種はひ
「ちょっ…、無理、さすがに…」
ここにきて渋る順平に荒垣は溜息を一つ吐くと、順平の後ろに回って羽交い締めにした。もちろん、いきなりの乱暴に順平は驚きと先の恐怖に更にもがくが、拘束する手に少し力を加えて動きを封じる。
「おいアキ、さっさと服脱がせろ」
「い…いやいや、ま、待って!待ってくださいって!い、いたた…痛ぇって…!」
「回してるお前の腕が邪魔で脱がせられないんだが」
「お、落ち着いて、一回…一回止めましょうって、ちょっとタイム…!」
「んなもん、下は脱がせて、前は肌蹴させりゃいいだろ」
順平の喧しい喚きは無視して、二人は淡々と行動を進めていく。進めるしかないのだから。
にも拘らず、本気で暴れる順平に嫌気がさした荒垣が腕に力を入れると、一回り以上体格差がある順平は身動きが全く出来なくなる。それでも抵抗なのか、嫌悪感を抑えられないのか、苦虫を噛み潰した様な顔を見ると、荒垣の苛立ちが募るばかりである。
…ったく馬鹿野郎が暴れるんじゃねぇよ…、つーか誰のためにやってると思ってんだクソが。こっちだって好きでやってんじゃねぇんだよ。こんな極限状態じゃなきゃ出来るわけがねぇ、こんな狂気染みたこと。
心中で毒づきたくもなるのは当然だった。荒垣も、そして真田もやりたくてこのような強行手段をとっているわけではない。むしろ順平のためにと一肌脱いでいるのである。それなのにこんな拒絶の仕方をされれば誰だって気分の良いものではない。
全く、とんだ災難になったもんだ…
荒垣は事の始まりを呪った。
午前0時 影時間。
いつも通りの討伐だった。メンバーの様子も体調も特に変わらず、タルタロスの構造もとりわけ可笑しいものではなかった。それでも強いて違うところを挙げるとするならば、厳しかった残暑がここ最近いくらかマシになった分、討伐時の不快指数が減少した、その程度だろう。
探索を行っていたその階層は、シャドウの攻撃が物理寄りで強力だった。一撃の破壊力が凄まじいため自然とメンバーの選考も限られてくる。皆を率いるリーダー役である少年と、荒垣、真田、そしてオルギアモードを酷使し過ぎた為アイギスと交代で順平が参戦した。この火力と打たれ強さを重視にしたメンバーでタルタロス攻略をしたのが昨日。
影時間も随分経った。階段も大分階数を上り、隅々まで探索をしたその頃には、体力も気力も尽きかけて、そろそろ引き際だとエントランスに戻ろうとしたときだ。丁度ポータルを見つけて帰還しようと全員が油断したその隙をつかれた。
「っうわ…!?」
「ぐ…!」
背後から何かが全力でぶつかってきたような重い衝撃があった。たまたまやや後ろにいた真田と順平がその攻撃を受け、驚愕と苦悶の声が漏れる。遅れてリーダーである少年と荒垣が驚いて振り返る。
その場にうずくまっている真田と順平、その後ろに恋愛のアルカナであろう、ピンクの仮面をつけたシャドウが佇んでいた。まるで雨にぬれたかのようにその身から黒の液体をポタポタと滴らせながら止まっていて、何故か追撃をしかけてくる気配がない。
奇襲にもリーダーである少年の判断は素早く、的確だった。倒れ伏す二人を庇うように前に出て、ペルソナを召喚した。佇むシャドウにペルソナの鋭い一撃が正面から入り、そのまま後方に体を浮かす。僅かに遅れて荒垣が召喚し、浮いたシャドウの身を宙に駆けたカストールがその上から勢いよく踏み潰した。シャドウは潰されて衝撃と共に黒い身を飛散させた。最初の突飛な攻撃に比べてシャドウそのものは実にあっけなかった。
「大丈夫?」
「…情けねぇな、アキ」
