PERSONA3 UNDER TEXT

GameA


 ゲーム…2日目。

 一睡だってしてない。ずっと小さくなって丸まったままベッドの中にいた。身体は何とか昨日より動かせるようになったものの、殴られた部分は鈍い痛みが増していた。

 昨日顔を見たとき瞼が腫れあがってた所、目が開き難くなっているから、さらに腫れあがってるのが予想出来た。

 今日が日曜でマジよかった…部屋から一歩も出たくねぇ…つか、出れねぇ。重い気持ちに圧迫されるようにシーツに顔を埋めた。…その時だった。

       ガチャガチャ

 突然ドアノブが音をたてた。それに自分でも驚く程ビクっと跳ねてベッドの隅に固まる。異常なほど警戒して扉を睨みつけた。

 だ、大丈夫…鍵かかってる…大丈夫、大丈夫…、ここにいたら安全だ…。そう自分に言い聞かせた。

       ガチャガチャガチャガチャガチャガチャ

「ッ…!!」

 ホラーばりの演出をされて身体をさらに強張らせた。ドアノブが取れそう、というよりドア自体が壊れそうな振動と音をさせるほど乱暴に開けようとしている。

       ガチャガチャガッ…

 と…止まった…?可笑しいだろ…何だよッ。さらに小さくなって恨めしくドアを見た。昨日の今日だ、どう考えてもこんないやらしいやり方をするのは、奴しかいなかった。

「…、さ…真田…サン…?」

 小さく呼びかけてみても反応が無い。諦めて去ったのかと震える息を吐いて、強張った身体を弛緩させた。

       コンコン

「ッ!!?」
「順平〜?アンタに貸した辞書、まだ持ってるでしょ?」
「…ゆ、ゆかりッチかよぉ…」

 ノックで再び極度の緊張状態に戻されるも、声を聴いて大きく溜息を吐いて酷く安堵する。

 のろのろとベッドから降り、ドアの傍に行った時にハッと思う。どう見たってこのボコボコボロボロの顔は不自然だ。困惑する間もなくドアの向こうから投げかけられる声に急かされる。

「…サンキュな…コレ」
「え…っ」

 顔を見られないように少しだけドアを開けて、その隙間から辞書だけを突き出した。いきなり本だけ突き出された本人はやっぱり驚いたような声を漏らして、次には少し苛立った声色になった。

「ちょっとぉ…何なのよ?」
「!!バっ…引っ張んな…っ」
「っ…!?ど、どーしたのよ…その顔…」
「あ゛ー…、…転んだ?」
「転んだって…ウソ、…ホントなの?」

 引っ張られた拍子にあっけなく顔を見られた。タルタロスにも行ってないのに怪我だらけのオレの顔を見て、さすがに絶句、そして心配と疑惑を持った声だった。

 どうしたの、と言われてまさかレイプされたとは言えるわけも無く、ただ首を横に振っていた。

 その時、違う声が混ざった。

「何してるんだ?」
      !!」
「あ…真田先輩。順平が…」

 声が聞こえた瞬間、咄嗟にドアを閉めようと素早く引いた。それとほぼ同時に、バンッと激しい音が鳴って、ドアが動かなくなった。

「ッ!?」
「どうしたんだ順平?そんなにビクついて…顔色も良くないな。寝てないのか?」

 片手でドアを押さえて片手で肩に触れられる。一瞬遅れてドアに触れたくせに何で挟まれもせず逆にドアを押さえつけているのか。どういう反射神経をしてるのか。いや、そんなことはどうでもいい。

 マジで心配した顔してやがる。昨日ことなんてなかったみたいに…それが余計に怖くて余計に腹が立つ。

「岳羽、俺が話を聞いておく。男同士の方が色々話しやすいかもしれんしな」
「ッ…!?い…いいっスよぉ!!」
「…精神も不安定になってるらしいな」
「なっ…ッ」
「…はい…じゃあ、順平のことお願いします…」

