破壊衝動
触れたらいけねぇもんほど壊したくなる。純粋なもんほど汚したくなる。眩しいもんは暗ェとこに引き摺り落としたくなる。
しちゃいけねぇことは、余計にしたくなる。それをセーブしとくのが人間の理性ってもん…だが。
その理屈は自分と相反する 綺麗なものの場合だ。
なら、汚れてるもんは汚れてる奴が穢しても…別に構わないはずだろ?
「 …ん゛、……ッち…」
…またか。俺は昔から睡眠が浅いというか、深い眠りにつけずにすぐ目が覚めちまう質だ。5時間も寝りゃあ5、6回は目が覚める。朝弱いのもコイツが原因のひとつじゃねぇかと思う。
…今、何時だ?目覚まし時計を自分の方に寄せてライトを押すと、目に痛い光が時間を照らし出す。
00:20
影時間が過ぎてすぐか…考えれば人より多少多めに寝れるのは影時間の唯一ありがてぇところかもしんねぇな。そんな風にどうでもいいことを思いながら、一呻りしてから目を瞑った時だった。
カタン、ガタン、
と物音がした。特に気にする程ではなかったが、やけに音が長く続いているような気がした。
「っ…ん、ぁ…」
「じゅ、ん…ぃ」
…声もする。隣、か…?ベッドに引っ付いてる壁に耳を寄せると微かに、本当に微かに切れ切れに声らしきものが聞こえた。
隣、つまりアキの部屋、だな。何の声だ。こんな夜中に…あの野郎トレーニングとかしてんじゃねぇだろなァ…、そう呆れかけた時、ガタリと今までより大きな音が聞こえた。
「 ッ!い゛っっ痛ェ!!痛いって!!無理に足開かせないで下さいよッッ」
「おいっ、声が大きいぞ」
「オレ身体硬ェんスから…!マジ攣るっての!!」
この声 順平、かァ?ンな時間に2人で何してやがんだ?ストレッチでもして…いや、こんな時間にありえねぇな。とにかくどうでもいいがさっさと寝ろよ、いや俺もだが。
「…ここ、か」
「んっ…!さな…っ、ふっ…んぅ」
…!?微かに拾った声が明らかに可笑しいことに気付いて、もう一度耳を澄まして精神を集中させて聴くと異常にハッキリと聴こえた気がした。
それは聞いたこともねぇ順平の情事中と決定付けるに十分な甘ったりぃ喘ぎ。変に抑えたような声が逆に生々しさを際立たせてやがった。
驚きと同時に耳を壁から離す。…全然気付かなかった。そんな素振り…確かにやたらと仲がいいとは思ってたが、元々人懐っこい野郎だからとしか。
あのアキが…?色恋沙汰なんざ何も知らねぇ風のアイツがよりにもよって男と、後輩の…順平と?それに順平もだ、何でアキになんか。
暑い中、薄いタオルケットに包まったが、あの喘ぎが耳の奥にへばりついて気持ち悪い。胸がムカムカしやがる。虫酸が走るってのはこのことだ。
余計に眠れなくなった頭までタオルケットを被って、とりあえずテメェらそのまま逝けと呪いつつ暗闇の中で意識を手放す努力をし続けた。
昨夜のことがあってから注意して2人を見てっと…確かに、可笑しい。
何気ない会話にも気遣いがある。手を置く肩にもビクついたり頬を緩ませたりしやがる。タルタロスが無い日にはアキが順平を見つめたり、順平が部屋に行きたいだの来ませんかだの見上げる視線に意味を込めつつ誘ったりしやがる。
タルタロス攻略の日は疲労が酷いせいか、ぐったりしたまま大人しく部屋に戻ることが多い。その間、体力が余ってるアキはそれとなしに順平に視線を送ってやがったが、バテんのが早ぇアイツは瞼を重そうに早々と部屋に戻ってくばっかだった。
視線で追ううちに腹が立ってきたのが分かる。
何故だか盗られた、そんな風に。ガキの頃から支えてきたアキと、それとなしに懐くのを可愛がってた順平、両方に。それはむしろ裏切られたっつう痛みで。
