PERSONA3 UNDER TEXT

赤と白の天秤


      …、…」

 まるで絵になる光景だ。白いカーテンが優しい風で揺らぐその傍のベッドで、リンゴのように艶やかな髪をした女が寝ている。

 そらにその隣では      




「…くそッ」

 あの光景を見ていることさえ苦痛で、逃げるように病室を出た。

 何だ…まるであそこだけ別の空間。俺だけ除け者にされている…そんな風にあそこだけ眩しいほどに白く煌めいていて…

 女はまだ態度が素っ気無いが、前とは比べ物にならない程、微かな笑顔が美しくなっていた。あいつが隣に居るときだけは、まるで花が咲いたように、光が射したように顔を綻ばす。そして、それはあいつも同じだった。

 俺といたとき、あんな笑顔をしていたか?俺にもあの笑顔を向けていたか?

 いや、確かに…あいつはいつも俺に笑顔を向けていてくれた。だが…あんな風に違う奴に幸せそうに笑われると、それまで俺に向けてくれていた笑顔が霞んで      

 俺は…俺は…、おれ、は      




「…何言ってんスか…?」
「あの女の方が大事なのか…って、聞いてるんだ」
「…真田サン」

 いつものように見舞いに行って病院から帰宅した順平を、部屋の前で引き止めて、溜まっていた思いを吐き出した。

 どちらが大事なのか、なんて。言ってはいけないことだということは、分かっている。比べてはいけないことだ。俺も女々しいことを聞くもんだと…

 だが…どうしても順平の口から俺の方が大事だと、それだけを聞いておきたかった。その言葉だけで安心できる。満たされる。ただ、それだけのことだった。

 質問をした途端順平は顔を曇らせて、悲しそうな、怒ったような表情になった。

「真田サン…誰が大事とか、誰が一番とか…そういうのって順番決めるもんじゃないでしょ?」
「いいから、質問に答えろ」
「……」
「順平」
「……今は…チドリのことしか、考えられねぇっス」
「…な、に…?」

 順平はいつもの笑顔で、俺が大事だと…俺を選んでくれると確信していた。だからこそ聞いたのもある。それなのに。

 衝撃に頭が真っ白になりかけて、それでも今の台詞を正当化しようと慌てて都合の良い解釈を並べて順平に問う。

「あいつは…敵だぞ?お前を罠にかけて      
「ハメられたのはっ…分かってる、でも今は敵なんかじゃ…」
「同情か?あいつが情緒不安定な上…妙に懐かれたから同情してるのか?」
「……」

 そうなんだろ?と硬直する顔を無理に引き攣らせて笑い、順平の肩に手を掛けた。そのまま引き寄せようとしたが      手を…払われた。

 顔を伏せた順平は帽子のつばが邪魔して表情を読み取れない。そのまま呆然とする俺の横を俯いて…足早に通り過ぎられた。

 俺を…捨て、た?

「ッツ…!!」

 ガアンッ、と二階に鈍い音が響いた。握り締めた拳が痙攣のように震えだして…抑えられない怒りのまま自動販売機を殴りつけた。殴りつけた拳が熱い。革手袋の皺が伸びていって、じわじわと腫れあがってきているのが目に分かる。…だが不思議なことに痛みは全く感じない。まだブルブルと小刻みに震えている。

「ッ…じゅ…ん…ッツ」
「…、アキ…?」
「!」

 後を追おうと順平の部屋に足を向けたその肩をいきなり掴まれて止められる。振り返れば訝しげな表情で引き止めるシンジがいた。先程の音を聞きつけて来たのだろうか。

「何してんだ、お前」
「…俺…は…、…くそっ!」
「おい、アキっ」

 咄嗟に肩の手を振り解いて、足の向きを反転させて自室に駆け込んだ。


 クソっクソっクソ…ッ!!

 血が昇ってくると、逆に下肢から力が抜けて膝がガクンと折れて、その場に崩れるように蹲って頭を掻き毟る。

 あの女を選んだときの…順平の顔、順平の眼。あれじゃあ、まるで、まるで…

 同情されているのは…俺の方、だっていうのか。




「…!、…真田サン」

 今日もまた嬉しそうに、小さな花束を抱えてあの女の病室に来た順平を同じ階の廊下で待ち構えた。

 俺に気付いた順平は、途端に足取りを重くして、酷く困惑して辛そうに眉尻を下げた。

「綺麗な花だな、尤も…あの女に渡させるつもりはないが」
「っ…真田サン…      わッ!?」

 腕を乱暴に掴んで、空き病室の個室に連れ込む。俺は、悪い事はしていない。必死になるのが格好悪いとも思わない。こういうやり方でしか…気持ちをぶつけられないだけだ。


「何スか!!」
「お前…俺を捨てる気か?」
「な、え…?…っあ、いや…確かに昨日はチドリを取るみたいな言い方したかもしれねぇっスけど…そういう意味じゃねぇし…、分かるっしょ?オレは…」
「分からない」
「真田サンと荒垣サンみてぇな関係なんスよ…チドリとは…大切っつうか…独りにしておけないっつうか…、あー…なんつーか…」
「……」
「オレだって二人仲良いの見てきつかった時期あったんスから…」
「違う!あいつは女だッ…女と男じゃ次元が違う…天秤にかけたら女を選ぶんだろッ」

