ!?ハッキリ言って超微妙っス!!」
「…まぁ、口出しする気はねぇけどよ…確かにその関係じゃ色々あんだろな」
「いや、もうホントに。あり過ぎるぐらいに。なんか亭主関白な夫にせっせと尽くしてる健気な嫁状態で。何かないっスか、コントロール法」

 荒垣は首を捻る。もはやバレたことを開き直りつつある順平は、味方とばかりに荒垣に縋る気でいた。

「単に年数じゃねぇか?ガキの頃から一緒にいたわけだからな」
「それでもあるっしょ何か?これが効く、とか」
「…特には…あいつァ妙にズレてやがるからな。ガキ臭ぇし、中身はまだガキなんだって思えばンな腹立たねぇぜ?」
「えー…オレよりも上なのに…納得いかねっスよぉ。つうかピーターパン症候群かよ、あの人…」
「ま、テメェが体格的にも喧嘩にも圧倒的に不利なのも原因かもな。俺は殴り合えるしよ」
「それっスよ。舐められてんスよオレ。…今更筋トレとかしても無理だし、そもそも真田サンがトレーニングし続けてる限り差は縮まんねぇしなぁ…」

 順平は大きく吸った息を長い溜め息に変えた。その順平に荒垣は暫く躊躇った顔をした後問いかけた。

「あ゛ー…順平は…その、ネコ、なんだよな?」
「…まぁ、一応…つか無理やり」
「気絶させるなり、ペルソナ使うなりしてよぉ、出来ねぇのか?…こう、俺がタチになることもあるってのを叩き込みゃアキも      おい、ンだよ、その面…」

 順平の目が遠くを見た。だからオレはさぁ、基本真田サンより力弱ぇからさぁ…そン時はいいとしても…ああ、こないだの思い出した…アレはキツかった…

 意識が飛びかけている順平を荒垣が小突く。若干足のブラブラゆさゆさが速くなっていた。周りから見ていれば妙な光景だが、気にするものはコロマルだけだった。ただ荒垣が揺らしている足に絡みつきたかっただけなのかもしれないが。

「…その方法は試したっスよ、もう…散々苛めてやりましたよ、そン時は。日頃の恨みを晴らさんばかりに。上手くいきゃ、気に入ってくれるかもしんねーとか思いつつ…ンでもその後が…その後が地獄なんスよ…」

 悪夢を思い出したというように、若干顔を青くして体を抱え込んだ。

「もー、朝だろうが夜だろうが影時間だろうが、寝てようが風呂入ってようがクソしてようが急に来て倍返し。回復力異常だし…そもそも縛らなかったら途中で殴られたことあったっスからね…格闘技っスよ、格闘技」
「…苦労してんな、オメェ…」

 ガックリと頭を落とした順平を見て荒垣は心の底から哀れむような視線を送った。それから遠い目をした。あの子悪い子じゃないんです、根はいい子なんです。と訴える非行少年の母のような複雑な心境だった。

 昔は気弱で、ただ少し天然が入った可愛げのある奴だった。色々苦労してやがったし、出来る限り守ってきたつもりだ。

       ん、俺か?俺が悪いのか?俺がアキを甘やかして育てたせいでこんなになっちまったのか…!?ガキのまま精神成長が止まってんのか!?

 暫く2人して項垂れた。やはり妙な光景だったが、気付くのはコロマルだけだった。

「…よし、俺が注意する」

 荒垣は項垂れた頭を上げる。どこか決意を固めた凛々しい顔だった。順平は突然呟かれた言葉に首を傾げる。

「え?何、荒垣サン。注意?」
「アキにもっとお前の意見を尊重するように言う。ついでに何を基準に人の意見聞いてんのか聞く」
「……」

 何故なら俺が面倒見たアキだもの!といった顔の荒垣を順平は困惑した表情で見た。

 何言ってんスか荒垣サン…何を基準って自分基準に決まってるじゃないスか。と言いたい気もしたが、確かに真田的ルールが存在するならば知りたい。しかし、叱ってやって欲しいが結果は見えている気がした。荒垣の言うことは聞くだろうが、聞くだろうが…しかし…




「いいんだ、俺の順平だから」

 ほら、と思った。順平はもうそのくらいでは動揺しない。何故なら真田だから。

「オメェのモンじゃねぇだろ、コラ。あんま好き勝手やってると愛想尽かされんぞ」
「シ、シンジ…わ、分かったよ。気をつければいいんだろ…努力は、してみる」

 うわぁ、歯切れ悪い返答だなぁ。つか絶対ぇする気ねぇよこの人。多分何で怒られてるかも分かってねぇよ。だって真田サンだぜ!?荒垣サンの前だからとりあえず頷いてるだけじゃん。いや、でもスゲェね、荒垣パワー。やっぱコツとかじゃなくて空気みてぇなもんかなぁ。

 うんうん、と当事者なのに完全に第三者的感覚の順平にも問題がないというわけではないだろう。しかしそのことに気付いていたら問題はもう少しマシになっている。

「アキ、やけに俺の言うことは素直に聞くじゃねぇか」
「別に素直に聞いてるわけじゃない。正しいと思えば頷くさ」
「同じこと言っても順平の意見は無視なんだろうが」

 荒垣の言葉を聴いて、お前がシンジに言いつけたのかと言いたげに、チラと順平を睨んだ真田を「脅すなアホ」と荒垣が一喝した。真田はシュンとして、また視線を戻した。本当に子供のような仕草を真田はたまにする。

       ん?