荒垣の見た目には二人は怪我は負っていないようだった。安心したこともあって、いつものように真田をからかった…のだが、二人は俯いたまま動かない。少年が順平を助け起こすと、体が弛緩しているのか自身を支えられずに少年にもたれかかっている。顔を覗きこむと目の焦点がどこか定まっていない。
少年に支えられている順平に荒垣が呼びかけてみるが反応がない。次に数度軽めに頬を叩くと、ようやくそこで目に光が戻った。
「あ…あれ?オレ…」
何度か瞬くと正気に戻ったようで、不思議そうな顔で状況を確認し始める。真田は同じタイミングで頭を振って自力で覚醒した。立ち上がり、同じように状況確認をしている様から、特に体に異常は無いようだった。
「おい、アキ…」
「…心配ない。大丈夫だ、どこも 、…!」
立ち上がった真田の顔が歪む。リーダーに介抱されていた順平も自分の体を抱くように体を屈めだした。
「おいっ、アキどうした?」
「い…いや、っ…」
真田は戸惑うように自分の腕を掴んだ。目に見える怪我はないから訊くしかなく、しかしどうしたと聞いても言葉を濁される。
一方、順平は立つことも出来ないようで、何かを抑えるかのように自身の体を強く掻き抱いていた。
「…ンだよこれッ…、熱い…!」
突然の異変に少年が慌てて魔法で治療を試みるが、効果がない。真田は何か困惑しているようだが自力で立てているのに対し、魔法での治療が効かず、依然苦しそうに呻く順平に只事ではないと抱え上げて、すぐさま帰還し、その足で桐条の病院へと向かった。
「…やれやれ、どうなっているんだ…」
S.E.E.Sのメンバーが待機する病院の待合室に美鶴が対応に苦慮した様子で入ってきた。
「どうだ?」
治療を受けた二人の容体を荒垣が美鶴に尋ねた。美鶴は肩を竦めて、頭を振る。
「参ったな…医師も匙を投げたよ」
美鶴の指示のもと、影時間が明けてすぐ、深夜だったが救急として二人を病院へと運び込んだ後、まず検査へと回された。ペルソナの治癒でも効果がなかったのだ、処置をするにしてもまず原因が分からなければ対処できない。
原因不明の病状で検査自体に時間がかかり、更に結果が出るのもまた時間を要した。メンバーは病院で検査結果を待つつもりでいたが、結局時間がかかり、待機したところでどうしようもないという理由で美鶴は一旦自分以外のメンバーを寮へと帰した。しかし、心配したメンバーがそう大人しくしていられるわけがなく、一時寮へと帰り休息をとったが、数時間後には早々に病院へと戻ってくる始末だった。
その間一通りの診察を受けた結果、順平の方は若干脳波に乱れがあり、筋力が低下していた。真田の方は興奮系の神経伝達物質が通常値より多く分泌されていた。だが、これらの症状が特別異常というわけでもなく、一応通常値に戻すために処置してみるものの、全く効力がないのである。
暫くベッドで休ませていると、筋力は多少衰えているものの、順平の方は大分回復した。真田は、問題ないとそれ以降の検査すら拒否する始末だ。
ようやく面会が許されたメンバーは体を起こしている二人に寄り添う。特に衰弱した様子もないことに安堵しつつも、原因不明という一抹の不安はあるので、急かさない程度に様子を訊いた。
「 で、体の調子はどうなんだ?」
「んー…ちょっと体が重いっスけど、あの熱さも大分引いたし、苦しくもなくなったっスかねー…」
「俺は問題ないと言っているだろう」
荒垣の問いに、大丈夫だと答える二人。順平は違和感を覚えながらも楽になったと言うし、真田は妙に検査を嫌がっている。診断結果もそれほど問題とは思えなかったし、その処置も意味がなかったため、二人がどう言おうがどうすることも出来ないのだが。
「あ、そういえば…検査してるときに言われて気付いたんスけど…」
そう言いながら、順平が後ろを向いた。うなじ部分を擦りながら、ここなんスけど…と言われて三人がのぞきこむ。