純ぶりやがって…オメェらもドロドロに汚れてんじゃねぇか。
だからといって俺に何か出来るわけじゃねぇ。気持ちの悪ィことが今日隣で行われないことだけを微かに願いつつ、睨むような視線を投げるしかできないまま 日曜。
タルタロス攻略が続いていたせいもあって、起きたのは昼頃だった。
ダルい体を引きずらせて起きるとラウンジには山岸しかいなかった。
「あ、おはようございます…というかこんにちはですね、先輩」
「ああ…まあな……おい、誰もいねぇのか?」
「はい。夜には皆帰るって言ってましたけど…ご飯は寮で食べるって言ってましたし……あ、順平くんだけ見てませんね…まだ寝ているのかもしれません」
「…そうか」
暫くはカウンターの椅子に足を組んで腰掛けて、いつもの癖で足先をブラブラさせてた。その足先をなんとなく見つめてると、眩暈のような酔った感覚になった。胸の辺りがムカムカする。
…この、感覚。虫酸が走る、それは…アイツらの
そう思った瞬間足が動いた。
何を企んだのか。あるいは何も考えて無かったのか。ただ、関係を知った俺が何か出来るわけじゃねぇと思ってたその思考があっという間に消えていた。
愛しさは憎悪に変わる、とかいうのが今ならなんとなく理解できねぇでもねぇ気がした。
2階に上がると丁度順平が部屋から出てくるとこだった。
「あぢー…死ぬー…部屋ん中で脱水症状なるっつーのー……って、荒垣サ !あ゛ー…うわぁー…」
汗で肌とくっ付いて気持ち悪ィのか、タンクトップをパタパタと引っ張ったり腕を中に入れたりしてるアイツは、俺をこの世のもんとは思えねぇって顔をして凝視すると、はぁぁ…とため息をついて目を瞑りつつ頭を振る。
「…っ、…ンだテメェ」
「何って…荒垣サンさぁ…っっ暑ッ!!その服装見てるだけであっついっ!!目に毒ッ!このクールビズの時代になんで1人温暖化みてーに…!!」
「…あ゛?だったら見んな、…テメェのやりてぇようにして何が悪ィ…」
大体そんなに暑いなら、もー脱いじまえと思うが、いつ女が帰ってくるかもしんねぇ寮じゃさすがに上半身裸って動き回るのは不味いらしい。これだけ肌、露出してりゃ同じだろうに。
「…すんません。ゴメンナサイ。ずっと、コート着ててください…ちょっと今の威圧で冷えたし…」
「馬鹿野郎。ったく…ちゃんと汗拭いとけ。風邪引くぞ…テメェ1人の体じゃねぇの分かってんのか」
「えーそれ、オレの身体は荒垣サンのものって言ってんスか?そんな所有物扱いみてぇな恥ずかしいこと言っちゃイヤンですよ」
「…、…」
順平のふざけた台詞に言葉を詰まらせ黙りこむ。ああ、頭まで痛くなってきた。顔を引き攣らせ、眉間に手をあてる。本当にコイツは。
「……」
「……」
「…え、えっと…ツッコミ…」
「……」
「ッッぐあ!?っっいっってぇぇぇ…ッツ、…酷いっス!痛ぇっスよぉ…冗談じゃないっスかぁ…っ、無言で腹蹴ることないっしょぉ…」
「お前…」
「もー…分かってますよー風邪なんか引いたらみんなの足手まといになって迷惑かかるって言いてぇんでしょ」
「テメェ分かってんなら、くだらねぇこと言ってんじゃねぇ」そう言えばコイツは「すんませーん」と悪びれも無く言いやがって、ヘラヘラと笑ってそのまま下に行く、それがいつもの会話の流れだ。ただ、今の俺には笑い事で済ませれねぇもんがあった。
出くわしたその一瞬は、いつもの順平のペースに乗せられて普段通りに振舞えたが、台詞が台詞だ。その純粋な笑顔が嘘もんに見えて気持ち悪かった。腹が立った。その張り付いてるもんを剥がして…壊したかった。
何笑ってんだよ。何だよその冗談。夜中に気持ち悪ィことヤってんだろ。真っ直ぐ俺を見るその目も違う奴を違う風に見てんだろ。