 …ああ!そうか!!順平はなんとなく悟った気がした。

 まさか"お母さん"か!?荒垣サンはお母さん的ポジションなのか!?親友兼お母さんだから聞くのか!?ママンの言うことは絶対だっていう真田的ルールがあんのか!?…ああなるほどなるほど。まぁ、それじゃオレの言うことは聞かねぇわな。

 そう思い、少しニヤついた順平を真田はまた睨んだ。そして荒垣に一喝される。

 いーよ、いーよ、睨んでも。でもママンの言うことは聞いときなさい。なんせガキだもんなぁ。仕方ねぇよなぁ。

 順平は途端に気が大きくなり、これならまぁ、自分の言うこと聞かなくても仕方が無いと納得していた。これから何か理不尽なことを言われ自分勝手にされようが、事情を知っている荒垣にならいくらでも相談できる。叱ってもらえる。子供は大人しくなる。なんて素晴らしい存在なんだ荒垣ママ!いや自分には天使様のようだとまた順平は笑った。ニヤニヤと。

「…シンジ、コイツを甘やかすな…」
「オメェが酷いことばっかしてっからだろ。いいか、このことはあまり口出したくねぇが…順平の体力と意思を酌んでやれ。どうせ馬鹿みてぇに辺り構わず盛ってんだろ」
「何?」
「あ?」
「…え、ちょっ…!?」

 天使様の荒垣ママは順平に言ったのだから真田にも言っていいだろうと思ったのか、あっさり関係を持ってることを知っている発言をした。

 目を瞬かせていた真田は、徐々に口の端を上げていく。中身は子供のようでも頭は学年で上位を取るほどの脳だった。

「酷いことと言うがな…順平は喜んでる。被虐心の強い奴でな、追い詰められるのが好きなんだ。ちゃんと意思を酌んでやってる」
「…な…」
「ちょ、真田サン!!荒垣サン、嘘っスよこんなの…!」
「まぁ、恥ずかしいよな自分で言うのも。なんなら今試してやってもいいぞ?なぁシンジ」
      …興味無ぇ」

 荒垣はぐぐっと眉を寄せると、先程の勢いはどこにやら、回れ右をした。スタスタと、本当に興味が無いのか、気まずいのか、"そういう"ことに対しての嫌悪感があるのか、強気の顔を困らせてスタスタと去っていった。

 え!?そんなあっさり退却!?いやいや待ってくれ、オレの天使様!!順平は縋ったが、もう荒垣は関わってくれるなと言いたげにコロマルの所に行き戯れていた。

 不味い。非常に。自分を守ってくれる望みは、多分ああされたこうされたと言ったところで「こういうのが好きなんだ」の真田の一言で納得せざるをえないだろう。反論したところで「なら、見せてやる」と目の前でされたら堪らない。俺を巻き込むな、痴話喧嘩に興味はないとばかりにまた去っていくだろう。

 いいのお母さん!?ガキが不純異性行為、じゃなくて不純同姓行為をしようってのに見過ごすのかよ!?いくら言ったところで荒垣にとっては母的ポジションなんて付いた覚えは無い。ただ可哀想な真田を守っていただけだ。まして他人の情事には関わる気はなかった。

 背を向けていた順平の肩に指が減り込む。ゆっくりと振り返ると真田は口だけで笑っていた。




「監視カメラの故障の原因分かったぜ。コロが勝手に触っちまってたみてぇだな」
「コロマルが?」
「コロマル?いや、俺と順平の部屋のは俺が撮ったんだがな。勝手に消去されちまってた」
「……」
「…、…オメェが撮ってたのかよ…アキ」
「ああ」
「もう撮るな…他の奴らにバレるぜ?大体順平が      
「ああ、いいんだ。それを見せながらやると順平のやつ、興奮するからな」
「……そうかよ。ま…俺には関係ねぇけどな」
「いやいやいや!!嘘つき過ぎだから真田サン!!荒垣サン、いい加減叱ってやってくださいよぉ!」
「趣味をとやかくは言わねぇが…程々にしとけよ…」

 何をどう間違っちまったのか…いや、これがアキの性癖なんだよな…なら俺の出しゃばるとこじゃねぇよな。ブツブツと言いながら荒垣は参ったように溜息をついて離れていった。

 順平が真田を恨みがましく見ると真田は笑った。

「何だ、またシンジに言いつけてみるか?」

 自己中心的なピーターパンは母が口を出してきた場合の対処法をルールに付け加えた。

fin.

2007/09/08

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