Game
「順平、うつ伏せになれ」
「…っ」
「うつ伏せに、なれ」
「っ!!」
ギュッと握り拳を作られると、電気が走ったように恐怖で身体が震える。逆らったら、その拳で…あの時、みたいに。
言うことを聞いて、そろそろとうつ伏せになろうとすると、後ろから首を強く掴まれてベッドに顔ごと押さえつけられる。
「ふぐ…ッ」
怖くてピクリとも動けないでいると、上から低く喉の奥で笑う声がした。
「知ってるか?犬は首を押さえつけられると服従して動きが止まるんだそうだ。お前らしいと思わないか?」
「っつ…ッ、…う゛っく…ッ」
乱暴に首から手を離すと、腰を掴まれて高く持ち上げられる。尻の肉がミチリと引き裂かれるように割り開かれて、その痛みと次の恐怖にシーツを必死に掴む手が震えて白くなっていた。
「っ…あ…や…」
「何だ?」
「…お…お願い…スから…、やめ…やめて…くだ、さい…勘弁…して下さい…っ…」
声まで震えてしまう…また拳が降ってくるんじゃないかって思ったら…
けど、このまま無理やりされたら…最後は酷い目に遭うっていうのが嫌というほど分かっている。だから
「……」
「っあ゛ッッ… ッつ!!…ぐぅ゛…ッ」
数秒の沈黙の後、硬い塊が触れて、愛撫のなかったそこは苛烈な痛みが走る。何事も無かったように、オレが何も言葉を発してなかったみたいに捩じ込まれた。
裂かれるような痛みに悲鳴を上げそうになるのを必死に耐える。煩いと殴られでもしたら…中に入ったまま乱暴にされたら、と思ったら耐えるしかなかった。
何でこんなことになっちまったんだっけ…
始まりはよく覚えてる。その理由が、切っ掛けが全く分からないだけ。
ひとつだけ分かってんのは…これがゲームってこと。
ゲームは…もう、5日目。
「…順平」
「何 え…っ、ちょ…?」
あの日は…そう。
いつもの通り自分の部屋に入ろうとしたオレの腕を後ろから来た真田サンが掴んで、そのままオレの部屋に入ってきた。
普通に入るなら入ってきたらいいのに、オレの腕を乱暴に掴んだまま引っ張るようにっていう、いきなり意味が分からない行動をされて戸惑っていると、オレの頬を片手で挟むようにして顔を傾けた。その時の顔は眼が鋭くて少し苛立っているように見えた。
そこまでは意味が分からなかったけど、顔を寄せてきて唇がつきそうになったとき、さすがに可笑しいって焦って顔を後ろに引いたら、そのまま後ろに下がった力を利用されて壁に押し付けられた。
打ち付けた背中と、強く掴まれたままの頬が痛かった。
「っ…な…んスか、意味分かんねっスよー…、真田サン…?あの…、… んっ」
頬を掴まれたまま頭を壁に押し付けられて、唇を完全に塞がれた。
「ん゛っ…んっふぅ…っ、…ッ!!」
口内を犯すようなキスをされる。その上何が何だかわからんねぇうちに服を脱がされてた。
経験したことが全く無かったから深いキスと息が上手く出来ないことで頭がぼうっとして、力が足からどんどん抜けていった。
耐え切れずに膝が折れると、鍛えられた逞しい腕に抱きかかえられたまま2人してベッドに倒れこんだ。
倒れても上に圧し掛かられたまま、まだ荒々しいキス…というよりも、貪るように口内を陵辱される。
鼻で息が出来ることも忘れて、顔の向きを変えたり唇が離れる一瞬だけ唯一息を吸えた。必死で息を吸うのを、もっと求める仕草だと捉えられたのか、さらに貪られて本当に窒息しかけた。
指先まで力が抜けきった手で真田サンの背中を叩いたり、ベストを掴んだりして訴えると、ようやく唇が唾液を繋ぎながら離れた。
「 っは、…はぁ゛っはぁ゛っ…」
ゼェゼェと大きく呼吸をすると胸が限界まで張って酷く痛んだ。
圧し掛かっていた身体が離れたと思ったらベストを脱ぎ捨てて、手間取る時間も惜しいって感じにシャツのボタンを外す…というよりブチっと音をたてて裂くように肌蹴させた。