「何だ…こりゃあ?」
「手…?いや、羽…?」
よく見ると順平の首に一円玉ほどの小さな黒い模様があった。血管かと思うような細い黒の線がまるで蝶や羽を思わせるように左右五本ずつ伸びている。
「ここも一応検査してもらったんスけど、悪性の腫瘍でもないし、ホクロでもないし…攻撃受けた時の傷かと思ったんスけど 」
「ああ、そういえば…そもそも、あの時何が起こったの?」
リーダーの問いに、順平はううん、と首を傾げた。
「何がって…オレもいきなり後ろからだったからなぁ…思い切り突き飛ばされたみてぇな衝撃がきて、そのまま一瞬意識なくして…」
「じゃあやっぱりその模様は、その衝撃の時に出来たものかな。その後は何もなさそうだったけど?」
「目が覚めたときは何が起こったか分かんなかったし、異変を自覚してから急に体が熱くなって…こう、なんつーか、奥がザワザワする感じっていうか…」
順平は困ったように眉尻を下げた。荒垣が視線を真田に移すと真田が口を開いた。
「俺はそんな模様なんてどこにもないしな…確かに衝撃はきたが…あ そういえば、俺はどちらかというと横からだな」
「横?」
「順平の方から、軽い衝撃があった。その後俺も一瞬意識がなくなって…」
「異変は順平に比べてマシなように見えたが…?」
「あ、ああ…特に何も異常ないと思ったら、その、急激に、熱が…」
「あれ、真田サンも熱くなってたんスか?」
「え、あ、ああ…」
口ごもる真田に、荒垣が急かすが、中々先を話そうとしない。多少の苛立ちを覚えたが、辛抱強く我慢していると、妙にとりわけ美鶴を気にしている。いや、美鶴だけというよりその周辺にいる女性陣に対してか。チラっとそちらを見たかと思えば、慌てて目を逸らし、助けを求めるかのような目をして荒垣を見るのだ。理由はよく分からないが美鶴を含めた女性陣がいるために話し難くなっているのは明白だった。
「桐条、後は俺とリーダーがついてっから、お前は皆を連れて寮に戻ってろ」
「いや、しかし…」
「原因も分からねぇし、ここでぞろぞろ居ても仕方ねぇだろ。とにかくもう少し休ませてからどうするか決めた方がいい」
「……分かった。何かあれば医師や関係者に私の名前を出してくれ、この事は伝えておく」
少し考える素振りをしてから頷いたことから、納得したわけではないが異論を唱える程でもないと思ったのだろう。美鶴は心配してついてきていた他メンバーを連れて、病院を離れた。これでいいかとばかりに視線を真田に戻すと、真田は詰めていた息を吐いた。それでもまだ言いにくそうにしていたが、他二人にも先を期待されて見つめられるので困惑した表情で、真田にしては歯切れの悪い口ぶりで話し出す。
「いや、だから、俺は普段からボクシングとかトレーニングとか討伐で発散してるからこんなことありえないわけなんだが 」
「回りくどい奴だな、はっきり言えよ」
「…だから、その、興奮するというか、あー、興奮が治まらないというか、我慢できないというか…」
「……何だそれ、発情か?」
「っ動物みたいに言うな!」
呆れたような口ぶりに真田が噛みつく。まあ、そういうことなら確かに女に言うのは躊躇うか…荒垣が思うのはその程度だった。むしろ原因不明の症状にしてはこの程度で安堵したということもある。一方、黙って聞いていたリーダーは不可思議に首を傾げながら順平にも問いかける。
「順平もそんな感じ?」
「んー…オレは何つーか…酷い筋肉痛みてぇな、動きがちょっと鈍る感じあるじゃん?それっつーか…」
「真田先輩みたいな感じは?」
「え、いや、熱いけど…我慢できないとかじゃなくて、そっちより何かもっと、ザワザワする感じ?胸のへんが…」
