Gun Lesson
世の中は自分と違うところで回ってるんだとつくづく思った。
常識や日常的なんて欠片も無かったあの場所で覚えているのは
緑。月光。棺桶。黒い塊。
暗ぇ。明るい。怖ぇ。静か過ぎて耳が痛ぇ。
それと銀髪。
23:45
順平は昨夜と同じくコンビニの前で好奇心と緊張を胸にし立っていた。
昨日は大変だった。もの凄く。
正確には何がどうだったのかはハッキリと覚えてはいなかったが、身体が怠くて節々が何となく痛い。
意識が覚醒したのはいつもの見慣れたコンビニに戻った道の角の路地だった。
目に入った人物は見知った顔だった。月光館学園では恐らくほとんどが知っているだろう無敗のボクサー3年真田明彦。
驚く順平に簡単に先程までのことを説明され、今日は遅いから明日詳しく説明すると待ち合わせの約束を取り付けられたのだった。
真田先輩ねぇ…つうか、完璧過ぎねぇか。モテモテで頭良くて強ぇボクサーで?特別な力持ってるって…人間としてアリか!?狡くね!?
悶々と考えていると不意に声がして銀髪が目の前で揺れた。月に照らされた銀髪は、星のようにキラキラとして順平は素直に綺麗だと思った。
真田は時間を確認すると昨日順平が目を覚ました路地に連れて行き、口を開いた。
「昨日のことは覚えているか」
「あ…なんか切れ切れには…パーツではなんとかって感じっス」
「昨日が初めてだったな。力に覚醒した初めの方の影時間はよくパニック症状なんかが起こりやすい。それでその時の記憶の混乱や欠落が多くなるもんだ」
大丈夫と言いたげにポンポンと順平の肩を叩き、そしてゴソゴソと何かを取り出した。
「これを使ったのは?」
「ッ!?」
目の間に銃を突き出されて、順平は顔を強張らせた。
いきなり取り出した物がこの日本で、麗らかな春の風が吹く夜に、一高校生が普通に「これ」と言われて目にするものではなかった。咄嗟に距離をとって、声を潜めて「不味いっスよ」と言いながら周囲を確認した。
「覚えてないか…おい。いいか、よく見ろ」
真田は距離をとった分縮めるように手招きした。順平は怯えた目をし、疑わしそうに眉を寄せていたが、銃を掌に乗せ銃口が横を向くと、ようやく近付いて言われたとおり凝視した。
真田が「獣を手懐けるようだな」と呟いたが、それも耳に入らない程に順平は銃に目を奪われていた。
ほら、と銃を渡されても順平はただしげしげと見つめるだけだったが、そのうち、あ、と声を漏らして雑巾を摘むようにして、そぅっと掴み上げた。
「ストッパーだっけか、テレビとかでよく見るあのカチャリってさせる安全装置が付いてないっスね…銃口も樹脂詰まってるみてぇだし…」
「そうだ。それは召喚器と言って実弾は出ない。安心しろ」
「弾が出ねえ、銃…?」
「撃ち抜くのは精神だ。撃ち抜くと『ペルソナ』という自分の分身が引き出される」
「ペルソナぁ?分身?」
「まぁ、言われてもピンとこないだろうな…」
「あー…なんっか…先輩が光って力が出たっぽいのはそれとなしに…、そのことっスか?」
「それは覚えているのか。そうだな、撃ち抜いた瞬間はそうなる。まぁ、実際に見せてやるよ」
見せるって…口を開こうとした瞬間周りの音が一切消えた。まさに「無」と言えた。
耳が痛い…自分の心臓の音が異常にデカく聞こえる…これは…、感じた瞬間順平は身体を固まらせた。緑の空に覆われた濃い黄色の月…全ての人工灯は消え、暗闇なのに月の明かりがボンヤリとそれでも全てを映し出すように照らす。
昨夜の
「ッ…、さっ…!」
「怖がるな。大丈夫だ、俺がいるだろう」
次第に湧き上がってくる恐怖に震え、縋るように真田を見る。真田は落ち着かせるようにその肩を抱き、そのままコンビニの真正面に誘導した。
「これが0時に来る影時間だ。昨日も説明した通り、影時間は一般的に無いものとされている。その間は適応者じゃない奴は象徴化と言ってああいう風に棺に変わる」
「っ…じ、じゃあオレも…一昨日までアレに?」
「ああ…さて、と…さっき言った『ペルソナ』を見せる。少し離れてろ」
真田は召喚器を眉間に当てると、順平が制止する間もなく引き金を引いた。
銃声と共に身体は発光し、その力からか足元から逆風が発生して吹き上がるように身体からその『ペルソナ』が生み出された。
その状況に目も口もだらしなく順平は開いていた。目の前で起こることに思考がついていかなかったが、それでも月の黄色と真田から生み出される青が絡まるのが綺麗だと思った。
ジワジワと無くなった感覚が足から戻ってきて順平は派手に尻餅をついたが、それでも目も口も開いたままだった。そのうち煙が風に吹かれて薄く消えていくように、その『ペルソナ』というものが次第に消える。真田の顔はどこか満足気だった。
「…これが『ペルソナ』だ。シャドウっていう化け物を倒すための力だな。昨日見たろ?」
「っ…み、み、見たっスけど…っっ」
かさつく喉を必死に動かしてなんとか声を絞り出した順平に、一瞬見惚れるような笑みを見せ、そして召喚器と呼ばれる銃を突きつけた。
「ッ!?」
「見せろ。お前のペルソナを」
「は…、…は?」
「適応者全てがペルソナを扱えるわけじゃない。戦えるかどうか、それが重要だ」