普段服を着てるから締まってる分痩せて見えっけど、さすがにトレーニングオタクのボクサーだけあって、がっしりして彫刻みてぇに筋肉の影がある裸を目の前にすると圧倒された。それ見たらいくら抵抗しても敵わねぇ気がした。
ボタンが解れたシャツを脱ぐと、また唇に吸い付こうと顔を近付けてきた。
「っは…っ、待っ…っかしいっしょ…ッ」
キスされたとはいえ、突然のことに未だに自分がおかれている状況が理解出来ないまま、とにかく迫ってくる真田サンの顔を掴んで制止してみたものの、その手を逆に掴まれて頭の横に持っていかれて押さえ込まれた。
「放しっ…!!痛ぇって…ッ」
革手袋の滑らない感触に強く捻られて手首の皮膚が引き攣れてビリビリと痛む。素直に聞いてくれる雰囲気では完全になかったけど、足をバタつかせ、かぶりを振って動く限り暴れて訴えると真田サンは無表情に俺を見た後、視線をすっと横に流した。その視線の先にはさっき真田サンが脱いだシャツが無造作に置かれていた。
「……」
「…っ、…」
そのまま視線をオレに戻すとクイっと口角だけを上げられた。
「安心しろよ…縛ったりはしないさ。お前相手に必要ないからな」
「っ!…っ、真田サンっ…これ、なんの冗談っスか…ッ、オレ…ッ!?」
言葉を発しかけたら眼の色が変わったのに気付いた。掴まれた手首がより強く掴まれた。
「…冗談、だと?」
「だ、だって…ッ、…こんなん…いきなりっ…、大体可笑しいっしょ…ッこれは……っっつ!?」
突然視界が急速に傾いた。続いて口元が熱く、鈍痛がやってきて殴りつけられたことに気付く。
疑問に疑問が重なっていく。どうして押し倒されて、唇をつけられて、怒られて、殴られたのか。尋ねれば暴力を振るわれて、それがまた酷く混乱させた。強いショックを受けて固まったまま、殴る為に退けたおかげで動かせるようになった右手で殴られたところを押さえる。
また手を振り上げられると、身体が強張って、咄嗟に右手だけで顔を庇った。
「う…あ゛…っ、…やっ…許し…っ」
冷たい眼をして乗りかかりながら拳を振り上げる姿が、何故だか親父の影と被った。
殴られるのは嫌だ…嫌だ嫌だ嫌だ !
そう一瞬でも思ってしまうともう駄目だった。反射的に身体が萎縮し、その眼から逃れようと必死に身体を捩らせた。
「…順平」
「…ひっ」
「順平、順平…!」
庇った手を掴まれて顔を寄せて名前を呼ばれる…覗き込む顔は当然だけど親父じゃなかった。
「っ…さ…、さ…なだ…サ…」
「そう、俺だ。今お前を支配してるのは、この俺だ」
「…な…」
「そんな顔するなよ。何を怖がってるんだ、順平?」
何を?何をって…いきなりこんなことしといて、殴っといて…何、言ってんだこの人…
唖然とするオレの顔を見て、また楽しそうに笑われる。
「っ…、…」
言いたいことが、罵声を浴びせたいことが一杯あるはずなのに、声が上手く出せない。吐き出す言葉すら頭で整理できない。
ただ、どうしていいか分からないオレを真田サンはまた殴る。殴ることが快感だとでも言うように。
意識が朦朧とし、ただ「やめてくれ」とか「許してくれ」と言うだけのオレに、赤く染まった拳を目の前に突き出して恍惚とした表情をされる。
「…殴るのが…好きになってるのか…それとも、その行為のせいで泣いて許しを請う姿に興奮するのか…どう、なんだろう…」
ボソボソと呟くその姿は壊れてて、狂気染みてた。
「…順平、お前はいきなりだと言うが、俺にとってはいきなりのことじゃない」
「っ…」
「お前が気付かなかっただけ…、ただそれだけのことだ」
意味がよく、分からない。気付いてなかった?何に?意味が分かったところで、こんな理不尽に殴られることが許されるはずがない。
「…お…オレを…、こんな風にしたかった…っていうこと…スか…?」