何となくの程度なのだろうが、順平は自分の胸を押さえながら状態を説明する。その押さえる手も若干だが指先まで鈍い感覚がして顔を顰める。
「二人の症状、ちょっと違ぇのか?そういやアキはすぐに自力で置き上がったしな…」
「俺は別に体は重くも鈍くもないし、正直その、発散すれば、問題は 」
リーダーである少年は更に首を傾げて考えた。症状自体はそれほど深刻とも思えないが、シャドウが関係しているのは間違いないし、特に順平の方は精力が増進しているだけではなさそうだ。このまま様子見というのも不味い気がする。
この件を相談出来るところ、人と言ったら
少年は立ち上がって、三人にここで待っているよう伝えた。
「あ?どこ行くんだよ」
「ちょっと…詳しそうな人にあたってみます」
「ああ、そりゃ"種"だね」
「種…?」
ポロニアンモールの古美術店「眞宵堂」。骨董やアイテム、更にはシャドウ関係にも精通している、人を寄せ付けないような雰囲気のあるクールな女店主が営んでいる。その女店主に事情説明をすると、意外にもすんなりと答えが出てきた。こんなことを訊けるのは此処か、ベルベットルームぐらいなものだったため、安堵したのは言うまでもない。
「昔その実験記録 …、あぁ、いや、まぁそんな症状の資料、見たことがあるよ」
知りえた情報を濁す様に、あえて少年は触れないようにし、それで、と解決策を促した。
「普通シャドウは精神を喰らうんだが、シャドウの性質の一つに特有の個体と一体化したい原理があるらしいのさ」
「特有の個体?」
「ペルソナ使いだよ。後天的…だったけど、ペルソナ使いにシャドウが襲いかかるのを見たことがある」
「襲いかかるって、シャドウはそういうものじゃないんですか?精神を喰らうって…」
「それが影人間になるようなものじゃなくてね。個体そのものに融合しようとしたり、個体に植え付けた一部を肥大化させたり…そういった現象が起こったのさ。つまり種と同じで、宿主に寄生する、と思ってもらえればいい」
少年の考え込む仕草に、店主は結論を先に告げた。
「シャドウってのは元々ペルソナと同じで人間の体の一部なんだ。それを放っておくと、精神が乗っ取られたり、最悪同軸に精神が混在することになって、耐えきれなくなった本体が壊れてしまう。昏睡状態とか…最悪植物状態、そんな可能性もある」
「え…!?」
衝撃なフレーズを耳にして、いつも冷静な少年もさすがに目を見開いた。淡々とそれでも真剣に話すその表情に嘘なんてなく、それ故に絶望的だった。
それを見かねて店主は息をひとつ吐くと、腕を組んで姿勢を崩した。
「ま、安心しな、その症状の対処法は既に確立されてる」
「…そうか、よかった…、その方法は?」
放っておくと最悪の事態になる症状とはいえ、対処法があるなら、と大きく安堵した。が、次の言葉でまた衝撃を受けた。
「対象が男でも女でも関係なく 性交時の精液と、それに伴う精力を与えることだ」
少年は、再度目を見開いた。一瞬、唐突に何を言われたか理解出来ず、理解してもその方法がやっぱり理解出来なかった。その顔を見て、店主は至って真面目な顔で再度重要な部分を復唱した。
「精液だよ、要は性交渉して精液を注入すればいい」
「…、…え?」
「精液。ちゃんと精子が生きている新鮮なやつ」
「……」
同じことを淡々と復唱されても、仕組みとして理解出来ても、分かりたくはなかったし、凛とした女性から精液という単語が出てくることも不釣り合いだった。しかし医療的な意味で言っているので、本人は全く恥じらいなどないし、もちろんこちらだって覚える必要はないのだが、それでも、処置方法として精液が必要というそのこと自体を理解したくはなかった。
