世界にひとつの夢のような券
「うわ、すっげ…それ、先輩のおやつスか?」
「…ホールで買うはずないだろう。今日は明彦の誕生日なんだ」
ラウンジのテーブルは立派にデコレーションされた巨大なケーキが占領していた。テラテラと黒光りしている濃厚そうなチョコレートケーキであるのは美鶴の好みが大きく反映しているのだろう。
「…誕生日…」
順平は帽子ごと頭を掻いた。誕生日とえば、ケーキ、飾り付け、そしてプレゼント。
今日は日曜日。幸いまだ昼間なので今すぐ買い求めれば用意はできるが、順平には問題が2つあった。
1つは何を買えば良いのか分からないこと。そもそも友達同士なら、ご飯を奢る、一緒に買い物に行く、それで済む。しかし真田と外に出るのは遠慮したかった。何度か一緒に出たときには急に突拍子のないことをしたり、トレーニングを織り交ぜたり、女の子が真田のみに反応したりと、とにかく経験上あまりいい事がなかった。自分で選ぶとすれば、トレーニングのための機材、プロテイン、そんな単語しか浮かんでこない。服などは好みが違う上にサイズが分からない。
もう1つは持ち合わせが少ないということ。事前に知っていれば日給のアルバイトでもしたかもしれない。…知っていてもしなかったかもしれないが。
順平は大きく息を吐いた。
何というか 面倒臭ぇ。
勝手だが面倒臭いと思い始めていた。いっその事こんな関係であるし、ベタに『プレゼントは自分』という痛い手で済まそうかとも思った。リボンでも巻いときゃいいだろ、もう。裸でベッドに転がっときゃ十分だろ、もう。
「先輩はプレゼントとかって用意しました?」
「ああ、プレゼントというか…部屋のテレビの具合が悪いらしいから取り替えてやろうとは思っているな」
「…、…あ、ああ、なるほど…テレビっスか…」
「そういえば…昔のことだが、荒垣は誕生日には明彦が好きな料理を振舞っていたな。今年もそうするつもりだろうか」
テレビに料理…ああ、もう無理、無理無理。つかテレビってそんなポンって出せる金額じゃねぇだろ。料理だって専らカップ麺専門のオレにとっちゃハードルが高過ぎる。
順平は肩を落とした。もしも荒垣が料理を作ると言うのなら、野菜を洗うとか、皮を剥く程度なら参加させてもらえるかもしれないが、脇役も脇役でプレゼントとしてはインパクトが薄すぎる気がした。
やっぱり面倒臭ぇ。
「ん…どうした伊織?プレゼントを気に病んでいるのか?」
「まぁ…」
「プレゼントなんてものは気持ちだからな。月並みだが気持ちがこもっていれば何でもいいさ」
「その何でもがなぁ…あ、他のメンツは知ってるんスか?」
「ああ。君が起きてくる前まで皆ラウンジにいたからな。スポーツ用品店や、花屋に行くと言っていたな」
だったらオレも連れて行ってくれよ…いや、寝てたけどさ。休みの日は寝るもんだろフツー。
また肩を落とした。美鶴は「花の一束で十分さ」と言って優雅に去って行った。
花…真田サンが花を貰って喜ぶのかよ。そもそも皆と被ってんじゃんかよ。
ああ、面倒臭ぇ。
もう、本当に頭にリボンでも巻いて待ってやろうか、そう考えてラウンジのテーブルに手を付いたとき、掌に紙の感触がした。
よく見てみると、どうやらケーキのクーポン券らしき物だった。買った時に付いてきたのだろう、『いつも当店をご愛顧頂きありがとうございます。只今開店10周年感謝フェア期間中です!以下のケーキを定額より割引いておりますので、是非この機会にご賞味下さいませ』と美味しそうなケーキの写真と共に書かれていた。
クーポン券、ねぇ…
クーポン券…
そーいや昔…親父がまだシャキっとしてた頃は……
「 あ…!」
順平は瞳を大きく開くと閃いたように叫んで部屋に駆け込んだ。放り投げられたクーポン券はクシャクシャになってケーキの写真が潰れていた。
「…何だこれは?」
「何って、今日は明彦の誕生日だろう」
「ん…ああ、そうか今日だったな。だから珍しくシンジが食べたいものを聞いてきたのか」
トレーニングから帰ってきた真田は大きなケーキと並べられたご馳走に目を瞬かせた。自分の誕生日を忘れているということには皆呆れたが、真田だからということで簡単に流された。
「先輩、これプレゼントなんですけど…」