蹴られた腹をわざとらしく抱えながら自分の部屋のドアにもたれ掛かった順平は、急に黙った俺を下から不思議そうに見上げてくる。
「…?…荒垣サン?」
「……笑えねえんだよ」
「え…?」
「…汚ねぇもんは…汚しても分かんねぇ、構わねぇ…そうだろ?」
その時の俺の顔がどんなもんだったのかは分からねぇが、順平の目が大きく開いて部屋の中に足が後ろに下がったのを見た。
そのまま同じように足を前に踏み出すと、また同じように下がる。「え、ちょっと」と言いながら無理に笑おうとしてる順平の顔は、気持ちと全く違うのか思いっきり引き攣った笑いになっていやがった。
どんどん差をつめてると順平がそのままの勢いで後方にあったベッドに蹴躓いて、その体勢のまま倒れこんだ。その隙を逃がさずに順平の体を両腕で挟むようにして上に乗るように覆い被さった。
「ッ…!?ちょ…な、なんスかぁ…荒垣サーン?」
「…いつまで汚ぇ笑い作ってやがんだ」
「えぇ?…な、何言ってんスかー急に…、……あっ、あーオレ、マンガ喫茶でも行って涼んでこよーかなあ…」
わざとらしい…そんなに嘘で固めるのかよ。お前は、お前らはズリィんだよ。自分の汚さを認めろよ。
「…声」
「…へ?」
「テメェら声が煩ぇんだよ。アキの部屋でヤってるとき、俺に気遣う気持ちはねぇのか」
「ッ!?っ…な、んのこと…」
まどろっこしい話はなしにして直球で言うと、黒目を慌てて下に向けてドモり始めた。バレてないとでも思ってやがったのかよ、コイツら。フテぇっつうか厚かましいっつうか、いい根性してやがる。
「人に言えねぇことしてんだろ。アキに…この体、好きにされてんだろ?」
「っ…!」
「…アキに独り占めさせんのは勿体無ぇな、…なぁ?」
顔を寄せて言うと、顔だけじゃなく体まで強張らせる。…っハ、処女じゃあるまいし…今更カマトトぶりやがって。
薄いタンクトップを胸の辺りまで荒く擦り上げると、ショックを受けたように固まったままだった順平が急に声を荒げた。
「荒垣サンッッ!!」
「諦めろ…もう止まらねぇよ」
暴走というより開き直りに近ぇ。気持ち悪ィことを試したくなんのは何の好奇心だ…何の嫌悪だ…?他人のもんの方が美味そうに見える…したら、味見したくなる、ただそんなもんかもしれねぇ。
胸をドンドンと叩くように引き離そうとするが、下からの力はただ振動がくるだけだった。こんなにも俺とコイツの身体の構造は違ぇのか…?
騒ぐコイツを1人冷静に見下ろしてみる。
…まず思ったのは …細ぇ。
タンクトップから見えるラインは、たるんでるとも言えねぇしガタイが良いとも言えねぇ。肩幅なんか、あんまねぇし…骨ばってやがる。
普段からロクなもん食ってねぇみてぇだし、その割りにタルタロスで飛び跳ねてやがるから…そりゃバランス崩れんのも無理はねぇな。こんな身体でよくあんなデカい剣振りまわせてるもんだ。
腹を掴むように触ると驚いたように順平の上半身が跳ね起きる。それを軽く押さえつけて、観察を続行する。
順平の腹は全く肉が無いわけでもねぇし、割れてるわけでもねぇ。かと言って摘めるほど、ゆるんでるわけでもねぇ。適度に張った皮は、女みてぇな何とも言いようが無ぇ柔らかさってのはねぇが、ガキのようなまだほんの少し成熟しきれてねぇような…身体。
たかだか1コしか違わねぇのに、自分のとは…全く違ぇ体。大人かガキか。なんつう危ういバランス。何て…妙な感触。
「さ…真田サンにっバレたら…ッ」
「…!」
アキの名前を口にしたことで順平の身体の興味から一気に醒める。俺の下から逃げれねぇくせして、よくそんな台詞が吐ける。