 お前の眼が、口元が、指先が、全て、全て…柔らかく、優しい。…自分には決して与えられないもの。

 お前にはきっと分からない。その温かい眼も何もかも、彼女に向けているものは、自分では見ることが出来ないんだから。

「ちょっ聞いて…今チドリは精神的にダメージ受けてんスよ。放っておけねえ…、オレが傍にいてやんねーと…チドリにはオレしかいねぇから…」
「精神的になら俺だって、お前のせいで傷付いてるッ、…俺だってお前しか…」
「だから…真田サンなら分かるっしょ…分かってんでしょ…?オレの言いてぇこと…困らせないでくださいよ」
「…何だと?」
「…オレ病室行かなきゃ…約束してんスよ。待たせてる…」
「あの女の所にか…あの女を取るのか、…行かせない…行かせるか…!」
「ッ!!」

 大切そうに握っている花束を無理やり取り上げ、肩を掴んでベッドへ一緒に倒れこんだ。綺麗にメイキングされていた真っ白なシーツが倒れた箇所から波打って乱れた。

 片手で体重をのせて胸を押さえ、膝で太腿を動かないように拘束する。力でなら…必ず負けはしないから。

「真…田サンっ!!」
「今更…女となんか無理だ…お前の身体をそう、したんだからな」
「何言ってんスか…ッ、人の話聞いてたんスか?退いてくださいよッ」
「今日は行くな…俺が大事なら俺を取れ」
「…、……オレが大事ならオレのこともちっとは考えてくださいよ。真田サンの我が儘には付き合いきれねぇよ!」

 胸をより強く圧迫しながら縋るように言うも、順平は呆れ、そして苛立ちの表情になった。吼えるように反論されて、こちらも頭に血がのぼる。

「我が儘?心配して何が悪い…好きな奴が違う奴に絆されていたら心配して、不安になるのは当たり前だろう!!」
「真田サン      …、……好きですよ…好き…言葉で納得するんなら幾らでも言いますよ、けどチドリは放っておけねぇ…駄目なんスよ、毎日顔見ねぇと壊れちまいそうで…自分を傷付けそうで…、いなくなりそうで…怖ェ…」
      !」
「真田サン…好きっスよ…?だから…行かせて下さい」

 俺を押し退けようと…俺の右手に持つ小さな、綺麗な花束を掴もうと必死に手を伸ばしてくる。まるで…俺じゃなくて、その向こうの赤い髪の女に手を伸ばすように。

 言葉では幾らでも言える、か…気持ちは…もう      



「…、もう…いい…」
「え…?」
「もう…いい…選べないなんて、そんな都合のいいことがあるか…、…行かせたくないなら…俺が行かさなければ、いい…話じゃないか」
「真田サン…?      ちょっ!?やっ…んぐっ…!!」

 花を湿らすために茎に巻きつけてあったタオルを順平の口の中に無理やり捩じ込んで、花束を後方に投げ捨てた。

 大声を出されたら堪らないから…興奮して動かない頭なのに変にどこか冷めている。

 抵抗しようとする手を押さえた俺の手が、昨日のように小刻みに震えだした。…また感覚が無い。

「ふぅぅっ…!!んん゛ッッ」

 抵抗しようと、押さえつけた手から逃れようと全身を暴れさせる。

 暴れるな…鬱陶しい…俺のものにならないお前なんて、他人のものになるお前なんて…

 もう、よく分からなくなった。まるで客観的な視点で見ているかのような感覚。脳と神経が直結していないような噛み合わなさ。

 手が勝手に振り上がり、そのまま勢いよく順平の頬に落ちる。痛がる呻き声、それを確認する前にまた手が上がる。

 殴って殴って殴りつけて。

 順平の顔に痣が増えて、口に捩じ込んだ白いタオルがどんどん赤く染まっていく。

 俺は今どんな顔をしているんだろう…、なぁ、そう聞いたところで口を塞いでしまっているのは自分だ。




 どのくらい殴ったかは分からないが、赤く染まっていた視界が徐々にクリアになってきた。改めて見ると抵抗する力も無くしてグッタリしている順平が俺の下にいる。

 頬を平手で叩くと微かに喉の奥から呻き声。

 意識はあるな…そうじゃないと困る。お前はどういう身体で、どうしないと満足できないか…誰のものか分からせてやる。

 愛しさと憎悪が混ざって血流と一緒に全身をめぐる。胸がチリチリとし、身体が熱くなる、もう理性なんてとっくになくなっていた。




to be continue.

2007/01/10
2008/07/05 文章修正

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