皆、それなりに用意してきたらしく、綺麗にラッピングされたプレゼントを渡していた。真田は意外にも丁寧に包み紙を解いてはハニかんで礼を言っていく。真田にしてはまともな返しだった。
「そうだ伊織、結局何にしたんだ?」
プレゼントのトレーニング機材を見た真田のウンチクが一通り終わった後、美鶴がどことなく興味深そうに尋ねると、順平は怪しく笑って真田の前に手を突き出した。
「…封筒?」
「手紙か?」
「いや、これがオレのプレゼントっス!」
自信満々、誇らしそうに胸を張って突き出した手に握られていたのは、青一色だけのシンプルな封筒だった。真田は不思議そうな顔をしてその封筒を受け取り、他の面々は眉を少し寄せたり、首を傾げた。
「アンタさぁ…まさか中身空っぽで、愛とか気持ちが詰まってるとか言ったらホント死んでよ?」
「商品券の類とかか?」
「…普通手紙はプレゼントとセットで付けるものじゃ…?」
「フッフッフー。ないね、これ以上のプレゼントはオレっち考えらんねーね!」
真田はまた不思議そうに封筒を眺めると、糊で貼り付けられた封をまた指で丁寧に剥がし中身を調べた。
出てきたのは長方形の紙切れ1枚。パッと見る限り、本当にただの紙切れだった。唯一出てきたその紙切れに書かれていたらしき内容を真田は声に出して読み上げた。
「『貴方の願いを何でもこの伊織順平が叶えます(但し金銭的要求は不可)…"何でも券"』?」
「そうッ!!その紙に叶えて欲しいことを書き込めば1つだけホントにオレが叶えちゃう何でも券!!ああ〜素晴らしい!!…まぁ、いい歳ですし書ける上限はお分かりかと思うんで 」
「…痛ぁ〜…アンタ幾つよ。子供の肩たたき券じゃないんだから…」
「何言ってんのー!こんな券、金払っても手に入れらんねーよ?夢と希望を貴方のハートにお届け侍!!」
「……先輩、とりあえず死ねって書いてくれませんか」
「まぁまぁゆかりちゃん…素敵じゃないですか、ね?」
「僕欲しいですね。何でもしてくれるんでしょう?便利じゃないですか」
「便利って…」
「なるほど…そうきたか」
幼い子がよくやる奉仕型の券、それを順平はクーポン券を見て思いついたのだった。言ってしまえば相手任せだ。プレゼントを考えるのを放棄し、責任の丸投げをしたのだ。金銭的要求の心配もない。真田ももう冗談が通じる年齢である。最悪ある程度のことは覚悟しているが、パシリか何かに止まる程度だろうと高をくくっていた。順平にとって最も楽で効率的献上的プレゼントであった。
皆呆れながらも久しぶりに見る子供の手口に和やかなムードになっていた。しかしその"何でも券"を手にした真田だけは真面目な顔をしていた。
「…何でもか」
「え、ああ、ハイ。そうっスよー。もう考えました?」「もし、書いたことを実行しなかったら、どう責任をとる?」
「大丈夫ですって、ちゃんとやるっスよ。もちろん出来る範囲はあるっスけどね」
「だからもしと聞いてる。出来ると判断される場合、放棄したらどうする」
「え…どうするって…ちょ、嫌っスよーンなマジに考えちゃって真田サン」
「出来なかったら……その度に肩の関節でも外すことにするか」
恐ろしい台詞を恐ろしく真面目に真田は言ってのけた。そして皆に聞いたな?と確認すると、満足そうに"何でも券"を封筒にしまい直し荒垣お手製の手料理を頬張り始めた。
「…空気詠み人知らずにも程があんぜ…」
料理もプレゼントも綺麗に片付けられた机を拭きながら順平は自分のミスを悔やんだ。冗談が通じないにも程がある。周りのメンバーは関節を外すだの、冗談だと笑っていたが、自分には分かる。あの人はやる。魔法で治せると思って簡単にやる。
ただ一人、荒垣だけが気の毒そうというか呆れたような顔で見ていた気がする。せめてあの時点で抑制ぐらいしてくれれば良かったのにと思ったが、あの真田の顔、恐らくもう取り消すことは不可能なんだろう。
また大きく溜息をつくと拭き終わった台拭きを放り捨て、トボトボとした足取りで部屋に戻った。後ろからちゃんと片付けろと声がしたような気がしたが追いかけてこないのは分かっていたので放っておいた。
「っおっわ…!?い、いたんスか…」