「バレねぇよ…テメェが黙ってたらな」
「人のこと何だと思ってんスか…!!オレは誰とでもとか…ッ」
「性欲強ぇくせによく言うぜ。ありゃテメェから誘ってんのと一緒だろうが」
「な…っオレは発散する場所がねぇから…タルタロスだって毎日毎回じゃねぇし…ッつか、それとこれとは関係ねぇっしょ!!」
「発散できねぇから…男と、アキとヤんのかよ。女じゃなくてよ」
「ちが…ッ、オレは真田サンがっ…真田サンのことちゃんと ッう゛…ッッ!?」
聞きたくねぇんだよ。ンな汚れたもんを正当化する甘ったりぃ気持ちはよ。
声を殺すように喉仏に噛み付くと、肉食獣に喰われた小動物みてぇに身体を震わせて、濁ったような音で空気を吸うとピクリとも動かなくなった。
「ぁ…っ、…かっ…ッッ」
喉仏の微かに空気を取り込もうと上下に動く運動が歯に当たる。薄くて表面が柔らけぇこの喉の感触。怖さと苦しさと痛みで音の出ない喘ぎをする順平。
この感触、この表情、この支配感。なるほど、アキが手に入れたがるのも分かる気がすると一瞬思っちまった自分も相当腐ってやがる。
「ん゛っ…、ぁ゛…っっ、…は、ぁ゛…!!」
顎に力を込めて歯を喉に食い込ませると、息を吸いながら仰け反り、声にならない悲鳴をあげる。自分が八重歯ならもっと深く傷を付けて血を流せたのか、なんて馬鹿な考えをしつつ、食い込んだ歯をゆっくりと喉から離す。
「っは…おら、呼べよ…アキをよ」
「痛…ぁ゛…かはっ…、ぁ…動物、かよ…ッ…」
「よく言うぜ。テメェだってヤられてっときは動物みてぇにケツ振んだろうが」
「っ…!」
見たことも無ぇような怖ぇ顔で、最低だとでも言うように睨み付けられる。だが軽蔑されるようなことしてんのはそっちじゃねぇか。
「離、せよ…ッ痕まで付けて…こんなん見つかったら…ッ」
「見つけたら…オメェならどーすんだよ」
「は…?」
「多分、鉢合わせしてたのがアキだったら…衝動的にヤってたのはアキだったかもなァ」
「!ちょ…ありえねぇ…真田サンにも手ぇ出す気っスか!?」
「さあな。まぁ、アイツぁ骨折れそうだけどな。アイツを押さえ込むのは体力使いそうだ」
「マジかよ…冗談じゃねぇ…ッ、…やめてくださいよッ真田サンになんてそんな…真田サンは…」
「オメェのもんってか?」
「そーじゃ…ないっスよ…、…親友に…される、とか…キツ過ぎるっスよ…」
俺の下にいて、襲われている最中だっていうのに、アキのことを考えていやがる。アキにだけはなんて、馬鹿じゃねぇのか。
「…それは、庇うってことかよ」
「え…」
「違ぇのか」
「あ…、…いやっつか、それ汚ね…ッ」
「俺は元々汚ぇからな」
「っつ…!……」
喉に出来た傷に舌を這わせると首を反らせて顔に嫌悪を走らせる。それでもハッキリとした抵抗をしなくなったのはアキを庇ってやがんだろう。
…こんなの可笑しいだろ。
なんでそんな関係になんだよ…今みてぇに男とヤんのは気持ち悪ィと思うのが普通だろうが…
綺麗なもんには…触れる気なんざなかった…、…順平…せっかく、あんな光ってやがったのに…汚されてんじゃねぇよ。汚れたオメェが悪ィのか、汚したアキが悪ィのか。いや、自分から汚れにいったのか。
組み敷かれて身体も脳ミソも拒絶してるのを、なんとかギリギリの状態で我慢してる風だった。
見た目には汚れてねぇコイツを、本当にグシャグシャにしたらどうなっちまうんだろう。普段は絶対見れないコイツを、夜には乱れてやがるコイツを…
部屋に適当に飾られてる時計を見上げる。
15:20
奴らが帰ってくるまで…まだ時間がある。
to be continued. 2007/08/01