「種って言ったろ?一部を残すってのは、種付けと同じなのさ」
「え…と、医療的に注入するのは…」
「冷凍精液は駄目だ、受精するって話じゃないからね。精液とその精力でその種を殺すってわけさ。種自体にそこまでの活力はないからね、相殺するんだ」
「…それ以外の方法は 」
「ない」
キッパリハッキリと言われて、それ以上は追及出来なかった。突拍子もないこととはいえ、それしかないのなら、性交渉が必須事項なら仕方ない。仕方ないとはいえ、けれど
躊躇う素振りを見せる少年に、店主はいつもの鋭い眼差しを更に鋭くした。
「治療に何を戸惑う必要があるんだ、そんな時間はないよ」
「え?」
「種ってのは、体を浸食されているのと同じだからね。動きが鈍っている方は手遅れになる前に一刻も早く処置してやった方がいい」
強い眼差しに、コクリと少年は頷く。そうだ、対処法があまりにも常識外れだったために動揺したが、昏睡状態もあり得る恐ろしい事態だった。ここでまごついている場合ではない。
しかし 、ふと思った。真田と順平、二人の症状は若干違う。順平は何としてもその方法を試さなければならないとして、症状が軽く見える真田も同じ方法でいいのだろうか。
「二人ともその方法でいいんですか?症状が違うみたいなんですけど…」
「もう一人…浴びた方は、その効果が飛び火してるだけで直接種を植えられたわけじゃない。横から衝撃がきたって言ってたろ?まぁ、つまり、一体化したいという欲の意識に引き摺られて強制的に性欲が異常に高まっているってだけだから、解消してやればいい」
「ただ、性欲が増進してるだけ…?」
「…と言っても、多少ってレベルじゃないだろう。並の人間相手じゃ相手がもたなくなる可能性がある。丁度いいじゃないか、その二人で行為を済ませば一番効率的だろ」
「……」
「 ということ、らしいのですが」
「……」
「……」
「……」
「え…、ええっと…、それ、えっ…?」
病院に戻った少年の説明に荒垣、真田、順平の三人は絶句した。あまりの展開、結論に呆然としたという方が正しい。重苦しい沈黙を破ったのは、順平だった。というより、理解が追いついていないような素っ頓狂な声が漏れた。
「…じょ、冗談っスよね…?」
「…ならいいんだがな」
「だって、そんな無茶苦茶な…!」
「そう、僕も思ったけど…対処法もそれ以外分からないし、やってみるしか…」
少年の困ったような、しかし正論に順平は数度パクパクと口を開閉し、それでも納得がいかないのか、また拳を振り上げて声を大きくした。
「そんな…な、なんで…真田サンとなんて、んな…ありえねぇ、おかしいだろ!」
「なっ、なんだ、その拒絶の仕方は!俺がそんなに不満だっていうのか!?俺だってお前となんか 」
「相手の問題じゃないっスよ!何でオレが男とヤらなきゃ…!」
「順平、落ち着いて…仕方ないだろ、四の五の言ってられる状況じゃない」
「っな…わ、分かってっけど…そんな、簡単に割り切れるわけねぇだろ!」
当然と言うべきか、順平にとって混乱するのも尤もな話である。このままだと最悪昏睡状態、その唯一の対処法が性交渉だという。しかも男相手に自分は受け入れなければならないという。頭でその方法を試すしかないと分かっていながら、納得出来るものではなかった。
「割り切れなくても、とにかく時間が惜しい。順平、準備を 」
「っ…!他人事だと思ってオマエ…!…あーそうか、冷静なリーダー様はこんなことじゃ動揺なんてしねぇもんなぁ!?」
「…よせ、順平」
順平は青ざめて軽くパニックになっているように見えた。リーダーに八つ当たりする様も、どこか悲哀を誘うというか。リーダーもそうだったのだろうか、怒りもせず、変化が少ない顔でも分かるぐらい、困った顔をしていた。