順平が部屋に戻ると既に真田が、あの360度どこからでも被写体になれるポーズでベッドの上を陣取っていた。手にはしっかりと例の券が握られている。
…近寄りたくねぇなぁ。
そう思ったが予想外とはいえプレゼントを考えるのを放棄してあんな物を渡したのは自分である。
「…書いた」
寝転がったまま首だけを向けて握られた紙をピラピラと振って見せた。
順平は片眉を上げるとベッドへと近付いた。真田はそのまま動かずに来るのを待っていた。
順平が紙を取り上げようと手を伸ばすと、紙を摘んでいた指を離し、その手で順平の腕を掴んだ。ひらひらとベッド脇に紙が舞い落ちる。
微かに微笑んで見上げる真田に、順平は溜息をつきながらも微笑み返した。本当に何を考えているのかわからない。何も考えていないかもしれない。腕を掴まれたままベッドの上に座った。
腕を引き寄せられるように唇を合わる。帽子のつばが当たる前に真田が空いた片手でさっと回転させる。もう慣れた手つきだ。一度合わせた後順平は頭を引いたが、真田が腕に軽く力を込めたため、拒まずにまた重ね合わせた。
軽く啄ばむ様なキスの後、深く押し付け舌を絡ませる。唾液が含まれていき、喉を詰まらせるように順平が抑えた声を漏らす。順平はキスが苦手だった。
前は女の子相手にどうすればいいか妄想で試行錯誤していた。唇を合わせて吸う、その後は何となく聞きかじったやり方しか知らなかった。それがまさか真田相手にすることになるとは少し前まで思いもしなかった。
もちろん真田も詳しいわけではない。初めは唇を荒くぶつける程度だったが、そのうち自分の好きなように咥内を暴れるようになった。他人の体温が直に口に入ってくるというのはどうにも慣れなかったが喰われるようなキスには頭に靄がかかる。
しかし相手は男。気持ち悪くないのだろうかと思う。下半身のあれこれは女の子を想像すれば済むが、キスはきついものがあるだろう。第一自分には髭が生えているし、より男を感じて不快だろうと思う。見栄えを気にしているので真田の為に剃るつもりはないが。
「…ん、…プレゼントは、いいんスか…?」
「ベッドに寝ろ」
返事はせずに舐めた唇の端を上げると、真田は掴んだ腕をさらに自分の方へと引き込み、横に寝かせた。
やっぱ身体で奉仕かよ。そう頭の隅で思っていると、案の定覆い被さってきて、また唇を貪り始めた。
こういう時、順平は真田のその姿に、ああ男だなぁと思う。自分も男なのだが、真田のこの時の姿は、こう、獣に近いような、襲う勢いというか、逞しいというか、男らしい男というか…
全く、甘いムードもクソもない。食事のようにがっついて、男の格闘技が始まるのだ。順平としては身体に負担がかかるのは御免だが、女扱いをされたり、割れ物のように扱われるぐらいなら、少々荒く扱われた方がいい。真田の余裕が無いのを感じるのも楽しいものだ。
「ん…っ…ぅ゛…、ちょ、さっ…ン゛ン…ッ」
何度も角度を変えて重ね合わせ、応えるのが徐々に辛くなってきて逃げ気味になる舌も無理に絡ませ引っ張られ、ベッドのスプリングに沈められるように唇を押し付けられる。
…つーか、しつけー…
もう何分し続けているだろうか。いい加減頭の中が蕩けてきた。普通ならキスをしながら手を進めるのがパターンだが、真田は順平の頭の横に肘をつき体重を支えていて全く手を動かさない。酸欠とじれったさで腕を暴れさせても、押さえ付けられてキスを続行された。
もう嫌だ。もう無理だ。顔を勢いよく背けると頭を鷲掴みにされ、解放された手で顔を引き離そうとすれば片手で両手を押さえられ、膝で腹を蹴り飛ばすと押し潰す勢いで足を振り下ろされた。
そうこうする内、抵抗する力も吸い取られグッタリとした塊になっていた。順平からは濁った呻きが漏れ出して、もう快楽を押し退けて苦痛が込み上げ、生理的な涙が薄っすらと開いた目から溢れ出した頃、ようやく真田の唇が順平の唇から離れた。
長過ぎだとか文句を言う力も無く、息も整えきれず、荒い呼吸をするしかなかった。酸素を取り込もうと大きく息をすれば胸が張って痛んだ。