「こんな風に…まぁ、ハズレじゃないけどな。言っておくが、好きだとかそういうふざけた台詞を吐くつもりはない」
「じゃあ…、何…っ」
「…、…ゲーム。…そう、ゲームだと思えばいいさ。俺とお前の…だから、そう怖がるな。…きっと、楽しくなる」
楽しくなるわけねぇだろ、こんなクソゲーム…つか、ゲームって何だよ。
真田サンは一息吐くと身体を起こして手をひらひらと動かすと、突然事も無げに言い放った。
「さて…と、うつ伏せになれ」
「…は…?」
「うつ伏せになって腰を上げろ」
「…そ…れ…」
「やり方は俺もイマイチよく分からない。だが俺を満足させる為には突っ込めばいいんだろ」
「何…言って…っっぐ!?」
ガツっと鈍い音をさせてまた顔を殴られて、無理やりうつ伏せにさせられる。
逃げようとする腰を持たれて乱暴に引き寄せられて…次の瞬間、身体を2つに裂くような激しい痛みが下肢から頭を抜けていった。
あまりの痛さにもがいて悲鳴染みた声で叫ぶと、背中や首を、噎せ返るような強さで激しく殴られる。目の前に細かい閃光を飛ばしつつ、なんとか逃れようと本当に痛いことを訴えてもさらに腰の動きを早められるだけだった。
「い、やだ…!!ァ、ああ゛、あ゛… !!」
無理に捩じ込まれて肉が引き千切られる痛み、いや実際本当に裂いていたんだと思う。その痛みで掠れた叫び声を上げてしまうけど、その声で殴られた箇所が痛んで啜り泣くよう呻くことになって、悪循環でとにかく痛みに泣き続けることになった。
味わったことの無い痛さに眩暈と吐き気がして、動くことも出来なくなった頃、低い呻き声が煩く聞こえて熱いものが流し込まれる感触がしたと同時に視界が真っ暗になった。
「…… 、ぅ…ッ!?」
気を失ってからどのくらい経ったのか。目を覚ますと真田サンがベッドの端に腰掛けてて、どこか虚ろにぼうっとしてた。格好は乱れもなくしっかりと着直されていて、無残に転がっている自分を思えば情けな過ぎて屈辱を覚えた。
動こうとすると刃物で抉られる様な痛さが全身を貫いて、またベッドに縫い付けられることになってしまった。
「…、起きたか…なかなか楽しかったろ?」
オレが起きたことに気付くと、ゆっくりと傍まで寄って来て頬に手をあてられる。それも労わる様な優しい手付きなんかじゃなく、革を頬に張り付かせながら擦り上げるような乱暴さだった。
もの凄い怒りが込み上げてきて、文句を言おうとしたけど、音は喉の奥で潰れた。身体に恐怖を植えつけられた、本能的な反応。
「ゲームは…これから、だからな…」
微笑んでキスをされて、振り返りもしないで出て行った。
「っち…くしょ…ッッ」
何がゲームだよ…っ、…何が何が何がッッ。苛立ちと悔しさと恐怖と痛さでシーツを強く握り締めた。情けなくも耐え切れず嗚咽が漏れた。
身体を丸めてシーツを握り締めて、もう何分経ったのか何時間経ったのか、ふと風呂に入りてぇ…そう思った。奥まで痛む身体を、ドロドロでカピカピで汚された身体を何とかしたかった。でも、今は下まで行く自信が無かった。首を後ろに向けると、シーツが赤く染まっていた。
腰の痛みが引くのをサナギのようにひたすら固まってジッと待って、ようやく多少動けるようになったところで風呂場まで行った。真夜中、腰を引き摺りながらそろそろと誰にも見つからないように移動した。そこまででも放心状態だったけど、脱衣場の鏡を見てさらにショックを受ける。
殴られた所は赤く変色してて、瞼は青く腫れあがってた。
大丈夫、殴られたぐらい何でもない。こんな顔は少し前には見慣れてたって、心臓がバクバクするのを必死で抑えてお湯に浸かった。
小さくなって、此処でもどのくらい時間が経ったのか分からないほど、ずっと癒えるのを待った。
これが勝手に始められた最悪のゲーム1日目…だった。
to be continued. 2007/08/07