順平を宥めながらも荒垣は同情せざるを得なかった。そりゃあ、唐突に性交しないと植物人間同然と言われて平常心を保てるわけがない。その上、女としろと言われても戸惑うのに、男としろなんて酷過ぎる。しかもコイツはそっち方向にはてんで経験や耐性がなさそうだ。
「真田先輩とは…その、絶対条件じゃないし…順平が嫌じゃないなら僕が 」
「はぁ!?オマエとなんかゼッテー嫌に決まってんだろ!」
荒垣は目を覆った。善意なんだろう、リーダーは順平を助けてやりたい一心で譲歩案を出したんだろう…が、更に意固地にさせてどうする。今までの会話から、意地でもリーダーの助けは借りない勢いだ。
仕方ない。少し乱暴でも何でも、順平にその気がなくても、事を済ますしかない。俄には信じ難いが、それしか方法が無く一刻を争うとなっては狂っているとしかいえないこのやり方でも仕方ない。荒垣は少し凄むように順平の前に立ちはだかった。
「おい、順平」
「っ!は、はい…」
剣幕に気圧されて順平は少し肩を竦めて返事をした。ほんの一瞬だったが反射的に恐らく逃げを考えたのだろう、後方を確認したのを塞ぐように、荒垣は更に身を寄せた。
「やらないといけねぇのは分かってんな」
「そ、それは…」
「時間がねぇのも分かってんな」
「…で、でも…」
「じゃあ、腹ァ括るしかねぇだろ」
「……」
「ここで断るんなら、自分でどうにかするってことになるが…出来んのかお前に」
「……」
順平一人でどうにか出来るわけがなかった。一つしか方法がなく、何とかするには見知らぬ男に抱かれるなんて、まして男を誘うなんて、更に無理な話だった。現実を突き付けられて、ぐっと、泣きそうな顔になる。
「お前は助けてもらう側だ。俺らだってお前を見捨てたいわけじゃない、分かるな?」
そこまで言われて、順平は小さく、けれどコクリと頷いた。
それを確認すると同時に荒垣は順平の腕を掴んだ。驚く順平に黙ってついて来いとだけ告げる。
「ああ、リーダー、悪ィが色々準備頼む。一時間ぐらいで寮に戻る」
「…分かりました」
「おい、シンジ…!」
少年はすぐに察して頷いた。何か言いたげな真田を制して、説き伏せてもくれていた。順平はただ困惑するばかりである。何をするのか、どこに連れて行かれるのか、何故荒垣が、など色々順平は疑問があったが、先程諭されたばかりで、口が開けない。荒垣は荒垣で、何をするのか言ってしまえば釘を刺したとはいえ、渋って面倒なことになるのが煩わしくて問答無用で連れて行く。
荒垣は病院の受付の前で順平を待たせて、一人看護師を呼びつけた。桐条の名前を出してから、順平に聞こえないように声を潜めた。
「内科…いや、消化器科か?何でもいい、腸内洗浄をしてほしいんだが「も…もう…無理…」
あの後、実際に腸内洗浄を行われるまで聞かされていなかった順平は案の定直前でぎゃあぎゃあと喚きだしたが、荒垣の一喝と、強制的に行われた洗浄で、食いしばって小さく震えるしかなかった。
腸内洗浄で既に体力を奪われてぐったりしかけている順平を寮へ連れ戻し、先に帰宅していた少年と少し会話をして、手を緩めることなく上の部屋へと連れて行く。
荒垣の部屋に入ると、真田が既にベッドの上への陣取っていた。その横には少年が用意してくれたらしい"色々"が入った紙袋も置かれていた。
「アキ、いいか」
「…早くしろ」
仏頂面ながらも拒否しない、その白い肌にはほんのり赤みがさしている。目も先程よりどこか獲物を狙うようなギラギラとしたものになり、血走っている。例の影響が出始めているだろうことが見てとれる。
「ああ、やっぱりヤバそうだな…、アキ、俺も混ぜてもらうぜ」