関係が出来て最初の頃は順平はキスがあまり好きではなかった。男相手にきついという理由が1つ。"気持ちよければ良い"という中にキスは含まれていなかった。それとキスというのは一種の切り札的なものとしていた。真田から重ね合わせられる以外あまりすることはなく、順平からはゼロに近かった。惚れてない、遊びだ、逆らえないんだと思う証のようにしていたのだ。
その内気持ちも傾いてきて、徐々に行為に慣れてきた頃には切り札自体は捨ててはいないが、かなり緩めてしまったのだが、真田は順平があまりキスが好きではないと思っているのか、それとも自分の欲を鎮めることで一杯なのか、しつこく長い時間何度もしてくることはなかった。
それが何故
「…――ッ」
首を強めに吸われて声が詰まる。それだけではなく、全身で呼吸しているその身体に真田はキスを降らせ始めた。
いつもはがっついて、すぐ本番を始めるくせに今日はやたらと前戯が長い。その割りに普通ならピロートークがあってもいいはずなのにそれも無い。服を剥かれ、ただ唇を肌に押し付け吸い舐め続けている。
「っ…いい加減に 」
「…ん…いい加減、なんだ?」
「だ、から…ッ」
「約束通りプレゼントを貰ってる。文句を言うなら壊すぞ」
そのまま真田は目を伏せると、また唇を押し付けてきた。順平の喉がゴクリと上下する。
キスがプレゼントなのか、予想より軽めに済んだのはいいがジリジリピリピリとする甘い痺れだけが永遠与えられ続けるのは苦痛になってくる。
焦れたように名前を呼ぶと、真田は胸から顔を上げて、また順平の頭の横に手を付いた。強請るように真田の胸元を強く掴むと、そのまま力を利用されて顔を近付け、また唇を重ね合わせた。
順平が押し戻そうと掴んだ手をそのまま上げて離すようにしたが、いつも通り力では敵わず、そのまま咥内を陵辱される。
空いた片手で真田の髪を掴み上げるが、真田の指が肩に食い込んだのに畏怖して、その手を力なくベッドに落とした。
ここまでされると、もう咥内が痺れて感覚が麻痺してくる。それと同時に違和感を覚える。
キスってこんなイイもんだったけか…?
先程まで荒かったキスがペースダウンし、優しく深く念入りな感じになっている。そのせいで指先まで熱を持ち始めてドクドクと血が流れて痛い。
順平はキスで落とされるというのが初めて分かった気がした。尤も他のキスを知らないので比較しようが無いのだが、下手をしたらこれでイけてしまいそうだ。現に触れられてもいない自分の中心がさっきから疼き始めている。
キスは苦手なのに。男相手に気分が悪いはずなのに。ありえない。真田をそういう風に
ピクリと指が動いた。
「 !」
「…ふ、ン…ァ、…」
初めて、初めて真田の首に手をしっかりと回し、自ら押し付けに、舌を追い回しにいった。そしてキスの最中ではあまり聞かないような甘い音が漏れた。焦らされたせいか、順平自身も貪るように訳も分からず押し付けた。
初めてキスをしたとき思った。アホみてぇに筋肉付けてゴツくしてっけど、唇は普通に柔らけーんだと。唇を弱く付ける程度なら気持ちがいいもんだと。これがオレの胸にすっぽりおさまっちまうぐれぇの可愛い女の子だったら昇天もんだと。
その後、真田の何かが外れて半ば襲うように暴走してきたのがきっといけなかったんだと思う。これで真田にも髭が生えていたら絶対にキスはもうさせなかったと思う。
それなのに、いつの間にこんなキスができるようになったのか、この野獣は。出来るなら最初からしろと思う。しかしそれよりも…気持ち良くて。気持ち良過ぎて感じてしまうのを恥じることもできないほどに、もっと味わいたいなんてふざけたことすら思ってしまう。それに、吐息が甘い。さっきまでは出していなかったのに、自分から食いついていくと急に興奮したように甘い声を漏らしてきた。男2人甘い声を漏らしながらキスし続けているというのは傍から見てどう映るものなのだろうか、と薄っすら頭の隅でどこか冷静に思う。
「…も、う…」
「っまだ、だ」
甘い痺れも中心の疼きには耐え切れない。塞がれる口の中で声を絞り出すが、真田はしつこく唇から離れようとしない。吸う唇から甘い蜜が出るわけでもないのに。
より深く身体を近付けてくると、真田の熱をもったモノが当たる。
真田サンの方が余裕ねぇじゃん…
何をそんなにムキになっているのだろうか。いつもならこれほどになっていれば、無理にでも捩じ込んでくるくせに。