「や…つかっつかっンで銃なんスか!?もっと穏やかな方法無いんスか!?」
「無い」
「無いって…、無理っスよぉ…ンな死に直結するモン…」
「そうだ。死を想像する。それに抗う。それがペルソナを引き出す力だ」
「な、なるほど…いや、でも…」
「銃弾は出ない。さっき確認したろ。ほら、試さないと分からない。それとも俺に撃ち抜いて欲しいのか?残念だが大事なのは自分で死を思うことだ、俺はやってやれない」
笑ってやがる。楽しそうに笑ってやがる。
いくら弾は出ないといっても、見た目が銃であるのに変わりない。何か自分から出てくるというのも興味はあるが怖い。
順平は肩を震わせ新しい玩具を見つけたように笑いながら近付いてくる真田から、もつれる足で慌てて離れた。さっきの路地に逃げ戻るが簡単に追い詰められて銃を突きつけられる。あの完璧過ぎると思っていた真田が鬼のように見えたのは多分幻覚じゃない。
奥の壁に追い詰められた順平は、またヘタリと地面に座りこむ。
「ほら、順平」
昨日名前を聞かれ、「順平でいいっス!」と言ったのを律儀に守る真田が初めて怖く感じる瞬間だった。
いつまでも動こうとしない順平に痺れを切らしたのか、真田は順平の右手を掴み上げ、自分の手で包むように無理やり銃を握らせた。ヒ、とか順平の喉の奥で音が鳴った気がしたが構わずに、順平の手ごと銃を握り締めたまま、こめかみに押し付けた。
途端、順平は真田の腕を引き離そうと左手で抵抗して首を振る。
「まままま待ってください…ッ!!心の準備がオレにもあるわけでッそんなモンいきなり頭にひっつけないでください、マジで!!ね、先輩っ」
「影時間は無限じゃない。そのうち明ける。さっさとしろ」
「真田先輩、イメージ違ぇ…ッ詐欺だぜこんなの…ッ」
「そうか?」
言うことを聞かずに必死に嫌がって、さらに詐欺とまで言われた真田だが、怒るどころか順平とこの状況を楽しんでいるように喉で笑う。
「真田サぁン、ね?今日は勘弁して下さいよぉ。ね?」
「真田サン、ね。なら、お前明日になったら撃てるのか?」
「や…そう言われると困るんスけど…」
顔の目の間に左手の掌を出して御免のポーズをし、引き攣った笑いのまま甘えるフリで許しを請う順平を真田は可笑そうに見つめる。ただ見つめるだけ。
変な汗が流れてくるのに順平が気付いた。何でオレが追い詰められなきゃいけねぇんだとは思ったが、ならもういいと捨てられるのは嫌だった。やっと自分が特別でありきたりの日常から抜け出せるのにそのチャンスを捨てるのは惜し過ぎた。
考えれば自分を助け導いてくれようとしているのは目の前の人物なのだが、それでも頭に銃を突きつけられて、はいバン。なんて引き金を引けるわけが無い。
俯いて葛藤していると、こめかみにあった硬い感触がつつ、と頬から顎に移動した。それに伴うように顎が軽く上がって、壁に後頭部がつく。
「男のクセに腹がくくれない奴だな、全く。頭にひっつけられるのが嫌なら何処ならいいんだ?」
「え…どこって…」
だって頭ブチ抜かなきゃ意味ねぇんだろ…一発で死ぬところって言えば頭だろ、やっぱ。そう思っていたら、顎まで移動した召喚器がいきなり唇に触れた。
「口の中に突っ込まれて撃たれたいか 」
ゆるゆるとそのまま下に、顎、首、胸と滑らせて…
「それとも心臓を撃ち抜かれたいか?」
「ッ…ぁ…」
試したことはないがな、と初めて聞く低い甘い色香のある声が耳を擽る。
銃口を押し付けられて、ビクッと身体が跳ねて顔を上げれば、あの完璧な真田先輩なんてどこにも無い。楽しそうな雰囲気はそのままに、見つめる瞳だけで撃ち抜かれてしまいそうな程きつい眼つきで迫られる。
真田先輩ってホント格好良いよねー。綺麗だし、成績いっつも上の方だしーなんて言っても16戦無敗のボクサーだし!あと、クールなのにたまに笑う顔なんてまさに天使!?ギャップが堪らないっていうかー例えるなら王子様?完璧な人間っているもんよねぇ
キャッキャッとクラスの女子たちが頬を染めながら騒いでいたことを思い出す。
どこが天使の微笑みって…?どのへんが王子様って…?
「…ほら…やっぱ、詐欺じゃんかよ…」
「そうか?…そうだな…」
呟く言葉にも満足気に微笑まれる。しかし、許してくれないと思っていたが、順平の手ごと握り締めていた召喚器から真田は手を緩めた。
「面白いな…お前」
一旦下を向いた真田が、そう言って顔を戻したときには想像通り完璧な真田の優しい笑みになっていた。
コロコロと顔を変える真田の思考が読み取れなくて、順平は手を緩められてもそのまま動けずにいた。
「楽しみは…残しておくのがセオリーだな」
「へ?…せお、りー?」
「お前がそこまで嫌がるなら、また明日。明日の放課後、校門前にいろ。明日なら出来るんだろ?」
「…いや、まぁ…が、頑張ります…」
「楽しみにしてるぞ?…順平」
そういって、また楽しそうに笑う真田を、やっぱり綺麗だと順平は思った。綺麗…綺麗過ぎて怖いというか…整った顔ほど歪んだときが恐ろしい。
あの一瞬。想像していた完璧の真田先輩というのが崩れたあの顔から、すぐ優しい笑みに戻ったあの一瞬。あの一瞬に真田がどんな思考をしていたのか順平には分かるはずもなかった。
to be continued.