 ゆかりッチ2人きりにしないで!と叫ぶ間もなく気の毒そうな顔を残して去ってしまった。まぁ、残ってもらったところで仕方ないと言えばそうだけど。

 2人きりになっても相変わらず偽善くさい顔を止めない目の前の男を睨みつけた。恐怖に負けないようにと意味も込めたつもりだけど、もう足にかなりきているのが自覚出来た。

「…なんの、つもりスか…、真田サン…!」
「腰の調子はどうだ?」
「っ…!、…イかれてんスか…っ、誰のせいで…ッ」
「何も食べてないんじゃないか?何か持ってきてやろうか?」
「ッ…何もいらねぇから出てけよ!!」
「ストレスが溜まっているようだな…少し横になった方がいい」
「…ンなことよくも…っ、…ッ      つ!?」

 突然顔を両手で挟まれて無理やり目を合わせさせられる。目の前にある顔はどのパーツも整い過すぎてて…つい惹きこまれそうになる。

 その顔には、あんなことするような雰囲気は少しもない、のに…。何で、オレは…


「横に、なれ」
「ッ!?」

 …目の色が、変わった…

「い…やだ…っ、もっ…ほっといて、ください…っ、…      ッあ゛!!」

 血の気が引くほどの恐怖が襲ってきて、逃げようと腕を突っぱねてみるも、顔を挟まれたまま強く力を込められて、さらに足が浮くぐらいに引き寄せられた。

「横に、なるんだ」
「っ…」

 顔が歪んだのが自分でも分かった。目が潤んで真田サンの顔が霞んだ。なんで…ンなことに…オレは…オレは…      

「さっさとしろ」
「っ…え」

 顔を挟む手が緩んだと思ったら、そのまま腹に手を回されて、床擦れ擦れに担がれてベッドに落とされる。スプリングで身体が跳ねて、その跳ねを抑えるように重なられる。

「ねっ…寝ます、から…っ、だからッ…出てってください…ッ、お願いしますから、身体…限界なんスよ…      !?」

 腫れた頬に拳を当てられる。身体が、ビクつく。もう組み敷かれた時点で完全に心も身体も畏怖していた。

「殴られたくなかったら、黙っているのが賢いと思うけどな」
「…ヤられたくも…ねぇんスよぉ…!!」
「誰がそんなことを言った。自惚れるなよ」
「え…だって…」
「これはゲームだと言ったはずだが」
「ゲームって…だからゲームって何なんスかっ、遊びでンなことされたら堪んねぇよっ…、っぐ…!」

 叫んだら脳がシェイクされる程に頬を右左と殴られる。揺れてブレる目には口元は笑ってんのに、眼がなんか怒ってるみてぇで。それでも自分には何1つ意味が分からないままだ。

「俺はお前に性的な興奮も感じないし、もちろん心なんて手に入れるつもりは、ない」
「…じゃあ何で…何でスか…っ」

 何でこんな目に遭ってるのか、何でこんな酷いことが出来るのか。オレが、そんなに…

「それが…ゲームだ」
「っ      !!」

 …そんなに…嫌いかよ…

「…、…嫌だ…」
「順平」
「嫌だ…嫌だ…ッ、放せッ!!離れろよぉっっ…!!」
「お前…」

 年甲斐もなく赤ん坊のように泣き叫んだ。バタバタと全身で暴れて、覆い被さる影を力の加減もしないで叩いた。さすがに真田サンも壊れ具合に一瞬うろたえた様な表情をしたように見えた。

「お…オレはぁ…っ、…!!」

 でも、うろたえた様に見えたのも本当に一瞬だった。すぐに眼に冷たさが戻って頬を叩かれて、黙れと一喝された。

 叩かれたことに唇を噛み締めて啜り泣く程度に必死に押さえたものの、涙も鼻水も我慢出来ずにグシュグシュになって延々と泣いた。それでも、泣くのを鬱陶しそうに見下ろされるだけ。