そもそもプレゼントにキス…そんなものいつでも好きにやれるだろうに。何故もっと自分から行動を起こさなければ出来ないような、いつものような無理難題を押し付けてこなかったのか。何をそんなに
「うっわ…ちょ、これ…マジ、どうすんだよ…」
前戯:本番、9:1。普段と真逆だ。その証と言わんばかりに体中、花が散るとはよく言うが、これは暴行を受けた後と言う方がしっくりくるほどにキスマークと言われるものがつけられていた。鏡に映った自分のあまりの酷い姿に順平は唖然とした。
というかキスマークと言えるのか…これが数日経って酷い痣になると思うと憂鬱になる。
「見えるトコに付けたら隠せないじゃないっスかッ」
「…ん」
真田は下着だけを身に着けベッドの上で眠そうにしながらも、腕を伸ばし人差し指を突き出した。その先には傍から見ればただの紙の"何でも券"。
声を詰まらせると、追い討ちとばかりに今度はその人差し指が順平の肩に移動する。顔を露骨に歪ませると満足そうに笑ってそのまま枕に顔を伏せた。
くそぅ…確かにプレゼントを渡したのはオレだけど。だからってこれで学校行けってか。模様じゃんかよ。服の一部とでも言えばいいのかよ。つーか、それはオレのベッドだっつーの。
人のベッドを自分のもののように陣取ったどこぞのガキ大将のような真田を軽く睨むと、落ちていた"何でも券"を拾い上げた。
「……は?白紙…?何も書いて 」
プレゼントした"何でも券"には何も書かれていなかった。確認していると指で挟んでいた紙が一瞬のうちにシュッと抜き取られた。顔を上げれば先程まで枕に突っ伏していた真田がピラピラと紙を振って意地悪く笑っていた。
「さてと、次は何をプレゼントしてもらおうか」
「へ?いやだって…今…」
「ここにはまだ何も書いてない。まだ、この券は有効だろ?」
「ッ!?きっっ汚ねぇ…ッ書いたっつったじゃないっスか!!」
「ちゃんと確認しなかったお前が悪い」
「む、無効っスよ、ンなもんッ人の体こんなにしといて…!」
「放棄するということか。お前の肩、壊れていいんだな」
一度肩が外れると癖になるからなぁと言いながら、ポンと肩に手を置かれると、順平は見る見る情けないような顔に怒りが混じってクチャクチャになっていた。
真田は鼻歌でも歌いそうなぐらいに機嫌を良くし、服をさっさと身に着けていく。
「…っ、じゃ…じゃあ、何であんな…あんなキス欲しがったんスか」
「…ん?」
「キスぐらい、してぇんなら無理矢理押し付けてくればいいじゃないっスか」
「……お前からあんなに積極的にされるのは初めてだった」
「え?」
「キスを嫌がれていい気なんてしない」
「それ、は…だってそんなの、マジみてぇじゃ…」
「だから 」
その後の言葉は繋げずに、ただ真田はしおらしく笑った。順平は目を見開いた。
だってそんなの。
そんなの。
マジ、みてぇじゃねーか…
「これ、じっくり考えさせてもらう。覚悟しておくんだな」
ポカンと突っ立ったままの順平を置いて、真田は笑みを残して部屋に戻っていった。
そのただの紙に、世界で1枚だけ、1人だけに効力がある紙に、何を書いてくるのか。そんなことはもう頭には残っていなかった。
違う。違ぇんだよ。キスは…ただ、勢いで…そう、勢いで、流されて…だから、だから。
そんなこと、ありえるはずが。
それは最後の。
「もう、何も残ってねぇ…全部…取られたってのか…?」
あんな風に貪って、思い切り最後の切り札投げ捨てて…
これじゃまるで…
頭をブンブンと振って余計な雑念を振り払う。あれは事故の類だ。気にすんなオレ。
胸の上についた痕を擦りながら、深く深く溜息をついた。恐らく何かの処置をしなければ学校で冷やかされるのは目に見えている。どうしてこうも真田は考え無しなのか。
「あーあ…どうせなら可愛い女の子にあーゆーキスされてぇよなぁ…ンで真田サンなんかにオレ…」
気持ち良く感じてしまった事実に頭を悩ませながら、明日の不幸にまた溜息をついた。
HAPPY じゃない BIRTH DAY
でもひとつ。
「生まれてきてくれてありがとう」
fin. 真田の誕生日:9/22
2007/10/13