「何でお前とやらなきゃならない」
「やるつもりはねぇさ、だが問題のある二人だけにするわけにいかねぇだろ」
「っへ…?荒垣サンも!?」
拒絶が尋常じゃない順平と、今にも暴走しそうな真田。拒む順平に業を煮やした真田が力尽くで、何てことになれば惨状が目に見える。
二人とも制御出来ない状態にならないよう、セーブする人間がいるだろう。この場合女性陣に任せるわけにはいかないし、話が分かっている荒垣かリーダーである少年しかいない。
少年の存在は今の順平には刺激になりかねない。また妙な意地を張られたら面倒だし、他の面々に知られないよう、万が一の場合上手く悟られないようにしなければならない。真田の暴走を止めるなら腕力的にも荒垣が適任だろう。他面々をコントロールするのもリーダーたる彼が適任だ。
「え、いやいやいや!見られながらとか何のプレイっスか!?初心者にいきなりハイレベル過ぎるっしょ!?」
「あー…ったく、オメェはいちいち騒ぐんじゃねぇよ」
腸内洗浄で疲れ果て大人しかった順平が、荒垣が加わると聞いて喚きだす。更にまた逃げだそうと体を後退させるので、掴む腕に力を込めた。
「順平、いい加減にしろ」
「だ、だって、ただでさえオレ…!」
「…オメェ、アキにマウントとられて返せんのか?」
「えっ、は…?」
「興奮状態のアキに丁寧に、なんて無理な話だ。絶対怪我するぞ」
「う…」
「それに一発ヤって終わるとも限らねぇ。気が済むまでってなりゃ…体力が尽きるのはどっちが先だ?」
「…!、……」
「ほら、こい」
嫌なことがどんどんと増えていき、それでいて皆正論で返してくるので反論が出来ない順平は、結局黙りこんでプルプルと悔しさと不安に震えるしかなかった。
荒垣が動こうとしない順平を真田のもとへと連れていく。真田も覚悟を決めたように、顔を強張らせて石のように固まった順平をベッドへ引き上げた。
順平はちらりと自分の腕を掴む手を見た。いつもの革手袋は外されていて、普段見ることのない白く長い美しい指が絡まっている。それでも順平の腕を楽々と掴めるほどの大きさで、肉に食い込んでくるような力だ。その力と白さが今は何だか生々しくて、引き寄せられたその身を咄嗟に仰け反らせた。が、離れた分を後ろから押し返されてしまう。
「あ、荒垣サンっ何で押すんスか!?」
「オメェが下がってくるからだろ…とっとと脱げよ」
「いや、その、ほら、オレ…そう、風呂!風呂に入ってないし、真田サンだって嫌っスよね?」
「構わん、さっさとしろ」
「え…!?あ、でも…オレにも心構えっつーか何つーかそういうのが…」
「ごちゃごちゃ煩い奴だな全く…!」
「おい…」
あえて空気を読まないよう徹する順平に、苛立ちが勝った真田が覆い被さろうとすると、荒垣が後ろから手を回し順平を引き寄せて割って入る。
「シンジ…!」
「…分かってる」
吠えるように真田が荒垣に異議を唱えれば、宥める様に、手をかざしてそれを制す。そして引き寄せた順平に顔を寄せ、声を落として言った。
「順平、長引かせればその分抑えきれずにどんどん凶暴になるぞ…マジで喰われてぇのか」
「っ…!」
その声に正面の真田を恐る恐る見ると、力を込めているのか、鍛え上げらえた筋肉が服越しですら分かるほど隆起していた。じっとこちらを睨みつけるその眼も、色素の薄い瞳まで達する程血走っており、端正な顔立ちが獣のそれに近づくかのように険しくなっている様を確認して、荒垣の腕の中でぶるっと大きく震えた。
後ろに荒垣、前に真田、二人に挟まれた順平は、これから自分の身に起こるであろうことを想像して、種の影響があるにもかかわらず青ざめるのだった。
to be continued. 2014/11/10