「全てが逆効果だと分からないのか」
「っんぅ…、う゛…、ふっうっ…」
「お前自身には価値なんて…無いんだからな」

 頭を鷲掴みにされて、酷い台詞を吐き捨てられる。目を見開いてると、顔も声もトーンも変えずに、また同じ言葉を口にした。

「お前に価値は無いのに、それでも構ってもらっていることをありがたく思ってもらわないとな」
「なん…スか…、それ…」

 自分の声が絶望している、そう思った。どこかないか、どこか…どこかに救いはないか。眼は、口は、手は。どこか、本当は可哀想だと、優しさが残っている箇所はないか。そう、必死に探った。ほとんどは酷いショックで上手く動かなかったけれど。

「逃げようなんて思うなよ。馬鹿な真似なんてしなかったら酷い目に遭わずに済むってこと…分かっただろ」
「…、…」

 殴られたところを撫でられると、急に貧血のような感覚に陥った。気分が酷く悪い。痛みが今頃本格的に効いてきたのかもしれない、強い痛みのせいか眩暈が治まらない。

「ああ、そうだ…部屋の鍵よこせ」
「っ…、つ…くえ…」

 朦朧とした頭で言われたことを懸命に聴きいれて答えた。それに素直に教えなきゃ、また殴られる。教えないところで無理やりドアを抉じ開けられるんだろう。…さっき、みたいに。

 オレの言葉を聞くと、机の上を漁られて、鍵を見つけると部屋を見渡してため息を吐かれる。

「少し部屋を片付けろ。いいな」
「…      、…」

 コクンと頷くとチュっと音を鳴らして上唇に吸いつかれた。もう、本当に酔ったように気持ちが悪い。目を開けているのが辛い。

「素直な奴は嫌いじゃない」

 本当にそう思っているのか…抑揚の無い声で言われた。その声は物凄く遠くで聞くような感じで、整った顔が霞んで、目の前にいるのに手を伸ばしても絶対に届かない気がした。

 眩暈が酷い。もう、痛い思いをするぐらいなら寝たい。怖い…起きたら…夢オチとか、ねぇかなぁ…

 真田サン…ホントは…オレは…オレ、は…      




       …どうして、どうして俺がこんなことをしてると思う?お前には…分からないだろう。だが、俺はどうしてもお前の"影"を俺のものにしたいんだ。お前じゃなく、影を。

 眠ってしまったのだろうか。いつもの健康的な血色じゃなく、死んだように顔色を悪くして、静かになった。涙に濡れた目許も青く腫れている。ああ当然だな、俺が殴ったんだから。そう思っては自嘲的な笑いが漏れた。

 順平を見る眼が勝手に鋭くなっていくのが分かる。それはすぐに怒りに変換されてしまう。怒りのまま噛み付くようにして身体中に痕をつけていく。きっと後で醜い痣になるであろう痕を。外にも出れないようにしてやる、飼い殺してやる、そんな恐ろしい考えが湧き上がる。

 冷静に落ち着けば罪悪感も湧いてくるが、本人を見ると怒りや恨みに包まれる。どうしてお前なんだ…、どうして…、気付いてないのがさらに腹が立つ。

「…ン、…はぁ、…はぁ」

 意識を手放した順平を滅茶苦茶に扱う。服を剥き、慣らしもせず無理に割り裂いて揺さ振ってやった。意識が無いにも関わらず、顔を歪めて息を切れ切れにして喘ぐ姿に、満足する反面、このまま殺してやりたくなるような悪寒に襲われる。


 ドロドロとした液体を乱暴に掻き出して転がったままの順平を見て、気分が悪くなる。俺が…悪い…、俺は…悪く、ない…

「お前は…悪くない…だが、お前が…      っ、…理不尽なのは分かってる…それでも…嫌いだ…」

 ゲームなんてふざけたことを言った。でも咄嗟には正当な理由なんかつけやしなかった。それでも、改めて思えば自分にとってはゲームなのかもしれない。賭け、だった。追い詰められた自分への。

 この勝手なゲーム、負けるわけにはいかない…勝ち負けは、きっと俺にしか分からないとしても…

 この先が地獄だったとしても、堕ちてしまったらもう戻れない。




to be continued.

2007/08/07

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